北米や欧州メーカーの独壇場であったラグジャリーサルーン市場に静粛性や快適性、そして、高品質なジャパネスクを武器に新規参入を試みた5世代目レクサスLS。その実力は、ドイツの両雄、Sクラスと7シリーズと比較しても決して劣ることはない。
強い決意で進み続けるレクサスLS
正直言ってラグジュアリークラスのサルーンは今なお強過ぎる。メルセデス・ベンツは大昔からこの階級(とそれ以上)だけを相手にしてきたし、BMWにしたところで半世紀の歴史とロールス・ロイスがある。でかくて重いモノを優雅に動かすことにかけて、彼らと相対せるのは(ホンキを出したとして)アメリカ勢くらいしかない。
喩えるならサッカーの日本代表が世界選抜に挑む試合のようだ。それでも勝ち目はある。勝てずとも一矢報いるチャンスぐらいはありそうだ。そう思わせることができるかどうか。それが後発ブランドに課せられた使命だろう。歴史の積み重ねが高級であるなら、生半可な決意では一生追いつかない。
そう考えると30年前、トヨタがレクサスブランドの立ち上げに際して放ったLSという一矢が欧米高級ブランドをいきなり震撼させたという事実には驚くほかない。もっともそこからが真に苦難な道の始まりだったとも思う。日本名セルシオというおいおい考証すべき存在もあった。日本的オリジナリティとグローバルクオリティの表現がせめぎ合った。その過程において、ややもすると先代の影響を濃く受けたり、他ブランドの影響を受けたりした。本題から外れるのでこの話題に関してはさておくけれども、レクサスブランド登場から30年たった今、LSとSクラス、7シリーズを乗り比べてみて改めて気づいたことがある。
それは、ようやくドイツ車的高級のあり方という軛(くびき)から逃れて、レクサス=日本のフラッグシップサルーンはこうありたいという明確な意思表示がそこかしこに現れはじめた、ということ。
たとえばデザインだ。現行型のLSには過去4世代に比べると圧倒的な“違和感”がある。惑星外生物のようなマスク、ポルシェのように寝かされたAピラー、和洋折衷の応接間風インテリアとその色合い、などなど。デザインだけじゃない。乗り味にもはっきりと新しいと思える個性があった。猛々しさを強調する加速のサウンドやフィール、ニンブルなハンドリングなど、ドイツ勢とは違う表現があった。平時の静粛性というLSの専売特許はそのままに。
ドイツ勢を追い越したというつもりは毛頭ない。むしろ、はっきりと劣るところも散見された。表現しえた個性にしたところで是非(好き嫌い)は必ずある。けれど、それでいい。違和感上等、なのだ。
アンチのいない高級ブランドなどありえない。なぜならアンチが生まれる背景には、その製品を愛用する顧客との強い紐づけ=イメージがある。裏を返せば熱烈なロイヤリティの成立がそこにある。大好きだという人の様子が気に入らず製品ごと嫌う人=アンチが生まれる。高級ブランドの宿命だ。