シリンダーへの点火順は1、2、3、4、5、3。その5気筒エンジンが奏でる特徴的なリズムとサウンドが唯一無二の存在感を放つアウディTTRS。フェイスリフトを受けた最新版が日本でリリースされ、その出来栄えをテストした。おそらくこれが最後のTTRS。熟成を極めた仕上がりを堪能せよ!
フェイスリフトでその印象はどう変わったか?
1998年にデビューしたアウディTTは、蓮の葉の上に落ちた水滴のような丸みを帯びたフォルムによって注目を集めた。あれから20年以上の時が経ち、3代目まで進化したTTシリーズは、今年ロードスターのファイナルモデルがリリースされている。おそらくクーペに関しても終焉が近いと考えるのは当然だろう。
いかにもニュルブルクリンクあたりに出没しそうなキャラミグリーンのアウディTTRSが本日の主役である。プラットフォームはMQB、エンジンはTTシリーズで唯一にして最強の2.5L直列5気筒ターボ。400psの最高出力はもちろん、クワトロシステムを用いて4輪に分配される。
標準モデルのTTと同じく、TTRSも昨年フェイスリフトが施されている。外観はホイールこそ7スポークのアルミがキャリーオーバーされているが、黒い差し色が入ったエアインテークも大型化され、リップも追加されたフロントバンパーにより精悍な顔つきになっている。より複雑な形状になったサイドシルやディフューザーの主張が強くなったリアバンパー、そして翼端板が独立したリアスポイラーなど細かく手が入れられ、スペシャリティ感が高い。
一方室内はインフォテイメント関係のアップデートによって扱い易さが向上している。メーターナセル内に仕込まれたアウディバーチャルコクピットの12.3インチモニターは、アルカンターラ張りのステアリング上のスイッチでデザインや表示項目を変更可能。エンジン出力やGモニターなどハイパフォーマンスモデルにこそ必要と思われる情報を瞬時に切り替えられる。ADAS関係も最新版が導入され、他のアウディと比べても遜色のない仕上がりになっている。
より賢く生まれ変わったアウディTTRSだが、ファンがこのクルマに期待するのは便利さではないはずだ。コンパクトなボディに400ps+クワトロシステムを詰め込むというギャップである。3代目TTの全長は初代と比べて130mm程長くなっているが、それでもまだ現行のケイマンより250mm以上短いのである。
ターンパイクの急勾配に向けて駆け出すと、寸分のアソビも許容しない引き締まったステアリング系統が「もっとスロットルを踏め!」とけしかけてきた。微かに蛇行させてみると、ステアリングのリムからタイのトレッド面までがひとつの硬質な弾性体として繋がっているような印象を受ける。だがそれでも、以前の個体より路面へのタッチが優しく感じられた。以前はMQB史上最強(?)の剛性感を隠そうとしないモノコックに対し、アシのセッティングが硬すぎにも少しギクシャクしていて、飛ばしている時以外はなかなか辛い乗り物だった。今回の個体はあまりに走行距離が少なかったので断定はできないが、現行モデルは日常性との折り合いが、ギリギリのところでつけられているように思えた。
400psという最高出力は以前と一緒だが、高回転の伸びがよくなり、より速くなっているように感じられた。ハイトーンで連続性のある5気筒の音もアウディらしからぬ官能性を感じさせてくれる。車検証上は前910kg、後580kgという極端なフロントヘビーだが、身のこなしに妙なクセはない。スタビリティが高く、積極的にスロットルを踏めるので、動的な前後重量配分は50対50に近くなっているものと思われる。
おそらく今回の個体のドライバビリティが、熟成の極みと言っていいだろう。GT3モデル的なインパクトの強い見た目と、若干の優しさを身に着けたファイナルスペックは、無敵感に満ち溢れた、魅力的なモデルに仕上がっていた。