Così così(コジコジ)とはイタリア語で「まあまあ」のこと。この国の人々がよく口にする表現である。毎日のなかで出会ったもの・シアワセに感じたもの・マジメに考えたことを、在住23年の筆者の視点で綴ってゆく。
EVユーザー、どうしてる?
イタリアでは、新型コロナウイルス対策による罰則付き外出制限と休業措置が続いている。
そうしたなか、イタリア政府は解除予定日である2020年5月3日以後、いかに安全かつ段階的に市民生活と産業を回復させてゆくかの素案を4月13日から提示し始めた。
ところで3月初旬に始まった外出制限と休業措置期間中、電気自動車(EV)ユーザーはどうしてきたのか? というのが今回のお話である。
最初に記しておくと、従来型の給油所はスーパーや薬局同様、ライフラインとして、3月12日の休業措置発令以来営業が許可されてきた。
したがって、内燃機関車のユーザーに燃料補給の問題は生じていない。というか、不要な運転は認められていないので、ドライバーの大半は燃料補給頻度が減っているに違いない。筆者も最後に満タン給油したのは外出制限前日の3月9日で、今も燃料計の針はほとんど動いていない。
いっぽうEVは円滑に充電できているのか?
そう思い立たったきっかけは、2019年に筆者が住むシエナで調べた充電ステーション事情である。
イタリア最大の充電設備供給企業「エネルX」の稼働状況を専用サイトで調べてみたところ、市内の設備の約3分の1が「メインテナンス中」と表示され稼働していなかった。実際に現場に赴いて確認すると、明らかに故障中のものがみられた。
平常時でさえ、こうした状態だっただけに心配になったのである。
ホテル内ゆえに「アウト」
初代日産リーフでEVの世界に入り、2018年12月から はルノーZ.O.E.を愛用しているサルヴァトーレ氏に状況を聞いてみる。
ローマ近郊在住を拠点とする彼は、直近の体験として「近隣の急速充電スタンドが故障。修理完了まで4日間かかった。仕方ないのでその間は、離れた場所にある普通充電スタンドを使っていた」と明かしてくれた。
新型コロナによる全土封鎖の影響で、メインテナンス作業が通常よりさらに遅れていることを窺わせる話だ。
それを聞いた筆者は、今回再び「エネルX」のサイトで、シエナの充電スタンド状況を確認してみた。
36基中「メインテナンス中」は11基。つまり約3分の1だから昨夏に調べたときと変わらないが、もしこの環境で故障が発生すれば、さらに修理日数を要するであろうことは明らかだ。
サルヴァトーレ氏も参加しているEVオーナー向けフォーラムがエネルXの幹部と懇談会を開いたときの話によれば、同社の公共充電ステーションは自社管理分もあるが、多くは地方自治体の買い取りであるという。そのため、市が環境政策のシンボルとして賑々しく設置しても、後のメインテナンスに予算が回らないケースが多々あるのだ。
加えて、イタリアのEVユーザー向けフォーラムの古参会員でもあるサルヴァトーレ氏は、イタリア北部のメンバーからの報告として、「テスラ・スーパーチャージャー数カ所が使用できない状態だ」と教えてくれた。
理由は簡単だった。「ホテルの敷地内に設置されているためだ」と話す。
移動制限で事実上旅行者がいない中、大半のホテルは営業を休止、もしくは医療関係者向けなどに限定営業している。そうしたなかで駐車場にスーパーチャージャーがあっても、たどり着けない場合が多いのである。
それを知った筆者は、イタリアのテスラ公式サイトのマップを頼りに、北部のホテル3施設を無作為に選び、テスラ・スーパーチャージャーが稼働しているか問い合わせてみた。
結果は、筆者もかつて宿泊したことがあるモデナのホテルこそ翌日「稼働しています」との返答があったが、あと2軒からは期限までに回答を得られなかった。
これではユーザーは不安になる。
ところで充電ステーションは、プラグイン・ハイブリッドやEVをもつブランドの販売店にも設置されていることが多い。外出制限の施行当日である3月12日、筆者がディーラー2店に問い合わせると、1店は「通常どおり開放する」との返答だったが、もう1店は「以前から壊れていて、業者に修理を依頼していたのだが、なかなか来ない」という答えが返ってきた。そのまま休業措置に入ることを余儀なくされたわけだ。
このようにイタリアのEVユーザーは、充電設備における諸事情から、この時期不安とともに生活していることがわかった。
EVに優しくない理由
もちろん、そうした心配なく、EV生活を継続しているユーザーもいる。
一例は、筆者が住むシエナ県で日産リーフに乗るカルロ氏だ。彼は郊外の自宅屋根に設置したソーラーパネルの電力で充電している。おかげで、経営している保険代理店にも普段と変わらずリーフで通勤している。
しかし、彼のように恵まれたユーザーは限られる。
他の欧州諸国に対し、イタリアでEV人気が今ひとつ盛り上がらないのは、数字にも表れている。
2019年のEVとプラグインHVを合わせた新規登録台数ランキングでイタリアは10位(17,134台)。1位ドイツ(108,839台)、2位ノルウェー(79,640台)、3位イギリス(72,834台)に大きく水をあけられている(データ参考:InsideEVs)。
