2022年11月に発表されたBMW 3.0 CSLは、BMW Mの創立50周年を記念に開発された特別モデルで、全世界50台限定で発売された。今回は、BMW専門店のスタディから国内に1台しかない3.0 CSLを借り出し、峠を駆けぬけてみた。
タイヤはエンボス加工を施した一品モノとなる
75万ユーロ(約1億2000万円)という破格のプライスで、BMWファンのみならず世界中のクルマ好きを驚かせた「BMW 3.0 CSL」。それはM社が創立50周年を記念して、往年の3.0 CSLをモチーフに限定50台で生産したスペシャルモデルだ。
そしてこの3.0CSLを、なんとBMW専門店であるアノ「Studie」が手に入れた。ちなみに応募には、世界中から500件以上の申し込みが殺到し、BMWは2年がかりでこれを50名にまで厳選。BMWに対する貢献度をその判定基準として、アジア唯一のワークスチームとしてスーパーGTで活躍し続けているスタディが選ばれたのだという。とはいえこれには、当の鈴木BOB康昭会長自身も「申し込みはしたけれど、まさか本当に当選するとは思わなかった」と驚いたという。
そして、このたび貴重な3.0 CSLを走らせる機会が与えられたわけだが、これには筆者も「まさか運転するとは思わなかった」と述べておこう。正直なことを言えば今回ばかりは好奇心よりも、緊張感の方が何倍も勝っていた。
たとえばそのタイヤは、M社50周年を記念してミシュランがサイドウォールに専用のエンボス加工を施した一品モノだ。またアルパイン・ホワイトのボディに彩られたMストライプやゼッケンは、デカールではなく塗装である。そしてボディの外板パネルには「クーペ・スポーツ・ライトウェイト」の現代解釈として、ふんだんにカーボン製パーツが奢られている。
要するに、やらかせない。チッピングひとつ、付けたくない。だからまるで筆者は雨の予選をスリックで臨むのような気持ちで、恐る恐るこれを走らせたのだった。
しかしそんな憂鬱を吹き飛ばす素晴らしさで、3.0 CSLは応えてくれた。何にも増して感動させられたのは、その軽さだ。
ちなみに車重は、ベースとなったM4クーペに対して約180kgほど軽量化されているのだという。世界限定1000台のM4 CSLでさえ100kg減だったから、その差はさらに強烈だ。
そしてこの軽さが、単なる数字の追求で終わっていないないところが3.0 CSLの奥深さであった。まるで羽根が生えたかのように、全ての操作感が軽いのである。
BMW史上最も強力な、560psを発揮する3L直列6気筒ツインターボ。そのクラッチはまるで、2L自然吸気エンジン用のごとき軽さだ。しかも節度感はきちんとあり、ペダルをゆっくりリリースして行くだけで、車体はスルスルと動き出す。
乗り味も、抜群にいい。引き締められた足周りは、短いストロークの中で路面からの突き上げを瞬時にダンピング。カーボン製バケットシートを通して伝わるわずかな横揺れやハーシュも、速度が上がるに従って泡のように消えて行く。
ショートシフトで恐る恐る様子を見ていたエンジンを、ギアを固定して回して行く。爆発的なトルクに蹴飛ばされる“万が一”を想定しながらもアクセルを徐々に踏み込んで行くと、S58ユニットは拍子抜けするほどのスムーズさで高回転まで回り切った。
これってまさに、往年のシルキーシックスじゃないか。確かにそのサウンドは、自然吸気時代には及ばない。アクセルを離した際のバブリングも、現代のマナーに則り控えめだ。しかし3Dプリンタ技術を採用したヘッド、高剛性なクローズドデッキのブロック、軽量な鍛造クランクシャフトから成る直列6気筒の吹け上がりは文字通り絹のごときで、なおかつそこにパワーが付いてくる。
ロード寄りのタイヤは少しだけスリルだ
