江戸の人々にとって山といえば富士と筑波
江戸のランドマークとして、富士山とともに浮世絵にも描かれてきたのが筑波山である。林立する高層ビル群に遮られ、東京から目にできる機会はめっきり減ってしまったが、いまでも中腹の峠まで駆け上れば、広い関東平野を一望にすることができる。
冬の朝、都内の見晴らしの良い場所に立つと、富士山とは反対の方角に見慣れない独立峰を目にすることがある。「あんなところに山なんてあったっけ?」と一瞬考え込んだ後、「あぁそうか!」と思い当たる山の正体は筑波山である。
いまでこそ都心から滅多に見ることのできない筑波山も、高い建物がなく、空気の汚れていなかった江戸の街では、「西の富士山、東の筑波山」と称されるほど目立つ存在だったようだ。
筑波山の標高は877m。高さで比べると富士山の四分の一にも満たない小さな山塊だが、都心から山頂までの直線距離は筑波山の方が30km以上近いため、けっこう立派な山に見えるのだ。その南側中腹にあるのが風返峠である。
この峠では、県道42号と県道236号が交差しているほか、筑波山の北東麓へと伸びる地方道も枝分かれしている。5本の道が一点で交わり、信号機まで設置されている珍しい峠なのだ。
上りと下りのある峠道としてここを越えていくのは、西のつくば市と東の石岡市を結ぶ県道42号で、その西側区間は筑波神社参拝や筑波登山のメインルートになっている。観光バスも行き交う道だが、平地から標高412mのピークまで一気に上っていくためタイトなコーナーが多く、意外なほど走りごたえはたっぷりだ。
一方、峠から石岡市側へと下る東側区間は、うっそうとした杉木立に囲まれた急勾配の山道になる。ときおり木立が途切れると、鹿島灘方面の素晴らしい展望が広がるものの、途中にはクルマ同士のすれ違いにも苦労する道幅の狭い場所もあり、峠の西側に比べると交通量は格段に少ない。
南の土浦市側から風返峠経由でロープウェイ乗り場のあるつつじヶ丘まで延びる県道236号は、20年ほど前まで有料道路だった道で、風返峠以南の区間(旧・表筑波スカイライン)は稜線伝いに延びる気持ちのいいワインディング。その先、つつじヶ丘まで上っていく区間(旧・筑波スカイライン)に入るとさらに眺めは良くなり、眼下には関東平野を一望にする大パノラマが広がる。
百名山のひとつに駐車場から10分で登れる!
風返峠という名前は、このあたりを境に風の向きが変わることに由来するものだという。北関東から吹いてくる山風も、鹿島灘からの海風も、平地からせり上がる山塊によって行く手を遮られ、吹き分かれていくのである。
ところで、関東では冬の北風を筑波おろしと呼ぶ地域も多いようだが、もちろんこれは筑波山から吹き下ろしてくる風のことではない。北西の季節風が吹く頃になると、筑波山を遠望できる日が多いためで、いつでも山が見える地元では筑波おろしといういい方はしないのだそうだ。
筑波スカイラインの終点、つつじヶ丘からロープウェイに乗れば山上駅までの所要時間は6分。そこから整備の行き届いた登山道を歩くと5分足らずで山頂に立つことができる。おそらく……というか、間違いなく日本でいちばん簡単に登頂できる百名山だろう。
『日本百名山』の著者、深田久弥は『高さ千米にも足りない、こんな通俗的な山を……』といい訳しつつ、名山に選んだ理由として、その歴史の古さを挙げている。
奈良時代のはじめ、和銅6年(713年)に編纂された『常陸国風土記(ひたちのくにふどき)』にはこの山の謂われが詳しく記されているし、『万葉集』にも筑波山を詠んだいくつかの和歌がある。これらによると、春や秋、近郷の男女は山上に集まり、ご馳走を広げ、歌を掛け合いながら、相手を求めたという。筑波山は歌垣の舞台、いま風にいえば合コン会場だったのである。
普段着のまま、気軽に山へ登り、眼下の風景を楽しむのに筑波山は格好の存在。日本の登山の歴史というと、修験道や富士講といった山岳信仰が起源と思いがちだが、それより遙かに古い時代から行楽のために登山を楽しむ人は大勢いたのである。
現在の筑波山を訪ねてみても、こうした歴史の古さは何となく感じることができる。
筑波山神社の参道には温泉旅館や食堂、土産物屋が建ち並び、週末には〝ガマの油売り〟まで登場する。家族連れで賑わうケーブルカーは大正14年(1925年)開業という年季ものだし、つつじヶ丘の駐車場脇には小さな遊園地まで営業している。いかにも昔ながらの行楽地といった風情があふれかえっているのだ。
仲良く並んだふたつのピークのうち、東京から見て右手に見える女体山の方が、ほんの少し男体山より背が高いというのも筑波山らしいところ。純白に輝く孤高の富士とはひと味違う、親しみやすさを感じてしまう。
風返峠3Dマップ
◎所在地:茨城県つくば市/石岡市◎ルート:県道42号笠間つくば線◎標高:412m◎区間距離:約12km◎高低差:390m◎冬季閉鎖:なし
【A】筑波山神社(つくばさんじんじゃ)
筑波山をご神体とする古社
約3000年の歴史を持つとも伝えられる筑波山神社。縁結びや交通安全に御利益があるとして年間を通じて多くの人が参拝に訪れる。女体山と男体山の頂上にも社があり、それぞれイザナミノミコト、イザナギノミコトが祀られている。●029-866-0502
【B】筑波山江戸屋(つくばさんえどや)
日帰り入浴もできる老舗宿
寛永年間創業という300年あまりの長い歴史を持つ温泉宿。筑波山神社やケーブルカー乗り場のすぐ近くにあり、気軽に日帰り入浴も楽しめる。●日帰り入浴料1,000円(11:30-15:00)/1泊2食付き16,200円から/つくば市筑波728/029-866-0321
【C】ケーブルカー/ロープウェイ
百名山の山頂へ一気に登る
筑波山神社と男体山山頂を結ぶケーブルカー(片道580円)、つつじヶ丘と女体山山頂を結ぶロープウェイ(片道620円)を使えば百名山登頂も簡単。山頂連絡路(徒歩15分)があり、山麓にはシャトルバスも走っているので気軽に縦走もできる。●029-866-0611
【D】朝日峠展望公園(あさひとうげてんぼうこうえん)
クルマから夜景を楽しめる
県道236号(表筑波スカイライン)の南にある眺めの素晴らしい公園。土浦の街や霞ヶ浦を眼下に一望でき、近くのパラグライダー離陸場からは、寒さに震えることなく、クルマの中から夜景を眺めることもできる。●土浦市小野/029-862-1002(小町の館)
【E】母子島遊水地(はこじまゆうすいち)
逆さダイヤモンド筑波の名所
筑波山の西に位置する母小島遊水地は『逆さ筑波』の名所。毎年、2月14日前後と10月28日前後には筑波山頂から太陽が昇る『ダイヤモンド筑波』も見ることができる。●筑西市辻381-1(ナビ検索の目標:近くの集落センター)/0296-20-1160(筑西市観光協会)
アクセスガイド
県道42号のつくば市側から風返峠をめざす時は、常磐道のつくばIC経由が便利。国道408号(学園西通り)などを通って峠までは約27km、1時間弱の道のり。県道236号(筑波スカイライン)からアプローチするなら常磐道・土浦北ICが最寄りで、このほか、北関東道の笠間西ICや桜川筑西ICなどからも30分程度で行くことができる。