これには、都市や家屋のコンディションも考えなければならない。
市街地、とくにチェントロ・ストリコと呼ばれる歴史的旧市街には一戸建て家屋が極めて少ない。
そのうえ集合住宅の大半は古い。参考までに、筆者がイタリアで住んだ家のほとんども、いずれも築数百年級である。
「コンドミニオ」といわれるアパルタメント管理組合も、大抵の場合、共益費の集金ひとつで苦労しているのが現状だ。充電設備を設置しようとしたら、どれだけ時間と手間を要するかわからない。
都市そのものもしかりだ。大半の公共工事は景観規制委員会の審査を通過させなければならず、公共充電ステーションを設置することも容易ではない。
郊外でも別の問題がある。この国の場合は、東京のように小さな街が連続して次第に郊外になってゆくのでない。ひとつの都市を出ると、次の都市まで何十キロメートル近く何も無かったりすることが当たり前だ。途中の小さな町村に充電ステーションを小まめに設置することは、前述したように各自治体負担中心である以上考えにくい。
参考までに前述のカルロ氏も「帰宅途中でバッテリー切れ寸前になり、人家に駆け込んで電気を借りた」経験があるという。
日本の自動車誌愛読者のなかは、「BMW i」「フォルクスワーゲンI.D.」「メルセデス・ベンツEQ」といったドイツ系ブランドの凄まじいEV攻勢を知って、ヨーロッパ全土でEV普及が目覚ましいと思っている人も少なくないだろう。
だがイタリアでは、かくもEV生活には高いハードルがある。ついでにいえば、欧州ではイタリアよりEVの新車登録台数が少ない国が17ヵ国あることも忘れてはならない。
そうしたなかで筆者などは「昔ながらのガソリンスタンドとは、究極のエネルギー供給設備シェアリングである」などという結論さえ頭をよぎるのだ。
それでも意外な長所があった!
イタリアの労働市場について述べれば、2500万人が自営業者で、全労働者の21.7%に相当する。その比率は欧州内においてトップクラスである(データ参考: 欧州統計局 2019年)。新型コロナの影響で彼らの収入が減少することは明らかで、自動車買い替えマインドの激減は、給与所得者の比ではないだろう。
イタリアの2020年3月乗用車登録は、前年同期比で約85%ものマイナスとなった。1ヶ月まるごと販売店が休業を強いられた4月は、より悪化した数値となる恐れがある。
一部自動車ディーラーの倒産は不可避だろう。そうしたなか生き残ったディーラーは、EVより安価で売りやすい内燃機関車を仕入れ、積極的に販売するようになるに違いない。
イタリア政府はすでに5G通信をはじめとする先端技術産業を復興の起爆剤とすることを示唆しているが、国際関係上、二酸化炭素排出量削減・地球温暖化防止を推進する産業の振興も掲げるだろう。その流れとして、これまで行ってきたEVの自動車税優遇・買い替え奨励金・旧市街への乗り入れ許可といった政策も続けることが予想される。
しかし各地で進められてきた欧州排出ガス基準「ユーロ」の古いグレードの車に対する市内乗り入れ禁止措置は凍結が考えられる。「EVを含め、即座に新しい環境対策車を買う余裕など無い」という国民の声が上がることは充分あり得るからだ。
原油価格の下落にともなうガソリン・軽油価格の大幅値下がりも、EVを買う魅力をさらに減少させてしまう。
断っておくが、筆者自身はそのリニアな加速や静粛性から、一日も早くEVに乗り換えたい人間である。将来1回手に入れたら、おそらく野蛮な音と震動を発する内燃機関車には一生戻らないであろう。目下BMWのi3が、デザインの革新性もあって最も気になるEVである。中古車価格も、なんとか手が届きそうなところまできた。より現実的なレンジエクステンダー仕様も散見する。
それだけに、イタリアにおけるEV普及に急ブレーキがかかるのは実に残念なのである。
そのEVに知られざる長所がある。それは「盗まれないこと」だ。
米国IIHSおよびHLDIの2019年発表によると、BMW i3、テスラ・モデルSおよびXといったモデルは盗難被害に遭う率が極めて低い。
これはイタリアにも当てはまるようで、2018年-2019年の盗難車ランキングの上位に、たとえ高価であろうとEVは登場しない。
米国ではEVはバッテリー充電情報も含め、コネクティビティが極めて高度であり自車位置が把握されやすいのが被害率の低い理由とされる。
イタリアに当てはめれば、前述のような使いづらい環境、市場規模が小さいゆえの闇市場の成立しにくさ、SUVと違い密輸によるアフリカ・東欧など新興国需要も見込めない現状が奏功していることはたしかだ。
5分に1台クルマが盗まれている国(イタリア内務省2015年発表)であるが、EVにとっては目下ほぼ心配無用なのである。
この記事を書いた人
イタリア文化コメンテーター。音大でヴァイオリンを学び、大学院で芸術学を修める。1996年からシエナ在住。語学テキストやデザイン誌等に執筆活動を展開。NHK「ラジオ深夜便」の現地リポーターも今日まで21年にわたり務めている。著書・訳書多数。近著は『メトロとトランでパリめぐり』(コスミック出版)。