
やさしく、それでいて熱い
愚直なまでにスポーツカーにこだわるがゆえに、一時は経営難に陥ったブランドを不死鳥のごとく蘇らせるとともに、現在のプレミアムSUVブームを牽引し続けるポルシェの稼ぎ頭が3世代目へとフルモデルチェンジを遂げて日本上陸を果たした。異例ともいえるクローズドコースでの試乗から、その第一印象をリポートしよう。
全長4918×全幅1983×全高1696mmの堂々たる体躯は流線型フォルムはそのままに、LEDヘッドライトが立体的な意匠となり、リアのライトストリップがワイド感を強調。
これまで以上の巨体だが乗り味は軽快かつ穏やか
日本上陸となった3代目ポルシェ・カイエンの試乗は、いつもの箱根ターンパイクで行なわれた。しかも気象庁が関東地方の梅雨入りを宣言した直後だ。
やはりその日は朝から雨模様で、降ったり止んだりの不安定な路面で新しいカイエンを味わうことになった。そこは乾いた硬質な路面ではなく、雨粒がほどよい緩衝材になっていたようで、あたりもよく、しっとりと湿度感の残る走り味で僕を迎えてくれた。
静粛性は高級セダンに匹敵するレベルに感じたし、乗り心地も穏やかだ。大径タイヤがバネ下でバタバタする素振りはなく、路面の粒をひとつひとつ包み込むような優しさを伴っている。
外観から想像する限り、武骨な印象は拭えない。武骨という表現が適切でなければ、迫力であり高剛性感であり、あるいは重量級と置き換えてもいい。巨大な動物が突進してくるように、重いボディをくねらせながら、大地をノシノシと踏みしめるような迫力がカイエンにはある。
実はホイールベースは先代と同じ2895mmにもかかわらず、ボディが前後に63mm伸ばされて、全長は4918mmに達している。全幅は43mmの拡大で1983mm。カイエンがポルシェであろうとする痕跡であるラウンドしたテールやノーズの効果で、威圧感は中和されているものの、相当に大柄であることに違いはない。
車高は9mmダウン。結果として低い姿勢のカタマリ感が強い。そんな巨象のような新型カイエンがしっとりとしているわけもないだろうと勝手に身構えていたから、優しい走り味がなおさら印象的に思えたのだ。同時に、カイエンも牙を抜かれたものだなぁ……と、一抹の寂しさもあった。
2002年に誕生した初代は、時流に乗って、「裕福な911オーナーならSUVをガレージに並べたくなるはず……」といった邪な、あるいはセールス的な狙いから誕生したと記憶している。だから、ポルシェに心酔するユーザーの期待に応えようとするあまり、なかば強引に最速キャラにこだわっていた。そのカイエンがまさか宗旨替えするはずがないと思っていたのだから驚きは強い。ただ今回のそれは、まさかの宗旨替えではなくテクノロジーの進歩といえる。
試乗車のカイエンSは、ボディシェルだけで135kgの軽量化を実現しているというから尋常ではない。安全性や環境性といった時代の要請が招く重量物を装備しても、先代より65kgも軽く、初代モデルと比較するとなんと225kgもダイエットしているというのだから素晴らしい。
軽量化はボディシェルだけではなく足回りを構成するパーツの省略やアルミ材の多用、その他の素材見直しにもおよんでいたことが、走り始めた瞬間に感じた、しっとりとした湿度感のある乗り味やバネ下の落ち着き、あるいは軽快なフットワークに結びついたのである。決して箱根に咲く紫陽花の色香に惑わされたのではなく、技術的進化の痕跡を感じたのだ。
新搭載技術がもたらす豹変ぶりに好感触!
