小さな爆弾
日本の読者の皆さんは「フィアット・ウーノ・ターボ」をご記憶だろうか? ベースモデルのフィアット製コンパクトカー「ウーノ」に遅れること2年、1985年に登場したハイパワー・バージョンである。正確には「ウーノ・ターボi.e.」という。
1301ccエンジンはi.e.=iniezione elettronicaつまり電子燃料噴射や日本のIHI製ターボチージャー(+インタークーラー)を組み合わせることにより、105HPにまでパワーアップされていた。845kgの軽い車重と相まって0-100km/h 8.3秒、最高速は約200km/hを叩き出した。アンティスキッド・システムもオプションで追加できた。
エクステリアではハッチ一体型スポイラーや大径タイヤが与えられ、インテリアではモケットのシート地に専用デザインが奢られていた。メーター内には油圧計、油温計そして過給圧計が備わり、また未来感満点のデジタルメーターもオプション設定されていた。ウーノ・ターボは1989年の後期型を経て1993年まで生産された。
ちなみに発表当時メーカーがオフィシャル・フィルムのなかで用いていた「ボンバ(爆弾)」は、後年もこのクルマを形容するニックネームとして一般ユーザーの間で浸透した。
好コンディションの陰の苦労
同車のファンクラブ「ウーノ・ターボ・クラブ・イタリア」は2021年9月末、イタリア中部アレッツォ周辺でツーリング&ミーティングを開催した。旧市街の広場も会場に含むことから参加台数を限定したところ、募集直後から満員となった。
第2日目である9月26日午前、イタリア映画「ライフ・イズ・ビューティフル」の舞台にもなったアレッツォのグランデ広場で筆者が待ち構えていると、約60台のウーノ・ターボが次々と来場。マルコ・ボニャンニ会長らの誘導によって、ボディカラー別に整列した。
参加車たちは最若でも車齢27年超だがコンディションが良い。愛情溢れるメインテナンスとレストアの賜物であることは明らかだ。ただし、ボニャンニ会長と役員級メンバーたちによれば、プラスチック系パーツはすでに入手困難なものが発生しているという。そのため「(ウーノを現地生産していた)トルコから調達することも、たびたびある」と明かしてくれた。
筆者自身もかつて、ターボではないがウーノを自身で所有した経験がある。たしかにプラスチックの部品は劣化が激しかった。たとえば飛び石で穴が空いたヘッドランプのカバーからは雨水が侵入して、気がつけば”涙目”になっていたときには、思わず笑ってしまった。彼らの苦労が偲ばれる。
また、近年のヤングタイマー人気で、車両の価格が上昇しているのも気がかりと話す。実際、本稿執筆時点でヨーロッパの中古車検索サイト「オートスカウト24」には、車齢30年超にもかかわらず約2万ユーロ(約264万円)の出品がみられる。もはや「部品取り用に買い求める」というには、あまりに高額になってしまっているのだ。
今のクルマにないもの
ウーノ・ターボを愛するようになったきっかけは? そう質問すると、40代から50代初頭のファンの口からは、たびたび同じ答えが返ってきた。彼らは「きっかけは自分たちよりも兄貴世代の走り屋たちだ。彼らがウーノ・ターボを楽しんでいたのに憧れて、免許取得後に手に入れたんだ」というものだ。
いっぽうエクスパートにとってもパッションの対象となりうることを示してくれたのは、マラネッロ在住のマッテオさんだ、普段フェラーリに勤務しながら、スイスにあったというウーノ・ターボを入手。13年かけてレストアしてきた。「現地で冬季に撒かれる塩化カルシウムによる下回りのダメージには苦労した」と振り返る。
最遠来のドイツ人、マイク・ハーダーさんは、2年2カ月をかけてレストアしたあとの晴れ舞台として、今回の本場イベントを選んだという。フランスの「ルノー5GTターボ」「プジョー205GTI」に対して、イタリア版ホットハッチの代表として欧州でウーノ・ターボが今も認識されていることを示している。
ウーノ・ターボの現役時代を知らない世代も、たびたび見かけた。ダニエルさん(24歳)は、その代表である。さまざまなスポーツ系を乗り継いでいたところ、ガールフレンドのパオラさんが乗っていた赤いウーノ・ターボに一目惚れ。彼女の愛車を借りて乗っているうちに自分用も欲しくなり、物色を開始した。購入にあたっては、二人が好きなサンルーフ付きを購入条件にしたという。そうして見つけたのは、自分より5歳も年上の1992年式だ。ステアリングは、自身の名前とUno Turboの文字を彫り込んだサーキット用に交換した。
彫り込んだといえば、ダニエルさんの左腕を見て驚いた。なんと、パオラさんが好きだというカンツォーネ歌手バスコ・ロッシの歌詞とともに、疾走するウーノ・ターボがタトゥーで彫られているではないか。
35年も前にデビューした大衆車ベースのクルマが、今も若者の心を惹きつけるとは。ウーノ・ターボのコンセプトが色褪せないことを示している。そして同時に、今のクルマに何が足りないのかを暗示している気がしてならないのである。
文と写真 大矢アキオ Akio Lorenzo OYA
動画 大矢アキオAkio Lorenzo OYA/大矢麻里 Mari OYA
この記事を書いた人
イタリア文化コメンテーター。音大でヴァイオリンを学び、大学院で芸術学を修める。1996年からシエナ在住。語学テキストやデザイン誌等に執筆活動を展開。NHK「ラジオ深夜便」の現地リポーターも今日まで21年にわたり務めている。著書・訳書多数。近著は『メトロとトランでパリめぐり』(コスミック出版)。