メルセデス・ベンツはほぼ毎年のように最新技術のワークショップを開催している。今年は2日間に渡って開催されたが、初日の次世代パワートレインについて紹介する。
ヴィジョンEQXXで得た実績を量産車に活用
メーカーによっては実際のプロダクトが登場する前に、そこに採用予定の技術を公開することに難色を示すところも少なくない。しかしメルセデスは昔からこの点においては寛容というか気前がよい。生々しい観点から見れば、「ウチは今後こんなものを出していきますから期待していてください」と株主への強力なアピールになるし、同時に競合他社へプレッシャーをかけることもできる。そのためには、それくらいの内容とインパクトを備えた技術でなくては意味がないのだけれど、今年もご多分に漏れず興味深いプレゼンテーションばかりだった。
ワークショップは2日間に渡って行なわれ、ひとコマ約40分のプレゼンを1日で6個くらい受けるから、朝から晩まで授業を受けているようでもある。初日のテーマは次世代のパワートレインについてだった。
ご存知のように、メルセデスは“ビジョンEQXX”と呼ぶBEVのコンセプトモデルを開発、公道での実走実験を繰り返していて、1回の充電で1000km以上の航続距離を達成している。ここで得られた知見やデータや実績を次世代のパワートレインへ早速活用している。それが次期CLAと言われているBEVをベースにしたモデルである。
昨年9月に発表されたMMA(メルセデス・ベンツ・モジュラー・アーキテクチャ)は、BEVだけでなく内燃機にも使用できるまったく新しいプラットフォームで、次期CLAが最初のモデルとして来年登場、シューティングブレークと2種類のSUVがそれに続くことがすでに公表されている。
“EDU2・0″のEDUは“エレクトリック・ドライブ・ユニット”で、最新のモーター駆動機構を意味する。MMAではこれをリアに置き、後輪駆動を基本にするという。駆動用モーターは200kWを発生する永久磁石同期式(PSM)で自社開発。ユニット内にはモーターの他に2段式トランスミッションやインバータなどを収め、それでもかなりコンパクトなサイズを達成している。4MATICモデルの場合は、フロントに80kWのモーターを追加する。フロントユニットにはクラッチ制御に似た機能を持つプラネタリーギヤが組み合わされおり、状況に応じてフロントモーターを切り離し、モーターの引きずりのないまま後輪だけを駆動することで航続距離を稼ぐ。現時点での推定航続距離750km以上だそうだ。
バッテリーは2種類のリチウムイオンを用意。ひとつは、負極に酸化ケイ素を使った85kWhタイプで、もうひとつは58kWhの容量を持つ。また、MMAのBEVではメルセデスとしては初めて800Vの電気アーキテクチャーを採用。
新しいバッテリーと組み合わせることで充電器によっては10分以内に最大300km分の充電が可能とのこと。メルセデスはこのパワートレインを搭載した試作車で24時間走行テストを行ない、3717kmを走破した(1回約10分の充電40回を含む)。
新しいエンジンとトランスミッションを開発
MMAは内燃機にも対応すると書いたが、正確にはモーターと組み合わせたハイブリッド機構を搭載することができる。メルセデスはそのために、まったく新しいエンジンとトランスミッションを開発した。
“M252″と呼ばれるエンジンは直列4気筒ターボで、ミラーサイクルの燃焼プロセスを採用。よって12:1という高圧縮比を実現している。トランスミッションは8速DCTで、モーターやインバータなどはトランスミッションと同じハウジング内に収まっている。モーターの出力は20kWで、エンジン/モーター/トランスミッションの順で並び、これをフロントのエンジンルーム内に横置きする。エンジンとモーターの間にはクラッチがあるので、EVモードでの走行も可能となる。EVモードでも8速DCTは使用可能で、すべてのギヤ段で回生もできるという。
このエンジン、とにかくコンパクトにすることが最優先事項だったという。プラットフォームやボディやパッケージは、基本的にBEV用として開発されたため、エンジンルームが通常よりも小さいからだ。エンジンをコンパクトにするなら4気筒ではなく3気筒にする手もあったはず。これに対し担当エンジニアは「もちろん、開発段階では3気筒も検討しました。しかしNV(ノイズと振動)ではどうしても4気筒より不利になります。メルセデスらしいプレミアムな乗り味にするには、やはり4気筒のほうがふさわしかったのです」と答えてくれた。
当初は100kW、120kW、140kWの3つの最高出力から選択可能で、駆動形式は前輪駆動の他に4MATICが用意されている。この4MATICはリアにモーターを置く電気式4WDではなく、プロペラシャフトを有する機械式4WDである。
メルセデスの開発拠点であるジンデルフィンゲンに、2022年に“ESH”と呼ばれる施設が完成した。ESHは“エレクトリック・ソフトウエア・ハブ”の略で、電動化パワートレインに関わるソフトウエア/ハードウエア/システムインテグレーションの開発やテスト機能などがひとつ屋根の下に集約されている。
具体的には、上層階ではソフトウエアのコード作成やシミュレーションなどを行ない、下層階ではパーツやそれを実装した試験車でのテストができるようになっている。1階には6機のテストベンチがあり、マイナス30度から50度までの温度コントロールができる部屋や、さまざまな走行状態を作り出すローラーテストベンチなど、多目的に使える施設が整っている。中には、12Vで作動するすべてのパーツを繋げて通電状態にし、耐久性やハーネスの状態などを確認するベンチもある。実際に見せてもらうと、ライトやオーディオなどがパーツ単体の状態で通電したまま無造作に置かれていて、なんともアナログな風景だったけれど、開発の早い段階でこうしたテストをすることでソフトウエアとハードウエアの問題点を洗い出せるので、とても有効な手段だという。
メルセデスは「新規の内燃機の開発はもうやらない」と公言していたが、実際にはまったく新しいエンジンどころかトランスミッションまで作ってハイブリッドとしてお披露目した。「うそを言ったのか?」と勘ぐりたくもなるけれど、ひょっとしたら開発途中でストップしたものを、市場の状況変化により生き返らせたのかもしれない。こういったフレキシブルな対応は決して簡単なことではなく、メルセデスの底力を見せつけられたような気がした。