旅&ドライブ

美しい棚田が広がる峠の集落を越えて(新潟県・星峠)【絶景ドライブ 日本の峠を旅する】

まわりが峠だらけなのであえて名前を付けた!?

新潟県の山間部に「峠」という名前の小さな集落がある。この名もない峠の集落を近ごろ有名にしたのが美しい棚田。その山深さゆえに守られてきた日本の原風景がいまも息づいている。

国道253号・儀明峠トンネルの東側に広がる儀明の棚田。水面に映り込んでいるのは桜の木で、開花期には格好の被写体を求めて全国から写真愛好家が集まる。

新潟県の中南部、かつての松代町(現・十日町市)と大島村(現・上越市)の境界にちょっと変わった名前の集落がある。

その名は峠。国道403号が抜けていく短いトンネルの上、狭い旧道に沿って30戸ほどの農家が点在する様子は、文字通り「峠の集落」そのもの。その集落のはずれ、曲がりくねった山道を登り切ったあたりが星峠と呼ばれている。

「このあたりが星峠と呼ばれるようになったのは、実は最近のことなんですよ」

国道403号の旧道沿いにある峠集落。国道をゆくクルマはトンネルを抜けていくので、集落内はまるで時が止まったかのような静けさに包まれている。

そんな話を聞かせてくれたのは、まつだい「農舞台」を運営するNPO法人・越後妻つ まり 有里山協働機構の職員、石口博雄さんである。

そもそも、このあたりは隣の集落へ行くのにも山道を越えていかなければならない土地だけに、儀明峠や芝峠、薬師峠や鷹羽峠など……、松代の周辺だけでも峠の地名は10か所近くある。それが平成の大合併を経て、市域が拡大したため、十日市市内には数え切れないほどたくさんの峠が点在するようになってしまったのだ。

「よその峠にはちゃんと名前があるのに、ここだけ〝ただの峠〟じゃまずいだろう……という話になったんですよ(石口さん)」

いろいろと話を聞かせてくれた石口博雄さん。彼が指さしているのは、雪に覆い尽くされた昔の松代の町並み。

集落の人たちが相談した結果、夜の峠集落は真っ暗で、星空がとてもきれいに見えるから、「星峠にしよう!」ということになったのだという。いわくありげな伝説などを期待していると、拍子抜けしてしまいそうなほど分かりやすいネーミングである。

そんな星峠の名を一躍有名にしたのが、NHKの大河ドラマ『天地人』のオープニングにも使われた美しい棚田の存在だ。

3年に一度、「大地の芸術祭」が開催される松代地区。棚田の畦道にもオブジェが並んでいる。

星峠をはさんで集落の反対側、東に向かって開けたおよそ30ヘクタールの斜面には、大小さまざまな200枚ほどの棚田がある。雪解けの頃から初夏にかけては、棚田の水面が陽光を反射してきらきらと輝き、まるで水鏡のように空や雲を映し出す。早朝には谷間に雲海がたなびくことも珍しくなく、その向こうには越後(魚沼)駒ヶ岳や八海山のなだらかな山並みが浮かび上がる。

「これぞ日本の山村風景」とでも言うべき、素晴らしい眺めが目の前に広がる。

国道403号沿いには、のどかな山村風景が続く。この3桁国道はいくつもの国道と重複しながら長野県松本市まで延びている。

大量の雪解け水が夏の間じゅう棚田を潤す

松代を抜けて上越地方と中越地方を結ぶ道は、かつては松之山街道と呼ばれていた。上杉謙信が関東出兵の際に利用していた道で、日本海を望む春日山城から現在の国道17号が通る三国街道・塩沢宿まで、いくつもの峠を越えながらほぼ最短距離で結んでいた。

その後、江戸時代になると松之山街道には宿駅が整備され、港町の直江津と越後の内陸部をつなぐ脇街道として人や荷が盛んに行き交うようになっていく。

集落やトンネルの名前は、昔の通り「峠」のままになっている。

この松之山街道沿いの村々が「陸の孤島」と呼ばれるようになったのは、日本が高度成長期を迎える頃からである。山道とはいえ、標高差のさほど大きくない松之山街道は人が歩くには特に問題のない道だった。ところが自動車の時代になると、冬の豪雪が大きな障害となってしまったのだ。前出の石口さんによると、昔は4〜5mの積雪も珍しくはなく「家に帰ると、傘は目の前の電線に引っかけていた」と笑う。

5月末というのに、松之山温泉の駐車場の一角には、除雪で集められた雪が小山となって残っていた。

松代の町では、昔ながらの冬ごもりの生活が昭和40年代になっても続いていた。根雪が積もるとバスは全面運休となり、生活必需品を運ぶ〝駄賃〟、郵便物を運ぶ〝逓信〟と呼ばれる人がたまにやってくるだけ。当時、石口さんは役場に勤めはじめていたが、東京に出かける用事があると、まずは峠集落を越えて隣の大島村まで約15kmの雪道を歩き、そこからバスに乗って直江津まで出て、上野行きの列車に乗ったという。冬の間、松代から東京までは1泊2日の行程だったのだ。

