
自分にとっては「走ることができる1/1のコレクション」
原体験がその後のカーライフに大きな影響を及ぼすように思えてなりません。今回、取材を行った北澤剛司さんと、その愛車である1986年式シトロエン BX 4TCにまつわるカーライフも、その法則にピタリと当てはまります。シトロエン BX 4TCといえば、かつて一世を風靡したWRCにおける「グループB」カテゴリーにエントリーしたクルマとして知られています。しかし、実車を観たことがある人はそれほどいないはず。なぜなら、世界でも30数台、日本には少なくとも2台しか現存しないクルマだからです。自他ともに認めるクルマ好きである北澤さんが、なぜ世界的にも貴重なシトロエン BX 4TCを愛車に選んだのか。その原体験を絡めつつ、愛車への想いを伺いました。
――クルマが好きになったのは何才頃でしたか?
はっきりとは覚えていませんが、おそらく3歳になる前だったはずです。物事ついたときにはトミカで遊んでいましたから。ちなみに、1970年に第1号が発売されたトミカと同い年なんです(笑)。その前となると、おそらくはブリキの玩具だと思います。
――クルマが好きになった「原体験」は何でしたか?
世代的にもスーパーカーブームとトラック野郎が原体験になるんでしょうね。最初に買ったプラモデルとして明確に覚えているのは、タミヤ製の「1/24スケール マルティーニ・ポルシェ935ターボ スポーツカーシリーズNO.1」です。はじめて作った精密に作られたプラモデル。たしか8〜9歳の頃でした。
それと……、1975年に公開された映画「トラック野郎 爆走一番星」に登場したダンプカー「ボルサリーノ2」を買って作ったことを覚えています。ただ、このプラモデルは壊してしまい、プラモデルに付属していたシールを当時使っていたノートに貼ったんです。このノートは実家のどこかに眠っているはずです。当時モノ「ボルサリーノ2」のプラモデルがヤフオクに出品されると30万円くらいの相場になっていて驚きました。
――現在の愛車の存在を知ったきっかけを教えてください
1983年に日本で公開された映画「ウィニング・ラン」を友だちと観に行って、モータースポーツに興味を持ちはじめたんです。その後、tvk(テレビ神奈川)でオンエアされていた「新車情報」の視聴者プレゼントで、自動車雑誌3カ月間無料プレゼントに当選したんです。ここでカーグラフィック誌と出会うことになります。そこからランチアラリーをはじめとするグループBマシンや、ポルシェ956、ランチアLC2といった耐久マシンに魅了されていったんです。
1985年WRC最終戦のRACラリーでランチア デルタS4とメトロ 6R4がデビューしたこともあり、1986年シーズンはすごいことになるぞ、と、注目していたんです。でも、第3戦のポルトガルラリーや、第5戦のツール・ド・コルスで大きな事故が相次ぎ、この年限りでグループBが消滅してしまいました。これはとてもショックでしたね・・・。私自身、ランチア デルタ S4でエントリーしていたトイヴォネンが事故で亡くなったというニュースは衝撃的で、いまでもよく覚えています。
そんななか、1986年にシトロエンからグループBカテゴリーにデビューしたのが「BX 4TC」だったというわけです。正直「何じゃこりゃ」って思いました。そのクルマが後に自分の愛車になるとは夢にも思わなかったですね。
――シトロエン BX 4TCを購入するにいたった経緯を教えてください
幼少期の頃から好きだったグループBカーだけに、1度はグループBマシンを手に入れてみたいと思っていたんです。しかし、グループBのベースモデルであるクルマはどれも高価でとても手が届きません。そんなある日、日本在住のシトロエンのコレクターさんがBX 4TCをフランスから個人輸入したというブログを見つけたんです。BX 4TCが日本にあること自体が驚きでしたね。
ブログをチェックしていると、もう1台、フランスにあるBX 4TCの売り物があったんです。すぐさま問い合わせをしてみたところ、まだ買い手が見つかっていないとのことでした。それまでに何件か問い合わせがあったそうですが、実際買うとなるとメンテナンス先やパーツの確保はどうするんだといった現実的な問題で二の足を踏んでしまう人が多かったそうです。しかし私としては「とりあえず買っちゃえば何とかなんじゃない」でした(笑)。あと、BX 4TCの実車を見たことがなかったので、どういったクルマなのか見てみたかったというのもありますね。
その後、ブログを運営している方とフレンチブルーミーティング会場でお会いして、信頼できる方だと感じたので売買契約を結び、フランスからBX 4TCがやってくることになったんです。それが現在も所有している愛車です。
――現在の愛車が納車された日のことを覚えていますか?そのときのことを聞かせてください
BX 4TCを手に入れたときすでに結婚していて、妻にも一応「実は”グループB”っていうカテゴリーの昔のラリーカーのベース車両で、日本にはいま1台しかないような、世界にも30数台しかない非常に珍しいクルマがあって、これはちょっと買ってみたいんだけどどうでしょうか?」とお伺いを立ててみたんです。
しかし、妻はクルマには興味がないので説明したところでよく分からない(笑)。「それって2ドア?それとも4ドア?」と聞いてきたので「4ドアです」と。たしかに嘘は言っていませんよね(笑)。これで妻にも了解を得たわけですが、ひとつ気になっていたことがあります。それは「エアコン(またはクーラー)が装備されているのか」ということです。BX 4TCが生産された時期を考えるとクーラーが装着されているのか、こればかりは実車を確認してみないと分からない。妻も、私が手に入れようとしているクルマがエアコン(クーラー)なしとは夢にも思っていません。それで……日本に上陸後、キャリアカーに運ばれて自宅にBX 4TCがやってきました。たしか2007年の6月です。これが初対面となったわけですが、実車を見てみたらなかったんですよね。エアコンはもちろん、クーラーも(笑)。ただ、これまでの人生においてずっと抱えてきた「グループBマシンがほしい」という課題をひとつクリアできたのは嬉しかったですね。
――BX 4TCはどのような場面で乗っていますか?
