
歩荷を苦しませた急坂をループ橋で駈け上がる
分水嶺のこちらと向こうでは、がらりと表情を変える峠道がある。岐阜県白鳥町と福井県大野市を結ぶ国道158号・油坂峠もそのひとつ。かつて歩荷の人たち脂汗をかきながら登っていった急な坂道を岐阜県側から登り詰めると、道は九頭竜川の流れに沿って日本海へとゆったりと下っていく。
霊峰・白山の南を抜け、美濃国(岐阜県南部)と越前国(福井県)を結んでいた越前街道。その国境は古くから油坂峠と呼ばれていた。このちょっと風変わりな地名の由来を教えてくれたのは、岐阜県側の麓、白鳥町向小駄良地区(現・郡上市)の自治会長を務める佐藤正彰さんである。
「昔、このあたりは歩ぼ っか 荷とよばれる荷運びの人が盛んに行き来していたんですが、峠のこちら側は勾配が非常にきついため、脂汗をだらだらと流しながら必死で坂道を登っていったそうです。それが油坂峠と呼ばれるようになった理由だと聞いています」
佐藤さんは現在67歳。もちろん歩荷が行き来していた時代は知る由もないが、数年前、取り壊しになる旧家の整理を手伝っていた時、たまたま歩荷の姿を写した古い写真を見つけたという。
色あせた写真に写っていたのは、ひとりの少年を含めた3名の歩荷と明治22年(1889年)に開通した初代の油坂トンネル。トンネルの開口部は、見たところ馬や荷車がぎりぎり通れる程度の大きさで、地元の人たちは「隧道」ではなく、坑道を意味する「マンプ」と呼んでいたそうである。
「3人とも時代劇に出てくる駕籠かきのような格好をして、山のような荷物を背負っているんですが、お尻のあたりからT字型の杖のようなものをぶら下げているんですよ。おそらく、坂はきついし、荷物は重いし……、地面に腰を下ろすと立ち上がれなくなってしまうから、休憩する時はそれに腰掛けていたんじゃないでしょうか」
油坂峠をクルマが通れるようになったのは、コンクリート製のトンネルが完成した昭和16年(1941年)のこと。ただし、その後もしばらくは歩荷の行き来はあったようで、佐藤さんの近所のお年寄りの中には、その姿を記憶している人もいるらしい。彼らが福井県側の山村から運んでくるのは、あく抜きした栃の実や木炭など。帰りには米を背負って峠を登っていったそうである。
現在、国道158号で越えていく油坂峠は、平成元年(1989年)に完成した白鳥ループ橋によって山麓の急勾配を一気にクリアしていく。さらに平成11年(1999年)には東海北陸道と接続する油坂峠道路(松本と福井を結ぶ中部縦貫道の一部)も開通。ループ橋の何倍も大きな弧を描く巨大な橋梁とトンネルで、あっという間に福井県側へと抜けてしまう。
白鳥の町から油坂峠までは約6km、時間にしてわずか15 分ほどの道のり。かつて歩荷の人たちが脂汗を流しながら登った峠道の雰囲気を少しでも味わいたいなら、少々面倒でも高速道路は白鳥ICで降り、白鳥の町から国道158号で福井方面をめざすのがいい。
九頭竜川の流れに沿って“奥越の小京都”へ下る
400m近い標高差を一気に登り詰めた国道158号は、油坂トンネルを抜けて福井県側に入ると、今度はゆったりと下っていく。特に有名なドライブルートではないけれど、九頭竜川の流れや大小さまざまなダム湖を眺めながら走る、実に気持ちのいい道である。
九頭竜ダムがある渓谷は、かつては穴馬谷と呼ばれていた。このあたりには穴馬総社、白馬洞、馬返などなど、なぜか馬にちなんだ地名が多い。もしかすると、日本海で獲れた塩や海の幸は、このあたりまでは山道の苦手な馬によって運ばれ、そこから先は歩荷たちに背負われて峠の急坂を越えていったのかも知れない。
九頭竜川の流れに沿ってさらに下っていくと、四方を山々に囲まれた広々とした田園風景が広がる。〝奥越の小京都〟とも呼ばれる越前大野(大野市)の街である。