春日山城址に立つ上杉謙信像。かつての松之山街道はここから三国街道・塩沢宿まで延びていた。

新潟の山村というと、『列島改造』を推し進めた故・田中角栄氏の地元ということもあって、どんな山の中にも融雪装置を備えた立派な道路があって……と思う人が多いかも知れない。しかし、この地域は越山会の地盤から外れていたため、そうした開発からも取り残されてしまったらしい。国道にトンネルができ、除雪が行なわれ、冬でもクルマで行き来できるようになったのは、昭和も50年代に入ってからのことだったという。

古くから人や荷が盛んに行き来していたことを物語る道祖神。

星峠をはじめ、このあたりに残る棚田は灌漑施設を持たない、いわゆる「天水棚田」である。冬の間、どっさり降った雪が清冽な水となって山から湧きだし、夏の間じゅう、田んぼを潤してくれるのだ。取材の途中、棚田の近くで山菜採りをしている年配のご婦人からこんな話を聞かせてもらった。

峠集落の南、城川ダム公園の畔にある実昇清水。清冽な水がブナの森からこんこんと湧きだしている。

「この田んぼで作ったお米で育ったものですから、都会のスーパーで買うお米はまずくて食べられないんです。だから、いまも年に二回、妹夫婦が暮らす実家に里帰りして、田植えと稲刈りをちょっとだけ手伝って、1年分のお米をもらって帰るんですよ」

人々の生活に不便を強いる冬の豪雪こそが、この美しい山村風景を守り、おいしい棚田米を育んできたのである。

星峠3Dマップ

◎所在地:新潟県十日町市/上越市◎ルート:国道403号◎標高:360m◎区間距離:14.8km◎高低差:105m◎冬季閉鎖:なし

【A】脱皮する家(だっぴするいえ)

建物がアートの農家民宿

峠集落にある農家民宿。築150年の古民家は、壁や床など、いたるところが彫刻刀で彫られていて、建物全体がアート作品に仕上げられている。開館時期は毎年異なるため、事前にお問い合わせを。●鑑賞料金:大人500円/宿泊体験も可能/025-761-7767

 

【B】まつだい「農舞台」(まつだい「のうぶたい」)

山村文化とアートを融合

「大地の芸術祭」では中核をなすフィールドミュージアム。アート作品を楽しみながら里山散策を楽しめる。山の幸をたっぷり味わえる「越後まつだい里山食堂」なども併設。●入館料は企画により異なる/10:00-17:00/水曜休館/025-595-6180

 

【C】まつだい芝峠温泉「雲海」(まつだいしばとうげおんせん「うんかい」)

絶景の露天風呂でくつろぐ

松代の北、芝峠の稜線地帯にある温泉宿。自慢は魚沼連峰や周辺の棚田を一望にする絶景の露天風呂で、その名の通り、運が良ければ目の前の谷を埋め尽くす雲海とも出会える。日帰り入浴も可能。●1泊2食付き12,500円から/十日町市蓬平11-1/025-597-3939

 

【D】美人林(びじんばやし)

立ち姿の美しいブナ林

昭和初期、炭焼きのために伐採されたあとに生えてきた樹齢90年ほどの若いブナ林。その立ち姿の美しさから「美人林」と呼ばれる。林の中には緑を映し出す池があり、夏でもひんやりした空気が漂っている。●十日町市松之山松口1712-2付近/025-596-3011

 

【E】峠の茶屋 蔵(とうげのちゃやくら)

絶品の釜飯と伝説の煮込み

人気番組『孤独のグルメ』でも取り上げられた峠の茶屋。国道253号・儀明峠のすぐ南にあり、井之頭五郎さんも絶賛した五目釜めし(1,350円)や牛肉の煮込定食(1,050円)が人気。●11:00-14:30&17:30-20:00/不定休/十日町市儀明217-1/025-597-3390

その旨さから「伝説」とも呼ばれる峠の茶屋の煮込み。地元の人もわざわざクルマで食べにくる。

アクセスガイド

東京方面から星峠をめざす時は関越道・六日町IC経由が便利。練馬ICから六日町ICまでは187km/2時間、そこから峠集落までは約40km/1時間半ほどの道のり。北陸道・上越ICからだと峠集落までは約30km/1時間。国道403号の旧・大島村から西側の区間は険しい山道なので、国道253号と県道13号を走った方がいいだろう。

十日町名物“へぎそば”。つなぎに海藻(ふのり)を使っているため、やや緑がかった麺の色が特徴。小嶋屋総本店(025-768-3311)などで味わえる。

松代駅に併設された道の駅・松代ふるさと会館。

棚田の展望スポットは峠集落のいちばん奥。早朝の通り抜けの際は、くれぐれも静かな運転を!

 

 

掲載データなどは2016年7月末時点のものです。実際におでかけの際は、事前に最新の情報をご確認ください。

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