
負けず嫌いが作った究極のロードカーだ
故ブルース・マクラーレンが英国に興した、レーシングコンストラクターを起源とするロードカーに、往年のル・マン24時間レースでGT1クラスを制したマシンに由来する名がふたたび与えられて誕生。公道“も”走行可能という、そのスーパースポーツの真価を、レーシングドライバーの木下隆之が探る。
「速度に比例して安定感が高まるなんてことがあるのか?」
マクラーレン600LTをワインディングに連れ出し、意を決してコーナーに挑んだ瞬間に頭をよぎった。速度を上げれば上げるほどマシンが従順になる。まるで物理の法則を無視したような不思議な感覚は、コンペティションの世界で生きるマシンでしか味わえない、“あの感覚”そのものだ。
搭載エンジンは、3.8L V型8気筒ツインターボ。最高出力は600ps、最大トルクは620Nm。世界最高峰の推進力を誇るから、速度計の針は回転系の針を追い越すような勢いで上り詰めていく。だというのに僕は、恐怖と緊張に縮み上がることなく冷静になっていく。マシンが路面に吸い付いていくからである。
エンジンが中回転域に達すると訪れる、何かが弾けたかのようなパワーゾーンは確かに激烈である。2基のターボチャージャーが連携しているとはいえ、ドカンと弾けるタイプだから、軽はずみにスロットルを踏み込むと、脳髄が揺すられてクラクラする。カタログスペックによると0→100km/hが2.9秒という驚愕の加速性能を誇るのだから納得だ。ただ、最大の武器はそれではない。
度を越したストッピングパワーにも腰を抜かしかけた。その大径ブレーキの効き味は常軌を逸している。ブレーキペダルに足を添えただけで、速度は急速に失われていく。ただ、本題はそれではない。
天に向かって口を開ける特異なトップエキゾーストが人目を引く。幻想的な青い炎を突き立てれば、衆目を引き寄せるだろう。だが、最大の魅力はそこでもない。
コーナリング性能を高める手法は3つに大別される。ひとつはタイヤのサイズ拡大や、タイヤそのものの摩擦係数を高める方法。もうひとつはトレッドやホイールベース、あるいはサスペンションジオメトリーの調整といったメカニカルな手法。そして3つ目がタイヤを路面に強く押し付けるという空気力学的なアプローチ。マクラーレンが「600LT」を開発する際に最重要視したのが、空気力学的な効果のひとつである「ダウンフォース」。そこを徹底的にこだわったであろうことは明白だ。
物理の法則に反した感覚の正体は、速度が250km/hに達すると100kgの力で路面に押し付けられるという強烈なダウンフォースにあった。つまり物理の法則を無視したのではなく、極めて論理的に開発されていたのだ。
ひたすらストイックに速さを求める。その武器が強烈なダウンフォースなのだ
足は硬い。路面のうねりを食らうと、強烈な反力で車体が浮き上がろうとする。だが空気が強い力でマシンを路面に抑え込む。うねりを食らった瞬間、天井に頭を打ち付けそうなくらい浮き上がった。ボディは抑えられていても、ドライバーは無防備だからだ。5点式シートベルトで括りつけられていないドライバーは、コクピットの中で跳ねまわるだろう。

スポーツシリーズ共通のコクピットは、センタークラスターとタッチ式インターフェイスを除いて、カーボン素材とアルカンタラで覆われる。バケットシートはオプションの超軽量カーボン製レースシートに換装が可能だ。
この600LTは、同じスポーツシリーズの570Sと比較して10mmフロントワイドで、車高が8mm下げられている。タイヤはピレリとの共同開発で17kgも軽くなったPゼロ・トロフェオRを履く。電動スライドまで廃したシートは21kgも軽量なバケットタイプ。スーパーシリーズの720Sと共通のブレーキシステムで4kgを減量。修行僧のように贅肉を削ぎ落としたストイックなまでのダイエットによって、乾燥重量は1250kgを下回る。
モデル名の由来であるLT=ロングテールは47mmにおよび、その大半はリアディフューザーに充てられている。カナードやリアエンドは言うにおよばず、フェンダーの内部でさえもダウンフォースを得るために整流する。だから、タイヤがわずかに軌跡を乱し始めても、スロットルオフで速度を抑えるのではなく、むしろ速度を高めて空気の壁に突入した方がいい。巨大な白鯨が大きく口を開けて小魚を根こそぎ捕食するように、ありったけの空気を掻き集めたほうがむしろ安定するのだ。
実は600LTを試乗する前日に僕は、最新のレース仕様であるマクラーレン720S GT3で鈴鹿サーキットを走行している。その感覚に限りなく酷似していた。
マクラーレンは赤い跳ね馬のように官能的に嘶くこともなく、猛牛のように威嚇することもない。イタリアンエキゾチックを蔑むように、ひたすらストイックに速さを求める。その武器が強烈なダウンフォースなのだ。負けず嫌いな英国のレース屋がロードカーを作るとこうなる。
【Specification】マクラーレン600LTクーペ
■車両本体価格(税込)=29,999,000円
■全長×全幅×全高=4604×1930×1194mm
■ホイールベース=2670mm
■トレッド=前1680、後1591
■車両重量=1356kg
■乗車定員=2名
■エンジン型式/種類=M838TE/V8DOHC32V+ツインターボ
■内径×行程=93.0×69.9mm
■総排気量=3799cc
■最高出力=600ps(441kW)/7500rpm
■最大トルク=620Nm(63.2kg-m)/5500-6500rpm
■燃料タンク容量=72L(プレミアム)
■トランスミッション形式=7速DCT
■変速比=1速3.980、2速2.610、3速1.900、4速1.480、5速1.160、6速0.910、7速0.690、R2.800、F3.300
■サスペンション形式=前後Wウィッシュボーン/コイル
■ブレーキ=前後Vディスク
■タイヤ(ホイール)=前225/35R19(8J)、後285/35R20(11J)
【問い合わせ】
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