新設のリアアクスルステアリング=4輪操舵は、車速80km/hを境に、逆相から同位相に変位する。これにより最小回転半径は60cmも小さくなって都会での取り回しに貢献する。そればかりか、高速域での安定感にもメリットが見出せる。おそらく、高速域でのスタビリティを担保したことで、中速クルージングの軽快さを引き出せたのだろう。4輪操舵を意識させずに整えたことにも感心した。
ちなみに、パワーフィールも同様で、攻撃的な印象は薄い。
準備されているエンジンは3種類。カイエンには340psを発揮する3.0リッターV型6気筒ターボ、カイエンSには440psの2.9リッターV型6気筒ツインターボ、最強のカイエンターボには550psを炸裂させる4.0リッターV型8気筒ツインターボが積み込まれる。

搭載エンジンはVバンク間に過給器を組み込んだ3.0Lシングルターボと2.9Lツインターボの6気筒、4.0L 8気筒ツインターボの3基種。ギア比をワイドにした8速ATと電制可変マルチプレートクラッチを備えた4WDシステムを組み合わせる。
試乗に供されたカイエンSは、レーシングエンジンに匹敵するリッターあたり152psを発揮するというのに、その数値から予想される激しさはなく、ドライバビリティに優れているのである。
出力の向上と軽量化はパワーウエイトレシオ(4.6kg/ps)に貢献して、踏めば速い。だが、ゆるゆると流している限り、実に穏やかでサルーン的な味わいだ。
スポーツフィールと効率が身上である伝家の宝刀「PDK」ではなく、8速ティプトロニックSとの組み合わせも特徴だ。数トンにおよぶクルーザーを牽引してマリーナに向かうというシチュエーションの都合で、相性のいいオートマチックを採用した。よくよく外観を眺めるとアプローチアングルはたっぷりと確保されている。道なき道を突き進むこともいとわない。シフトは小気味よく変速が決まるPDKも捨てがたいが、アウトドアでの性能確保も考えると、オートマチックを選択した意味に納得する。ATの採用が、新型が意識したであろう「優しさ」を強調していたのも副次的に嬉しい。
そう、ここまで穏やかなテンションでドライブして思ったのは、新型カイエンが格段に洗練度を増し、アーバンSUVとしての資質を高めたことに感心する一方で、どこか物足りなくなったのも事実。本当に牙を抜かれてしまったのかと一抹の不安が芽生える。
そこで、後席でくつろぐ編集者を降ろして、ひとり雨の箱根に挑んでみた。ステージとなった有料道路は準備周到に貸し切りになっていた。ポルシェ本来の生息地である超高速域に遠慮なく挑むことにしたのである。するとどうだろう。にわかにポルシェらしい攻撃的な性格を露わにしたのだ。
エンジンサウンドは刺激的に変化し、回転を上げると、本性をさらけ出すかのように躍動感に満ち溢れていく。レッドゾーンまできっちりと使い切り、変速がアップテンポに繰り返されるのだ。
そこにPDKでないことの嘆きはない。まるでツインクラッチ式マニュアルであるかのように、変速のリズム感が気持ちよく、つねにロックアップしている感覚が強い。あの低回転域でのユルさが嘘のように感じたのだ。
フットワークも安定している。登り区間でフル加速しても、ノーズが見苦しく天を仰ぐことはない。レベライザーが機能しているかのように姿勢が安定しているのだ。むしろ車高が下がって、路面に吸い付くような感覚が残る。4WDゆえの安定感も秀でている。
新型カイエンは、穏やかな気持ちでクルージングしている時には高級サルーンのように優しい。だがひとたび鞭をくれると爽快なスポーティマシンに変貌する。そのリバーシブルな性格が最新のポルシェらしく好感触だった。
新型カイエンが優しく、それでいて熱いのは、季節のせいではなかったようだ。
Specification
ポルシェ・カイエン
車両本体価格(税込):9,760,000円
全長/全幅/全高[mm]:4918/1983/1696
ホイールベース[mm]:2895
トレッド(前/後)[mm]:-/-
車両重量[kg]:1985
最小回転半径[m]:6.05
乗車定員[名]:5
エンジン型式/種類:-/V6DOHC24V+ターボ
内径×行程[mm]:84.5×89.0
総排気量[cc]:2995
圧縮比:11.2
最高出力ps(kW)/rpm:340(250)/5300-6400
最大トルクNm(kg-m)/rpm:450(45.9)/1350-5300
燃料タンク容量[L]:75(プレミアム)
燃費(10・15/JC08)[km/L]:-/-
ミッション形式:8速AT 変速比:1)5.000、2)3.200、3)2.140、4)1.720、5)1.310、6)1.000、7)0.820、8)0.640、R)3.480、F)3.210
サスペンション形式:前 マルチリンク/コイル、後 マルチリンク/コイル
ブレーキ 前/後:Vディスク/Vディスク
タイヤ(ホイール):前225/55R19(8.5J)、後275/50R19(9.5J)
ポルシェ・カイエンS
車両本体価格(税込):12,880,000円
全長/全幅/全高[mm]:4918/1983/1696
ホイールベース[mm]:2895
トレッド(前/後)[mm]:-/-
車両重量[kg]:2020
最小回転半径[m]:6.05
乗車定員[名]:5
エンジン型式/種類:-/V6DOHC24V+ツインターボ
内径×行程[mm]:84.5×86.0
総排気量[cc]:2894
圧縮比:10.5
最高出力ps(kW)/rpm:440(324)/5700-6600
最大トルクNm(kg-m)/rpm:550(56.1)/1800-5500
燃料タンク容量[L]:75(プレミアム)
燃費(10・15/JC08)[km/L]:-/-
ミッション形式:8速AT 変速比:1)5.000、2)3.200、3)2.140、4)1.720、5)1.310、6)1.000、7)0.820、8)0.640、R)3.480、F)3.210
サスペンション形式:前 マルチリンク/コイル、後 マルチリンク/コイル
ブレーキ 前/後:Vディスク/Vディスク
タイヤ(ホイール):前225/55R19(8.5J)、後275/50R19(9.5J)