人跡未踏の知床半島を抜けていく絶景ロード
知床という地名は、アイヌの言葉「シリエトク」に由来するもので、「大地の突端」を意味している。まさに最果てのイメージそのものといった地名だが、ただし、海産物の豊かな知床の海岸部には、アイヌ民族よりも遙かに昔から人が暮らしてきた。いわゆる続縄文人やオホーツク人と呼ばれる太古の人類である。

羅臼町側の展望がすばらしいのは知床峠から見返峠にかけての約4kmの区間。一面の雲海の向こうに国後島の山々が浮かび上がる。
一方、半島の稜線地帯は、密生するハイマツやクマザサに覆い尽くされているため、近代以前は人が足を踏み入れることはなかった。現在、世界自然遺産に登録されているのは、知床岬から国道334号の南にそびえる遠音別岳にかけてのエリアで、約7万1100ヘクタールという東京23区よりひと回りほど広い土地には、推定200頭ほどのヒグマが生息しているといわれる。
この豊かな自然が手つかずのまま残る半島を横切っていくのが国道334号、通称「知床横断道路」である。この道路が全線開通したのは昭和55年(1980年)9月のこと。18年もの歳月と88億円という当時としては莫大な建設費をかけ、ようやく人跡未踏の半島を横断する自動車道路が完成したのだ。

太古から人が立ち入ることを拒んできた知床の原生林。その中を気持ちのいいワインディングロードが延びていく。
雲のじゅうたんの向こうに北方領土の山々が浮かぶ
この取材で筆者が知床半島を訪れたのは2014年7月上旬のこと。夜明け前にウトロの宿を出発した時は、空一面に低い雲が垂れ込め、細かい雨がアスファルトをしっとり濡らしていた。

知床横断道路の西側起点、見晴橋付近からはウトロの町が一望。
ところが、知床横断道路を走り出してしばらくすると、雲は徐々に薄れ、路面も乾いていった。そして、知床峠の手前2〜3kmのところで雲が途切れると、頭上には突然青空が広がっていった。
雲の上に出たのだ。

知床はヒグマ密集地帯。人里に降りてくることも多く、頻繁に出没するヒグマは殺処分されるケースもある。
羅臼岳を仰ぎ見ながら、知床峠まで登り詰めると、そこには信じられないようなシーンが待ち構えていた。東の根室海峡は雲のじゅうたんで覆いつくされ、その向こうに国後島の山々がまるで離れ小島のように浮かんでいたのだ。
ただし、陽が昇り、気温が上がると、雲の海はたちまち薄れていった。やがて峠の駐車場に観光バスが続々到着する時間帯になると、あたりはからりと晴れ上がり、「目の前に羅臼岳、海峡の向こうに北方領土の島々」という、ごく当たり前の“絶景”が広がっているだけとなってしまった。

国道334号沿いにあるオシンコシンの滝。巨大な岩盤を水が勢いよく流れ落ちてくる。
アクセスガイド
札幌や苫小牧などの道央エリアからだと、知床半島のウトロや羅臼までは400〜500kmの道のり。高速道路を使ってもほぼ1日がかりの行程となる。レンタカーを利用するなら、根室中標津空港か女満別空港を起点とするのが便利。中標津から羅臼までは約70km/1時間半、女満別からウトロまでは約130km/3時間弱の道のりとなる。知床半島のウトロ側はカムイワッカの滝まで、羅臼側は相泊の集落までクルマで走ることができる。

Data
雲海遭遇率 ★★
雲海の季節 春~秋
◎所在地/北海道斜里町、羅臼町
◎ルート/国道334号
◎区間距離/約57km
◎最高地点/標高738m
◎冬季閉鎖/11月上旬~5月上旬
【A】知床自然センター
世界遺産・知床半島の貴重な自然を学ぶ

国道334号・知床横断道路と知床五湖方面に向かう道道93号との分岐点にあるビジターセンター。館内ではスタッフによるトークショーが毎日行われているほか、大型スクリーンのある映像ホールでは、ワシの視点から知床の大自然を見る独自映像『四季知床』も上映。土産物店やレストランも併設している。
●入場無料/8:00〜17:30(冬季は短縮)/無休/斜里町岩尾別531/TEL 0152-24-2114
【B】しれとこ村
天然温泉と海の幸・山の幸を満喫できる宿

斜里町ウトロの高台に建つアットホームな雰囲気の宿で、新たに建て増しされた別館はバス・トイレ付きの広々とした客室が好評。自慢の天然温泉「熊の湯」は美肌の湯として知られ、貸切の家族風呂も用意。料理は地場の旬の素材を用いたもので、知床の海の幸・山の幸をたっぷりと味わうことができる。

●1泊2食付き8,850円〜/日帰り入浴料600円(15:00〜21:00)/斜里町ウトロ中島125/TEL 0152-24-2124
【C】セセキ温泉
根室海峡に面した岩礁に湧く露天風呂

羅臼町の中心部から半島先端に向かって道道87号を約23km走ったところにある瀬石の集落。ここには根室海峡と国後島を一望にできる豪快な混浴露天風呂がある。岩礁から湧き出す源泉は満潮時は水没してしまうため、入浴できるのは干潮時のみ。事前に入浴可能時間を確認してから訪ねていただきたい。
●無料/7月1日〜9月15日/TEL 0153-87-2126(羅臼町水産商工観光課)
観光情報
知床斜里町観光協会 TEL 0152-22-2125
知床羅臼町観光協会 TEL 0153-87-3330
文:佐々木 節/撮影:平島 格