南陽一浩の「フレンチ閑々」

存続が決まったアルピーヌは将来、ルノーの改革の中でどうなるのか?【フレンチ閑々】

電動化モデルやSUVがラインアップされる可能性も

今年のル・マン24時間は、コロナの影響で9月19、20日開催へと延期されたが、ちょうど32年前の6月半ばの週末、ル・マン24時間を制したのは、ルノー・アルピーヌA442Bだった。ドライバーは故ディディエ・ピローニとジャン・ピエール・ジョソーで、フランスのチームとしては1972~74年のマトラ3連覇以来、ミラージュとポルシェの2連勝に阻まれた末の勝利で、ルノーとしてもアルピーヌとしても初の総合優勝だった。

白黒のグラフィックに鮮やかなイエローのボディが印象的なA442Bが思い出されるこの時期に、現代のアルピーヌからは2020年限定のカラーエディションとして、ソリッドイエローの「ジョン トゥルヌソル」のA110Sが発表された。「ひまわりの黄色」を意味するこのイエローは60~70年代の元祖A110から復刻された色で、ターボF1を含む黎明期のルノー・スポールにも結びつけられるだろう。いわば60年代いっぱいまでは単独スポーツカー・メーカーとしてフレンチ・ブルーをまとっていたアルピーヌが、ルノーという巨大メーカーの傘下で脱皮して、ルノー自体も新たなフェイズに入った、そんな野心的な時代の色、それがこの黄色なのだ。

というのも先月、アルピーヌは揺れに揺れた。かいつまんでいえば、日産とルノーの決算発表が重なる直前のタイミングで、ルノーがフランス国内の生産拠点を4ヵ所閉鎖するという報道が広がり、その中にディエップ工場が含まれていたのだ。だが5月29日の第1四半期決算発表の場において、日産三菱ルノー・アライアンスの会長であるジャン=ドミニク・スナールは自らの発言によって、ディエップ工場がアルピーヌA110の生産事業を2023年まで継続することを確認し、ひとまず当面の危機は回避された。

しばらくの間、アルピーヌ本国の公式サイトを訪れると何かの意図だろうか、1969年に設立されたディエップ工場の来歴を紹介するページが最初に開くようになっていた。6月になっても、スナール会長はラジオやテレビのインタビューなどで、アルピーヌが2023年以降も存続する手がかりは電動化、つまりEV化にあるとし、時には一日当たりの生産台数が7台にまで落ち込むディエップ工場の収益性を考えるのは経営としては当然であるとも、述べている。

またルノーのデザインチーフであるローレンス・ヴァン・デン・アッカーはこうした発言を受け、ルノー・グループはすでにルノー・ゾエや日産リーフでEVでも豊富な経験があると前置きした上で、A110ならではのライトウエイト・スポーツカーとしての魅力を、ロータス・エリーゼのような軽さとマツダMX-5のような量産性を堅持しつつ、電動化によって実現するのは、技術的には当然難しいことだがチャレンジングだと、コメントしている。

以上の情報だけで判断すると、電動化という難しい青地図を受け容れない限り、アルピーヌというスポーツカーごとブランドごと、消滅の道にあるかのように、表面的には見える。直近ではアルファロメオ4Cがいよいよ生産を終了するということで、ラテン系のスポーツカーはいよいよ受難の時代かという気がしてしまうかもしれない。

ところが話はそう単純ではない。じつはアルピーヌの電動化のウワサは昨秋頃から飛び交っていた。その出どころは、9月よりメルセデスAMGの営業ディレクターから転じてアルピーヌのCEOに迎えられた、パトリック・マリノフの一連の発言だ。(アルピーヌとして)然るべきアジリティが確保できるならば、電動化は法規制に課せられたからすべきものではなく、自ら有用なものとして受け容れられるものになる、というのだ。

加えてマリノフは、以前からウワサされてきたアルピーヌのSUVについても、興味深い見解を示している。SUVはスポーツ・ユーティリティ・ヴィークルのことである以上、「スポーツ」というワードが含まれている。それこそがスポーツカーの乗り手とSUVのユーザーの間にいくつかある共通の価値観で、定番の5ドアではなく日常の枠に収まらないスペシャルなクルマが求められている、というのだ。

よってSUVクロスオーバーのコンセプトとして発表された「A110スポールX」は、どうやらアルピーヌの市販SUVを予想図というより、観測気球的に発表されたもので、潜在的なカスタマーやプレスの反応を探っていると考えた方がいい。

他にも、メルセデスAMGで辣腕を奮った新CEOは、面白いコメントを連発している。スポーツカーのプラットフォームが通常のセダンのそれよりも、長々と使われてきた例には事欠かないとか、市販SUVにあたってはインフィニティのプラットフォームはアルピーヌには重過ぎるかもしれないが、日産三菱ルノーというグループ内には、既存プラットフォームの候補が多々あること。そしてディエップ工場ほど、現代のA110以前にもメガーヌやルーテシアのR.S.、トゥイジーなど少量生産の多様なモデルをフレキシブルにこなしてきた生産拠点はない、ともいう。

おそらくグループからマリノフに与えられた使命とは、アルピーヌの販売台数と収益を上げるだけでなく、電動化を通じてルノーのプレミアム・ブランドとしてのアルピーヌという、その地位を確立させることだろう。今、フランス本国でも、労使問題というアングルから問題を切り取りたがる報道は、ルノー本体VSアルピーヌ@ディエップの構図をことさら強調するが、7月1日にはルノー本体に、フィアットやアウディ、セアトで活躍した新社長のルカ・デメオが就任する。おそらくはカルロス・ゴーン以降のマネージャー・クラスのプレーヤーとして、新しい経営チーム最後の人員補強といえるだろう。もちろん、キャスティングボードを握る監督とコーチは、スナール会長と、ルノーの財務ディレクターで一時的に社長も兼任しているクロチルド・デルボスという訳だが。

もちろん、プレーヤーたちが期待通りか以上のプレーをして、チームが上手くいくという保証はない。だがA110Sの2020年間限定色のイエローは、アルピーヌとルノーが70年代にターボという新しいテクノロジーで、自動車の世界を大きく進化させた時代を想起させる。電動化という新しいテクノロジーに両者が再びタッグを組んで向き合う今、これ以上ないほど象徴的な色ではある。ヴィンテージ確定の一台であることは間違いない。

というわけで、後ろ向きのようでレトロは嫌いというフランスっぽさ満載の、「A110Sカラーエディション2020(ジョン・トゥルヌソル)」の日本への割当は限定30台だそうだ。手元が不如意でなければ、動かせるマネーがあるなら、筆者とてオーダーしたい。

フォト=Renault Communication/Alpine Communication

この記事を書いた人

南陽一浩

1971年生まれ、静岡県出身、慶應義塾大学卒。ネコ・パブリッシング勤務を経てフリーランスのライターに。2001年より渡仏し、パリを拠点に自動車・時計・男性ファッション・旅行等の分野において、おもに日仏の男性誌や専門誌へ寄稿し、企業や美術館のリサーチやコーディネイト通訳も手がける。2014年に帰国して活動の場を東京に移し、雑誌全般とウェブ媒体に試乗記やコラム、紀行文等を寄稿中。2020年よりAJAJの新米会員。

南陽一浩

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