
乗員の快適性を優先した3ボックスSUV
一般的に“○○界のロールス・ロイス”といえば、その世界の超高級の代名詞である。まさに正真正銘SUV界のロールス・ロイス、その名も「カリナン」が日本に上陸した。それは世界最大のダイヤモンドの名前を冠した、究極のラグジュアリー・オフローダーである。
試乗前にカリナンの資料を眺めていたら“3ボックス”と書かれていて、「どう見ても2ボックスでしょ」と目を疑った。
そもそも3ボックスとは、エンジンコンパートメントとキャビンと荷室が前後のバルクヘッドを境に独立した部屋になっていることからそう呼ばれている。熱や振動や音を発するエンジンと、静かで快適な空間を望む人間と、時には匂いや汚れを車内へ持ち込む荷物は、隔離した方がお互いにとって幸せであり、3ボックスとはそれを実現できるとても合理的なパッケージである。いっぽうで、SUVやワゴンやハッチバックは、キャビンと荷室が同一空間を共有する2ボックスとなっている。
カリナンは外からみれば紛れもない2ボックスである。しかし、試乗車のように後席が2座の仕様を選ぶと、バックレストの背後にはガラス製のパーティションが備わり、キャビンと荷室を完全分離する。これなら確かに3ボックスを名乗ってもおかしくないというわけだ。これまで3ボックスしか作ってこなかった(クーペもコンバーチブルも3ボックス)ロールス・ロイスはその優位性をよく分かっていて、SUVとはいえ何よりも乗員の快適性を優先するなら3ボックス相当の空間を創出するべきと考えたのだろう。

計器の横の中央情報スクリーンには、初となるタッチスクリーン方式を採用。さらにセンターコンソールに格納されたスピリット・オブ・エクスタシー・コントローラーからも操作可能。その他にオフロードスイッチ、ヒルディセントスイッチ、エアサスペンションの高さ調節制御機能も備える。
ロールス・ロイスはこれまでBMWの7シリーズのプラットフォームを共有してきたが、現行ファントムから自社開発製に切り替えた。莫大の投資を顧みずこの決断に至った理由は主にふたつ。ひとつは、比類なき最上級のサルーンとして仕立てるには、やはりプラットフォームから刷新しないと限界があった。もうひとつは、ファントムの開発段階でカリナンのプロジェクトも並行して進んでいたので、SUVにも対応できることが必須だったからである。
ロールス・ロイスはこのプラットフォームの生産ラインを、本国イギリスではなくドイツ国内に新設した。ここに以前、取材で訪れたことがある。
プラットフォームはオールアルミ製のスペースフレーム構造で、最大の特徴はAピラーから前のフロント部、キャビン周辺のフロア部、そしてリアサスペンションからリアバンパーまでの3つのストラクチャーで構成されている点にある。これならば、ホイールベースを自由に変更できるし、セダンでもコンバーチブルでもSUVでも流用が効くからだ。
取材をさせてもらったのは’17年の秋。実はその時、すでにラインにはカリナンのプロトタイプが流れていて、そこだけが撮影NGだった。初めてのSUVということで、何度もトライ&エラーを繰り返しながら開発していると聞かされた。ファントムとカリナンは、ドイツの工場でボディが組み立てられた後、陸路でイギリスの本社工場へ運ばれる。
カリナンのボディスペックはベントレー・ベンテイガよりもすべてのディメンションで大きく、キャデラック・エスカレードよりもさらに長い(全幅は狭い)という威風堂々とした大きさで、こういうサイズの乗用車に見慣れていないものだから、なんだかこちらが小さくなってしまったかのように感じる。ドアはファントムと同様の観音開きで、ダッシュボードの意匠やトリムの一部もまたファントムと共有している。スイッチ類は動的にも静的にも質感が高く、自動車のインテリアというよりは調度品の域に達している。
SUVルックで車高の高いファントム
エンジンは6750ccのV型12気筒ツインターボで、571ps/850Nmのパワースペックを誇るが、同じエンジンを積むファントムと比較すると、最高出力は同値ながら最大トルクはカリナンのほうが50Nm少なく、発生回転数も100rpm下がっている。車両重量はカリナンのほうが約200kg重く、空力面でもカリナンのほうが不利なので、本来なら両者のパワースペックは逆転していてもおかしくないのだけれど、真意のほどは不明である。ちなみに車検証によると、カリナンの車両重量は2800kg、車両総重量は3020kgとある。総重量で3トンを超える乗用車を運転したのは初めてかもしれない。