地下水の豊富な越前大野は、街のいたるところに湧水地が点在している。お世話になった宿の女将さんによると、「ほんの数mも掘れば地下水脈があるので、市内のほとんどの家では地下水を水道に使っている」とのこと。言われてみると、家々の玄関や勝手口には昔懐かしい手押し式の井戸が残っている。ただし、これらは停電時の非常用で、揚水ポンプが止まっても水に困らないよう、昔の井戸を残しているのだそうだ。
最近、越前大野の街で話題となっているのは、雲海に浮かび上がる山城の姿だ。街の中心部にそびえ立つ越前大野城は、竹田城(兵庫県朝来市)や備中松山城(岡山県高梁市)などとともに〝天空の城〟として全国的にもその名前を知られるようになっている。
左上の写真のような見事なシーンと出会えるのは、盆地がすっぽりと霧に覆われる10月から3月にかけての早朝。筆者も目覚ましをセットしておいたのだが、残念ながら翌朝は雲ひとつない快晴。10m先も見通せない濃霧が立ちこめている時しか天空の城とは出会えないと聞いていたので、さっさと二度寝を決め込む。
国道158号は越前大野からまっすぐ西に向かった福井市街で国道8号と交わり終点となるが、かつての越前街道は九頭竜川の流れに沿うように日本海まで延びていた。途中、朝倉氏五代が栄えた一乗谷、柴田勝家が統治した北庄など、戦国武将が築いた城下町を抜け、北前船の重要拠点だった三国の港町まで続いてゆく。
油坂峠3Dマップ
◎所在地:福井県大野市/岐阜県郡上市◎ルート:国道158号(越前街道)◎標高:750m◎区間距離:52.0km◎高低差:568m◎冬季閉鎖:なし
【A】レストラン長滝(れすとらんながたき)
奥美濃の味‘ケイちゃん’
奥美濃エリアのソウルフードとして知られるのがケイちゃん。鶏肉を郡上味噌で漬け込み、キャベツなどの野菜と炒めたシンプル料理で、道の駅白山文化の里 長滝に併設されたレストラン長滝でも人気メニューとなっている。●9:00-18:00/火曜定休/0575-85-2747
【B】満天の湯(まんてんのゆ)
眺めのいい展望露天風呂
白山南麓のスキー場、ウイングヒルズ白鳥リゾート内にある日帰り温泉施設。男湯/女湯のほか、貸切の露天風呂もあり、四季折々の眺めはもちろん、夜は満天の星空も楽しむことができる。●日帰り入浴料700円/10:00-19:00(土日祝お盆GWは20:00まで、冬期12/23-3/20は11:00-21:00)/0575-86-3518
【C】道の駅 九頭竜(みちのえきくずりゅう)
ティラノサウルスが吠える
JR越美北線の終点、九頭竜湖駅に併設された道の駅。地元の特産品などを扱う直売所のほか、舞茸入りのそばやうどんが楽しめる食事処もある。シンボルのティラノサウルス親子は15分おきに吠えたり、動いたりする。●8:30-17:00/無休/0779-78-2300
【D】阿さひ旅館(あさひりょかん)
日本庭園の美しい宿
越前大野の中心部にあり、朝市見物などにも便利な和風旅館。山菜や川魚など、季節の素材を用いた郷土料理が自慢。中庭は手入れの行き届いた日本庭園で、静かな一夜を過ごすことができる。●1泊2食付き9,800円から/大野市錦町5-12/0779-66-2075
【E】そば処 梅林(そばどころばいりん)
大野の名水で打つ越前そば
地場産・在来種のそば粉を使い、越前大野の清水で打ち上げたそば。自慢のおろしそば550円)は、そばの上に鰹節と刻みネギをのせ、辛い大根おろしをたっぷり入れたつゆをかけていただく。●11:00-21:00/火曜定休/大野市月美町2-6/0779-66-3098
アクセスガイド
油坂峠の麓に位置する東海北陸道・白鳥ICまでは東京ICから約420km、名古屋ICから約110km、名神・吹田ICからは約230km。白鳥ICで降りずに油坂峠道路を終点まで走ると、峠の福井県側で国道158号に合流する。日本海側からアプローチする時は北陸道・福井ICが最寄りのインターで、そこから越前大野までは約23km、油坂峠までは約70kmの道のりとなる。