BEVの車体を鋳造によって3分割で一気につくる「ギガキャスト」が見どころ
トヨタが静岡県内の東富士研究所で「トヨタテクニカルワークショップ2023」を開催し、様々な次世代技術を公開した。集まった一部メディアからは、ため息が出るほど濃い内容のイベントだった。
これまでトヨタは、今年4月の佐藤恒治社長による新経営体制になってから、豊田章男(現会長)が推進してきた「電動化」「知能化」「多様化」の経営路線を継承しつつも、さらなる進化を目指すと説明してきた。
なかでもBEV(電気自動車)については、「2030年のグローバルで年間販売台数350万台を目指す」と言い続け、次世代バッテリーを開発中といった概要や、「bZ4X」に次ぐbZシリーズとして中国で「bZ3」を公開するなどしてきた。だが、メディアにとって、またユーザーにとっても、「次世代のトヨタの道筋がよく見えない」という印象があったように思う。その反動であるかのように、今回の公開情報は多彩であることに加えて、そのどれもがかなり早い段階での量産を目指していることに驚いた。
筆頭は、鋳造によって車体を3分割で一気につくる「ギガキャスト」だ。BEVの前・中・後のそれぞれを一体造形とすることで、BEV製造ライン全体としての工程を大幅に短縮する。そして、バッテリーについても、bZ4X比で航続距離を2倍とする「パフォーマンス版」やコストを抑える「普及版」、さらに全固体電池など、合計5種類のバッテリーの実物を展示した。これらを2026年から2028年までに同時並行で量産化を目指すという。
また、テストコースでの試乗では、日野製の大型FCV(燃料電池車)の助手席での試乗や、中型FCV、水素エンジンのレクサス「LX」、ダイハツの商用軽バンBEV、ハイラックスBEVなど、これまで非公開の実験車両を体験することができた。
MTのBEVはちゃんとエンストする!?
そうした中で、BEVに対する概念を覆すような実験車両があった。外観はレクサス「UX」なのだが、なんとMT仕様なのだ。6速MTで、ちゃんとクラッチペダルもあるではないか!?
とはいえ、このクルマはれっきとしたBEVなので、同乗した開発担当者は「当然、クラッチ機能もありません」と言い切る。恐る恐る1速でクラッチミートっぽくふるまってみると、あら不思議。左足の裏の感覚はまさにMTのクラッチミートなのだ。しかも、エンジン音がアクセル開度に伴って変化するのだが、その音は”いかにもゲームっぽい”ような安っぽさが全くない。まるでリアルなエンジン音を車内で聴いているように錯覚してしまう。
シフトアップを続けても、まるで普通のMT車のように感じる。また、あえて坂道発進で急にクラッチをつないでみると、ちゃんとエンストするではないか!また、速度が低い状態で高いギアに入れると、アクセルレスポンスが鈍り、エンジン音もちゃんと歯切れが悪くなる。そして「渋滞時などでは、スイッチひとつでBEVに戻る」という代物である。
このMT仕様のBEVの開発期間は約2年、「クルマ屋らしいBEV」を目指す上で「やるなら、本気で量産するべく、徹底的にチューニングしよう」と開発を進め、このレベルに達した。現状で、既に量産レベルという印象だった。AE86のBEVコンバージョンが話題となったが、最新BEVのMTという新たな楽しみが増えそうだ。
この記事を書いた人
専門は世界自動車産業。その周辺分野として、エネルギー、IT、高齢化問題等をカバー。日米を拠点に各国で取材活動を続ける。日本自動車ジャーナリスト協会会員。一般誌、技術専門誌、各種自動車関連媒体等への執筆。インディカー、NASCAR等、レーシングドライバーとしての経歴を活かし、テレビのレース番組の解説担当。海外モーターショーなどテレビ解説。近年の取材対象は、先進国から新興国へのパラファイムシフト、自動運転、EV等の車両電動化、情報通信のテレマティクス、そして高齢ドライバー問題や公共交通再編など。