イベントやグループB仲間とのツーリングが主ですね。あとは意外に思われるかもしれませんが「買いもの」です。妻に「イオンまで買いものに行きたいんだけどクルマ出せる?と」頼まれたら、我が家にはBX 4TCしかないので、じゃあいいよと、最寄りのイオンにもBX 4TCで行きます。グループBカテゴリーのベース車両でありながら、買ったものをリアシートに積めますしね。案外実用的です。
――BX 4TCとのカーライフでいちばんの思い出をぜひ聞かせてください
BX 4TCで妻を病院まで緊急搬送したときですね。病院まであと少しというところでBX 4TCの水温がどんどん上昇していって、あと少しで水温が120度に届きそうなところまでいってしまったんです。で、結局病院までたどり着けず「あと少しで病院だから」と、近くで妻を降ろした記憶がありますね(苦笑)。
――BX 4TCとのカーライフで困ったこと、大変だったエピソードを教えてください
なんといってもクラッチが滑り出したときですね。クラッチが手前でつながるようになってきてパワーが出ない。クラッチが滑ってきているのが分かるんです。もはやクラッチ交換をするしか手立てはない。でも、専用部品なのか分からないし、そもそも部品が手に入るのかも分からない。調べて行くうちにシトロエンSMのミッションを使っていることは分かったんですが、肝心のクラッチの部品の品番が分からない。
もはやお手上げ状態のまま、それでも1年近くだましだまし動かしていたんです。今後どうなってしまうんだろう……、と思いながらeBayをチェックしていたある日、BX 4TCのオーナーズマニュアルとサービスマニュアル、そしてパーツマニュアルが出品されているのを見つけたんです。
しかし、発送先はヨーロッパ限定。とりあえず出品者に連絡を取り「日本在住のBX 4TCオーナーで、どうしてもその資料が欲しいので、日本に送ってください」とお願いしてみたんです。するとOKがもらえたので落札し、後日実際に送られてきました。マニュアルを調べていくとクラッチの部品と思われる品番が分かり、ドイツに在庫があるというので発注しました。結局、クラッチ板の方は正解でしたが、クラッチのリリースシリンダーは不適合だったんです。とりあえずクラッチ板を持って主治医のところに向かったんですが、現地に着くまでが大変でしたね……。本当にギリギリでした。
――今後、BX 4TCに対して手を加えてあげたいポイントを教えてください
3Dプリンターで製作したシフトノブを早く取り付けてあげたいですね。あとは下回りのリフレッシュなどです。
――BX 4TCに関することで、自慢できるポイントをぜひ聞かせてください
小さい頃から見ていたカーグラフィックTVに出演できたことです。2012年9月12日放送の「#1344 シトロエンBXの30周年 マボロシのターボ四駆初公開!」でした。このとき、キャスターの田辺さんに直接インタビューしていただいたのは良い記念になりましたね。
――BX 4TCを維持するうえで気をつけていること、意識していることを聞かせてください
無茶な運転をしないことですね。あと、自損事故にも気をつけています。常にマージンを持って走らせるように心掛けています。
――この先「このクルマだけは手に入れたい」というモデルはありますか?
究極としては「フェラーリ 250GTルッソ」ですね。1960年代のフェラーリの12気筒エンジンのサウンドが好きなんです。あとはフェラーリ288GTO。もう少し現実的なところだと、フェラーリ412のMT車です。
――あなたがBX 4TCに「伝えたいメッセージ」をぜひ聞かせてください
「本当にありがとう」に尽きます。BX 4TCには感謝しかありません。このクルマを手に入れていなければ出会えなかった人、前述のカーグラフィックTVにも出演できたのもBX 4TCのおかげですから。
――北澤さんにとって「シトロエンBX 4TC」はどのような存在ですか?
私にとっては「走ることができる1/1のコレクション」です。ない部品は可能な限り自作しますし、ペイントもします。あと、人と人とをつなぐコミュニケーションツールでもありますね。現時点では私がオーナーとして所有していますが、「預かりモノ」という感覚が強いです。できる限りコンディションを維持して、後世のクルマ好きの方に引き継いでいただけたら・・・…、と願っています。
●オーナープロフィール
・お名前:北澤 剛司さん
・年齢:55才
・職業:ライター
・愛車:シトロエンBX 4TC
・年式:1986年式
・トランスミッション:5速MT