ここまでのヘビー級であっても、V12ツインターボの圧倒的パワーのおかげで鈍重な感覚は皆無であり、重さは“重厚感”というポジティブな印象のみをもたらす。ロールス・ロイスの伝統に則って、カリナンもまたエンジン回転計の代わりにパワーリザーブメーターが速度計の隣に置かれているので、実際の回転数を知ることができない。ただし、最大トルクの発生回転数と12気筒であることと総排気量から想像するに、おそらく通常は2000rpm以下で粛々と回っていると思われる。スロットルペダルを少し深く踏み込んだとしても3000rpmまでは回っていないだろう。“V12ツインターボ”という記号から想像する勇ましい出力/トルク特性ではなく、あくまでもジェントルでマイルドな加速感が味わえる。
組み合わされているトランスミッションはZF製の8速ATだが、シフトショックは皆無でいま何速に入っているのかもまったく分からない。コラム式シフトレバーには「LOW」と書かれたボタンがある。これは、ATの前進モードはDレンジしかなく、パドルもないロールス・ロイスに対して「やっぱりエンジンブレーキは使いたい」との要望が多数寄せられたため、数年前から採用された機能である。実際にはブレーキを踏めば静かにダウンシフトしているようだが、例えば8速から7速に落ちてもほとんど制動しないので、ドライバーが任意でエンジンブレーキが使えるこのボタンはやっぱりありがたい。
4輪駆動のシステムは電磁式マルチプレートクラッチを用いた機構で、前後のトルク配分を0:100から50:50まで常時可変する。パワートレインが基本的にはBMW社製で、この4WD機構のロジックから察するに、おそらくBMWのxドライブと同じシステムだと思われる。オフロード用のボタンはひとつのみで、パワートレインから空気ばねのダンピングレートやDSCのプログラムなどを自動で制御。最低地上高は190mmがデフォルトで、乗降時にはそこから40mm下がり、オフロードモードでは40mm上昇する。
このプラットフォームになってから、ロールス・ロイスは運転もそこそこ楽しめるクルマになった。カリナンもまた後輪操舵とエアサスペンションのおかげで、想像以上によく曲がるしステアリングレスポンスも良好だ。適度にロールを許すセッティングのおかげで、制御されている感じも薄く、これならショーファーもきっと退屈しないだろうと思う。
しかしカリナンのドライバビリティでもっとも感銘を受けたのは、こんなに大きなSUVであるにもかかわらず、速度を上げていっても乗り心地や静粛性にほとんど変化がない点だ。特にNVの処理は見事である。ファントムは吸音/遮音材だけで130kgも使用したと言っていたけれど、4輪駆動のカリナンはおそらくそれ以上ではないだろうか。
端的に言えば、カリナンはSUVルックで車高の高いファントムである。運動性能も操縦性もファントムと大差なく、同じテイストで仕立てられている。唯一の違いがあるとすれば、ショーファードリブンとしての用途が容易に想像できるファントムに対して、カリナンを選ぶユーザー層というのが、凡人の自分にはまったく想像できないことくらいである。
【Specification】ロールス・ロイス・カリナン
■全長×全幅×全高=5341×2000×1835mm
■ホイールベース=3295mm
■車両重量=2660kg
■乗車定員=4/5名
■エンジン型式/種類=-/V12DOHC48V+ツインターボ
■内径×行径=92.0×84.6mm
■総排気量=6750cc
■圧縮比=10.1
■最高出力=571ps(420kW)/5000rpm
■最大トルク=850Nm(86.7kg-m)/1600rpm
■トランスミッショッン形式=8速AT
■変速比=1速5.000、2速3.200、3速2.143、4速1.720、5速1.313、6速1.000、7速0.823、8速0.640、R3.478、F2.813
■サスペンション形式=前Wウィッシュボーン/エアSP、後マルチリンク/エアSP
■ブレーキ=前後Vディスク
■タイヤ=前255/45R22、後285/40R22
■車両本体価格(税込)38,945,000円
※スペックはメーカー公表値
問い合わせ
ロールス・ロイス・モーター・カーズ横浜 0120-188-250