
房総半島の最高峰の脇を東西に延びていく林道
南房総のなだらかな山並みを越え、東京湾側の鋸南町と太平洋側の鴨川市を結ぶ嶺岡林道。ここは古くから人や馬が行き来してきた稜線伝いの道だった。
ご存じの通り、千葉県は三方を海に囲まれ、地続きで接する東京都、埼玉県、茨城県との境には江戸川と利根川が流れている。この2本の大河が分流する地点、千葉・埼玉・茨城の三県境から河口までの標高差はわずか8mほどしかない。まるで県全体が島のような地形をしていて、野田市などにある一部の飛び地を除けば、海か川を渡らないかぎり県外には出られないのである。
広大な関東平野の一角を占めていることもあって、千葉県は山が少ないという点では全国でも有数の土地である。平均標高45mというのは、本物の島国である沖縄県(82m)のおよそ半分ほど。日本一の山国、「海こそなけれ……」の長野県にいたっては平均標高が1132mもあり、千葉県はその25分の1以下なのだ。
海と川に囲まれ、どこまでも平坦な土地が続く千葉県の中にあって、唯一、山らしい山が連なっているのが房総半島の南のエリアである。そこにそびえ立つのは標高408mの愛宕山。これさえ都道府県別の最高峰ランキングでは最も低い山なのだが……、その山頂間近を白石峠のある嶺岡林道は東西に抜けていく。
ちなみに嶺岡林道というのは、東京湾に面する鋸南町から外房の鴨川市まで続く4本の林道の総称で、正式には林道嶺岡中央1-4号線という名前が付いている。総延長はおよそ30km。標高172mの白石峠があるのは1号線の南房総/鴨川市境だが、道はそこからさらに稜線を上り続け、愛宕山にある航空自衛隊嶺岡山基地への分岐あたりでピークを迎える。
この嶺岡林道は道幅が狭く、見通しも良くないため、気持ちいい走りを楽しめるわけではない。枝分かれする林道も多く、カーナビにも道路名が表示されないので道に迷う可能性も大きい。
しかし、小さなクルマでとことこ走りながら、のどかな南房総の風景を味わうにはこれほどいい道はないだろう。もちろんルート上に信号機は皆無。道に迷いさえしなければだが……、東京湾から太平洋まで房総半島をノンストップで横断することもできる。
山の集落で暮らす人々が行き来していた稜線の道
そもそも林道というのは、山の木々を伐採したり、運搬するためのもの。ただし、房総半島を東西に横切る嶺岡林道の成り立ちはちょっと違っている。それを教えてくれたのは、重要文化財・旧水田家住宅のお隣で暮らす川崎一作さんだった。昭和2年(1927年)生まれの川崎さんは今年89歳になる。
「この林道が開通したのは、水田さんが大蔵大臣の最後の任期を務めていた時だから、昭和40年代の後半ごろ。それ以前は稜線伝いの細い山道だったんだが、山から薪炭を運び出したり、鴨川から魚売りが来たり、競りに出す馬が行き来したりと、けっこう人通りの多い道だったんだよ」
大蔵大臣の水田さん……と言われても、読者のほとんどはピンとこないだろうが、筆者の場合、小学校の同級生に水田君(あだ名は当然「大蔵大臣」)というのがいて、その思い出もあって何となく記憶に残っていたのだ。あとで調べてみると、第一次池田内閣から第三次佐藤内閣まで大蔵大臣を7回も務め、「大蔵大臣といえば戦前は高橋是清、戦後は水田三喜男」とまで評された有力政治家だったという。
ちょっと話がそれてしまったが、記憶の糸をたどるように語り続ける川崎さんの話は、実に興味深いものだった。
大蔵大臣の水田さん……と言われても、読者のほとんどはピンとこないだろうが、筆者の場合、小学校の同級生に水田君(あだ名は当然「大蔵大臣」)というのがいて、その思い出もあって何となく記憶に残っていたのだ。あとで調べてみると、第一次池田内閣から第三次佐藤内閣まで大蔵大臣を7回も務め、「大蔵大臣といえば戦前は高橋是清、戦後は水田三喜男」とまで評された有力政治家だったという。
ちょっと話がそれてしまったが、記憶の糸をたどるように語り続ける川崎さんの話は、実に興味深いものだった。