2.9kg/psというパワーウエイトレシオにも関わらずその加速が人の感性にフィットするのは、そのトランスミッションが6速MTで操作性が極めて良好だったからだろう。8速ATに対してふたつほどギアが足りず、なおかつ変速時間も遅くなるはずの6速MTは、専用のギア比と良好なギアトラベルを与えられることによって、その差を完全にではないがほどよく埋めている。そしてこのシフトフィールがとても軽やかだから、運転にリズムが作れるのだ。
その足下に同じミシュランでも、M4 CSLが履いたCUP2Rではなく、よりロード寄りのPS4Sを選んだセンスも、3.0 CSLのキャラクターを決定付けている。どっしりと座りの効いたグリップではなく、サラッとした張りのある接地感がその動きに軽さを与え、同時に少しだけスリルをもたらしている。そして、これを吸い付くようなタッチのブレーキで抑え付けながら、ヒール&トゥを挟んでコーナーに入って行く。
ターンインの挙動は、かなりクイックだ。超扁平なワイドタイヤと軽量ホイールの組み合わせでゲインがかなり高く、狙った以上にノーズが切れ込む。個人的にはもう少しだけゆっくりとした操舵レスポンスが好みだけれど、走り込むうちにこの危うさこそが3.0 CSLの魅力かもしれないと思えるようになった。いわゆるM4 GT3のようなダウンフォースを狙わず、突き出したフロントスポイラーと“バットモービル”と称されたテールウイングだけで走らせる、古典的スタイルだ。
M社はどうしてこうしたクラシカルなモデルを、50年という節目に発表したのか。当然それはBMWヒストリーにオリジナルの3.0 CSLが燦然と輝いているからだが、同時に現代において失われてしまったドライビングプレジャーを、彼らはもう一度徹底的に表現したかったからだと思う。BMWはこの3.0 CSLでレースへ出場することと、タイムアタックを禁じているという。それは数字に表れない官能評価こそがこのクルマの本質だからだ。つまり3.0 CSLは床の間に飾るクルマじゃなく、アクセルを踏み抜いて楽しむべき1台なのだ。果たしてそんなことができるオーナーが、何人いるのかはわからないけれど。
KINOSHITA IMPRESSION
腰を抜かしそうになる億超えのプライスタグ。現存するのは世界に50台という希少性。現代に蘇った3.0 CSLには、乗り手を萎縮させる要素に満ち溢れている。となれば、トライビングは恐る恐る……となるのが相場だが、意外なことにこのモンスターは、ステアリングを握るドライバーを優しく受け入れた。
とにかく軽い。おそらく僕はこの日だけで、“軽い”という言葉を1年分口にしたような気がする。重量級爆撃機のような破壊力はなく、大空を切り裂きながら飛翔する戦闘機のような軽快さなのだ。しかも、ドライバーを拒絶するような激しさはない。力量を試すようなそぶりもない。“あきれるほど軽い”という感覚以外には、どこにも不純物がない湧水のように雑味がない。
おそらくサーキットを攻め立てればとんでもないタイムを記録するに違いない。だが、そうすることが無粋であるかのような紳士的オーラが、嫌というほど満たされている。
リポート=木下隆之
【SPECIFICATION】BMW 3.0 CSL
■車両本体価格(税込)=—
■全長×全幅×全高=4911×1946×1393mm
■ホイールベース=2857mm
■トレッド=前:1636、後:1649mm
■車両重量=1624kg
■エンジン形式/種類=S58B30B/直6DOHC24V+ツインターボ
■内径×行程=—×—mm
■圧縮比=—
■総排気量=2993cc
■最高出力=560ps(412kW)/—rpm
■最大トルク=550Nm(57.1kg-m)/—rpm
■燃料タンク容量=—
■燃費(WLTC)=—
■トランスミッション形式=6速MT
■サスペンション形式=前:ストラット/コイル、後:5リンク/コイル
■ブレーキ=前後:Vディスク
■タイヤ(ホイール)=前:285/30ZR20、後:295/25ZR21
※スペックは参考値
取材協力=スタディ TEL045-476-3181 https://www.studie.jp/