日本を代表するスポーツカーの一台が、日産GT-R。その成り立ち、技術、デザインから紡がれるストーリーには世界中にファンがいる。2007年の誕生から年次改良を重ね、いまもなお、老練のサムライとして世界と対峙するGT-Rの実力を確かめるべく、ポルシェ911カレラとアストンマーティン・ヴァンテージの肩を借りてテストした。
パフォーマンスを追求し世界を目指したGT-R
2007年に発売された日産GT-Rは「誰でも、どこでも、どんな時でも最高のスーパーカーライフを楽しめる」をコンセプトとした新次元マルチパフォーマンス・スーパーカーとして登場した。スカイラインの名称がなくなったことのハードウエア的な裏付けもある。当時のスカイラインが採用していたFMプラットフォームではなく、専用のPMプラットフォームが開発されたのがその所以。エンジンは前方ながらDCTがリアデフと一体となったトランスアクスルで、前後重量配分の最適化と低重心化を徹底した。さらにGT-Rの伝統ともいえるアテーサE-TSを進化させたAWDシステムを採用して万全を期したのである。
かくして誕生したGT-Rは、少々車両重量が嵩んだものの、重量物を路面に押しつける、とくにトランスアクスルで後輪を接地させて強力なグリップが得られるコンセプト。
速さとパフォーマンスを引き出しやすくするため、レーシングカー的な手法で開発され、実際に驚異的な性能を発揮した。物議を醸したのは、あまりにパフォーマンス重視でファン・トゥ・ドライブや快適性などはあまり顧みられていなかったことだが、本気で世界レベルを目指すためには必然だったのだろう。まずはパフォーマンスを追求し、それをとことんやれば情緒的なものは後からついてくると考えていたのかもしれない。
実際にGT-Rは速く、ドライビングスキルがそこまで高くなくてもパフォーマンスを引き出しやすいということについては唯我独尊だった。最高出力の480psは、当時のポルシェ911ターボとまったく同一。同じラップタイムでサーキットを走らせようとすれば911ターボのほうがスキルを要求された。GT-Rもラップタイムを細かく詰めていくにはそれ相応のスキルが必要ではあるものの、ある程度の経験があれば、他のスーパースポーツよりはずっとプロに近づけるのだった。
GT-Rが世界レベルとして評価されるべきもうひとつの側面はイヤーモデル制をとっていたことだ。常に改良の手を休めずに進化させていき、ついには発売から13年が経つ長寿モデルとなった。