川崎さんの子ども時代、このあたりには広大な牧草地が広がり、湧き水の豊富な谷筋には無数の棚田が点在していたという。杉林ばかりが続く現在とは、まったく違う風景があったのだ。そして、牧畜と棚田での米作りで生計を立てながら、現在では信じられないほど多くの人が山の集落で暮らしていた。そんな人たちがごく当たり前に行き来していたのが起伏の少ない稜線の山道。そこを現在の嶺岡林道はなぞっている。
ところで、生まれ故郷に林道を建設した大臣などと聞くと、列島改造の田中角栄氏のような利益誘導型の政治家を思い浮かべる人が多いかも知れない。しかし、実際の水田大臣はきわめて清廉な政治家だったそうだ。
このあたりの農家の暮らし向きが厳しくなったのは、国の林業政策に従って山間部の田畑や牧草地に杉の植林を始めてからのこと。そんな農家を助けるため、水田大臣の音頭取りで建設されたのが嶺岡林道なのだという。
「責任感の強い人だったから、故郷の農家が困っているのを見過ごせなかったんだろうなぁ。でも、それ以外は国政にかかりっきり。村の道路や学校はいつまでもボロのまんまだったよ(笑)」
旧水田家住宅の入口から3kmほど鴨川方面に向かって走ると林道脇にパラグライダー場があり、北側の視界が大きく開ける。そこに広がるのは、川崎さんが山道を歩きながら目にしていたのと変わらない眺めである。
眼下に見えるひと筋の道は県道34号・長狭街道。現在、鋸南町と鴨川市の間を行き来するクルマのほとんどは、この川沿いの道を走り抜けていく。
白石峠3Dマップ
◎所在地:千葉県南房総市/鴨川市◎ルート:林道嶺岡中央1号線◎標高:172m◎区間距離:約30km◎高低差:約350m◎冬季閉鎖:なし
【A】梅乃屋(うめのや)
いつでも行列の元祖・竹岡式
昭和29年の創業以来、個性的な味を守り続ける元祖・竹岡式ラーメンの店。人により評価は分かれるところだが、麺もチャーシューもインパクトにあふれ、おまけに丼からはスープもあふれる!? ●10:00-19:00/火曜定休/富津市竹岡410/0439-67-0920
【B】お食事処 名代亭(おしょくじどこなだいてい)
鴨川の名物“おらが丼”
店によって素材やアレンジはさまざまだが、地元の食材のみで作っているのが鴨川おらが丼。大山千枚田の近く、名代亭の人気メニューは新鮮な海鮮をたっぷりと二段に盛った“おらがX丼(1,500円)”。●11:00-20:00/木曜定休/鴨川市寺門186/04-7097-0225
【C】大山千枚田(おおやませんまいだ)
東京からいちばん近い棚田
嶺岡林道から県道34号・長狭街道に向かって2kmほど下ったところにあるのが大山千枚田。昔の房総の風景をとどめる貴重な棚田で、大小375枚の田んぼが日当たりのいい谷を埋め尽くすように広がっている。●鴨川市平塚540/04-7099-9050(棚田倶楽部)
【D】旧水田家住宅(きゅうみずたけじゅうたく)
築150年以上の茅葺き住居
日本の戦後復興に尽力した政治家、水田三喜男氏が生まれ育った家。江戸時代末期に建てられた茅葺きの主屋と豪壮な長屋門からなり、牧畜を営んでいた嶺岡周辺の農家の豊かさを今に伝えている。内部の見学もOKだ。●9:00-17:00/火曜休館/鴨川市西339-1
【E】房総鴨川温泉 是空(ぼうそうかもがわおんせんぜくう)
外房の大海原を一望にする
風光明媚な太海海岸の高台に建つ一軒宿。風呂からは外房の大海原が一望にでき、11:00-21:00の時間帯は日帰り入浴も可能(貸切露天風呂のみ、要予約)。●1泊2食付き21,600円から/日帰り入浴料1,300円(50分間)/鴨川市太海浜24-1/04-7092-1143
アクセスガイド
嶺岡林道の西側起点に最も近いのは館山道の鋸南富山IC。東京都心からは首都高・京葉道・館山道経由で約115km、アクアラインを利用すると約75kmの道のり。神奈川方面からは浦賀水道を船で渡る東京湾フェリーも便利で、久里浜港(横須賀市)/金谷港(富津市)それぞれから1日12-14便が運航している。所要時間は約40分。