新車で重量税の対象となるケースは2%前後でしかないのだが……
脱CO2に急進的に舵を切る欧州委員会の方針を受けて、欧州の自動車メーカーの戦略がBEV偏重ではないかと、疑問視する声が日本で増えてきた。とはいえEU加盟国はそれぞれ主権国家なので、大勢というか概ねの方向性には賛同を示しつつも、ある程度ユルかったり無視を決め込むところがある。ようはEUレベルと個々の加盟国の間には、具体的な施策については多かれ少なかれ距離感がつねにあることは、日本では意識されにくい。ユーロ通貨の信用を担保するため参加国が国家予算の財政赤字を3%以下にする「3%ルール」などはその典型で、元よりドイツをはじめ一部の優等生しか守れていなかったのが、金融危機とパンデミックの財政出勤を経てかなりグダグダに形骸化してしまった。
まぁ締め上げれば経済が回る訳でもないのは金融資本主義の帰結のようなもので、発展し続けてしまう先鋭とキャッチアップできない底辺の間で、どうバランスをとるか? つまり富の再分配に用いるのが、課税権という主権ツールのひとつだ。課税の有無または軽重は、選挙で票が欲しい政権や政治家にとっては加点にも減点にもなる。目先のバラまきしか取り沙汰されない国では想像の埒外かもしれないが、選挙イヤーにはとりわけ微妙な問題となる。
こうした前提からすると、大統領選を4月に控えた今年、フランスが乗用車のナンバー登録に対して重量税を導入したことは、意外だった。新車はもちろん国外から輸入した中古車であっても、フランスで初めてナンバー登録すれば対象。基本は車両重量1800kgを1kg超える毎に10ユーロが課される。つまり2.3トンなら+500kgの超過×10ユーロ=5000ユーロの重量税となる。子供1人につき200kgは非加算としてまけてくれるので、上記の2.3トンのファミリーカーでも2人子供がいれば-400kgで1900㎏換算=1000ユーロに軽減される。
重量税とは別に従来からの「エコ課税」と呼ばれるCO2排出量に応じた累進ペナルティも継続される1km走行あたり127gまではゼロだが、128g/kmなら50ユーロ、151g/kmから1000ユーロを超え、224g/kmで上限額の4万ユーロが適用となる。2022年中は重量税を合計しても4万ユーロがペナルティ上限額で、来年2023年には5万ユーロに引き上げられる。一方のエコカーに対する補助金ボーナスは、ゼロエミッションで車両価格4万5000ユーロ以下のBEVなら6月まで6000ユーロだが、7月1日からは5000ユーロに下がる。PHEVもゼロ排出のレンジが50km以上あれば1000ユーロの補助金が受けられるが、どちらにせよボーナス額は縮小の方向にある。
いずれ目新しいのは、重量税だ。じつは重量税のアイデア自体が「気候のための市民会議」という市民側の提案から挙げられたもので、当初は1400kgが課税の境目でBEVも対象としていた。だが議会と政府が最終的に1800㎏に基準値を引き上げ、BEVを対象から外す調整をした。じつは1800kg以上、非BEVであることを条件とすると、フランスの新車市場で重量税の対象となるケースは2%前後でしかない。車種的にもメルセデス・ベンツGLCやBMW X3、アウディQ5やボルボXC60といったDセグSUVの上位グレードから引っかかる程度だが、当然その上のGLEやGLS、X5やQ7、XC90あるいはポルシェ・カイエンやGクラス、ベントレー・ベンテイガのようなハイエンド・セグメントも引っかかる。つまり実質的には、数の少ない「ハイエンドSUV」を狙い撃つのが、重量税といえる。
そもそも「気候のための市民会議」という枠組み自体が、日本でも大きく報道された「ジレ・ジョーヌ(黄色いベスト)運動」に対するひとつの善後策として、市民との対話強化のためマクロン政権が設けたものだ。携帯電話や固定電話の番号の世代をベースに無作為抽出された約30万件から、性別や年齢層、学歴や職歴、居住区や地域という6つの基準で、可能な限りの多様な150人が選ばれた。学歴や職歴に関してはむしろ学位や職の無い市民を一定数、入れることが重視されている。こうして各地域や各社会階層から選ばれた150人が、2年間の間に6回の会合を通じて、社会的公平性を保ちながらも将来的な脱CO2への法案の概要を提言する。おおよそ陪審員制度に近い仕組みで、司法でなく立法と行政の間の領域に応用されている、という感覚で構わない。
ジレ・ジョーヌが起きた直接の要因は、CO2排出ペナルティと燃料費の高騰が組み合わさったことで、自動車ユーザーが格別に大きな不利益を被っている、そんな不公平感が爆発したがためだ。なぜ当初の1400kgという基準値が避けられたかといえば、フランスでの新車販売の46%がすでにSUVであるため、量販帯のCセグやBセグの一部までヒットするようでは、対象が拡がり過ぎる。両セグメントはフランスの自動車メーカーの得意でもあるので、国内の雇用を攻撃するロジックにもなりかねない。ようは自動車ユーザー全般に使用者責任を問うというより、もっているところから取る、というサジ加減でありメッセージ性が、ちょうどいい落としどころだった。逆にいえばドイツや北欧製のハイエンドSUVが、フランス市場でスケープゴートにされたという見方もできるが、市中でも高速道路でも人目につく以上、目を引く高級車はどうしても的になりやすい。
ちなみに今のところBEVは重量税の対象から免れているが、エコ・ボーナスの支給額が縮小されていく今後、やがて重量税の範疇に加えられる可能性は低くない。いくらゼロエミッションでも普通乗用車がデフォルトで2トンオーバーは重過ぎる、そんな肌感覚というか拒否反応でもある。実際、日本で自動車重量税が道路整備の財源に充てられる理屈と同じで、フランスでも道路インフラにおける負担コストが市民会議では取り沙汰されていたので、やはり公平さで理解を得るには難しいのだろう。
この記事を書いた人
1971年生まれ、静岡県出身、慶應義塾大学卒。ネコ・パブリッシング勤務を経てフリーランスのライターに。2001年より渡仏し、パリを拠点に自動車・時計・男性ファッション・旅行等の分野において、おもに日仏の男性誌や専門誌へ寄稿し、企業や美術館のリサーチやコーディネイト通訳も手がける。2014年に帰国して活動の場を東京に移し、雑誌全般とウェブ媒体に試乗記やコラム、紀行文等を寄稿中。2020年よりAJAJの新米会員。