MERCEDES-BENZ FUTURE EXPERIENCE
前回紹介したメルセデス・ベンツのワークショップでは、2日間に渡り開催された初日について紹介した。今月号ではその続編、2日目の模様をお伝えする。
さまざまな可能性を探るメルセデスの未来
今年のメルセデス・ベンツのワークショップでは、来年登場すると言われている新型CLAに搭載予定のパワートレインに関するプレゼンが初日のお題だった。2日目は、初日のような具体的な採用がすでに決まっている技術ではなく、実現可能かどうかも含めて現在開発が進んでいる要素技術のような出し物が主体だった。
「ニューロモルフィック」という言葉をご存知だろうか。最近では「ニューロモルフィック・コンピューティング」「ニューロモルフィック・デバイス」などとして注目を集めている技術である。「ニューロモルフィック」は直訳すると「脳型」で、コンピュータに人間の脳の仕組みや働きを採り入れようとする試みだ。人間の脳はとても複雑な認知や判断を瞬時に行なっているのに、それに消費するエネルギーは電力に換算するとデジタルAI処理の約1万分の1に過ぎないと言われている。
現在の一般的なコンピュータは、演算部と記憶部が別々で、両者でデータのやりとりをする際の電力消費が大きい。ところが人間の脳は演算部の中に記憶部も含まれているのでエネルギー消費が少ない。
これをクルマに搭載する次世代コンピュータに応用すれば、電力消費量が大幅に削減できるし、演算速度も早くなることも期待されている。せっかく大きなバッテリーをクルマに搭載しても、駆動力以外のところで電力を消費してしまうと航続距離に影響が出る。電子デバイスの数が増加するクルマでは、節電も重要な開発要件なのである。
ニューロモルフィックよりももう少し身近に感じられる技術紹介もあった。例えば「インドライブブレーキ」。BEVの回生ブレーキの効率は年々向上していて、新型CLAのBEV仕様では市街地走行だとそのほとんどの制動を回生ブレーキで賄えるという。インドライブブレーキは、電動パワートレイン内に本格的なブレーキシステムを組み込み、パッドとディスク(あるいはドラム式)を使う機械式ブレーキをなくしてしまおうというもの。もしこれが実現すると、ばね下は軽くなり(=車重の大幅減と乗り心地の向上が見込める)、パッドとディスクのメンテナンスや交換が必要なくなり、もちろんホイールも汚れなくなる。ブレーキのコントロール性や耐久性や不具合が生じた際のフェールセーフなど解決するべき課題はまだあるものの、メリットの多い技術なだけに実用化が楽しみだ。
「ソーラー塗料」もインドライブブレーキと同様に楽しみな技術である。人間の髪の毛よりも薄く、1平方メートルあたりの重量はわずか50gしかないソーラー塗料の開発をメルセデスは進めているという。これでBEVの中型SUVのボディを丸ごとラッピングしてしまうと、年間で1万2000km分地域による)の発電ができるとのこと。走行中はもちろん、駐車中でもソーラー発電は可能だそうで、ひょっとするとバッテリー残量を気にしながら充電器を探すなんてことが将来的には必要なくなるかもしれない。
ボディ全体をソーラーパネルで覆ってしまえるソーラー塗料の開発も進行中。地域によって日照時間が異なるので発電量にも差が生じる。
「マイクロコンバータ」は、手のひらに乗るくらいのサイズの電力変圧器で、わずか数ボルトの電圧を最大800Vまで昇圧できるという。いまの駆動用バッテリーは、簡単に言えばいくつもの電池を直列につないでいる。例えば800Vの電圧を得るために80Vの電池を10本、直列に繋ぐイメージだ。ところがこのマイクロコンバータを80Vの電池にセットするだけで800Vが得られる。ただ、当然のことながら容量は限られるので、80Vの電池4本を並列に繋ぎ、2本を使ってモーターを駆動させ残りの2本を温存したり回生ブレーキで充電したりするといった使い方が想定できる。
サステナブルを意識したプレゼンもあった。メルセデスが開発中の代替レザーは、古タイヤやリサイクルプラスチックを原料にしている。実物を見せてもらったが、見た目や触感は本革とほとんど区別がつかなかった。遺伝子組み換え技術を使ってシルクタンパク質を精製し、光沢感のあるシルクのような糸を作り、インテリアのトリムに使用することも考えているという。いずれも高級感を損なうような品質ではなく、コストとの折り合いがつけば実装はそれほど遠くないかもしれない。
こうした将来を見据えた技術開発は、一見すると絵に描いた餅のように見える。でも、数年前のワークショップで見たハンズオフのADASや自動パーキングなどはいまや当たり前のように装備されている。たとえ日の目を見ない技術もあったとしても、ひとつでも多くの可能性を探ることが未来の技術革新には重要なのである。