
天才の血統――創業者から911神話の始まりへ
モータージャーナリスト清水和夫氏が、深く魅了されてきた「ポルシェ」という自動車メーカーの「哲学」について存分に語る連載をスタート。ポルシェというクルマのステアリングを握る前に、創業者から受け継がれてきて今もなお宿っている、確固たる哲学を理解しておきたい。まず第1回は、創業者フェルディナント・ポルシェ博士とその一族から。
【画像39枚】天才ポルシェ一族の軌跡。ローナー・ポルシェ、ビートル、917……歴史を刻んだ名車と創業者一族の姿を見る
原点にEVあり。フェルディナント・ポルシェの先見の明
まず、物語の始まりである創業者、フェルディナント・ポルシェ博士の時代に遡ってみましょう。彼は技術一筋の、人間的には少し偏屈な人物だったと聞いています。
彼のキャリアの出発点は、驚くべきことに電気自動車(EV)でした。1886年にダイムラーとベンツがガソリン自動車を発明する以前、自動車の世界は鉛バッテリーのEVが主流でした。ウィーンで電気工学を学んだ若きポルシェは、オーストリアのEVメーカー、ローナー社でその才能を開花させます。
彼は、重くて航続距離の短い鉛バッテリーの弱点を克服するため、ガソリンエンジンで発電し、その電力でモーターを駆動するシリーズハイブリッド方式を考案しました。これはまさに、現代の日産のe-POWERと同じ仕組みです。さらに驚くべきは、その駆動モーターに、今なお実用化が難しいとされるインホイールモーターを採用していたことです。この革新的な「ローナー・ポルシェ」は1900年のパリ万博で大きな注目を集め、彼の名は一躍ヨーロッパに轟きました。
独立、そして国民車とレーシングカーの設計
ローナー社で名を上げた彼は、オーストリア・ダイムラー社の主任技師になりますが、そのわがままな性格は堅実なドイツの組織とは合いませんでした。やがて独立し、シュトゥットガルトに自身の設計事務所を設立します。
ここでトリビア的ですが、ポルシェやダイムラー・ベンツやボッシュがなぜシュトゥットガルトという町を選んだのか。実際にポルシェのエンブレムはシュトゥットガルト市の紋章(跳ね馬)が使われています。シュトゥットガルトはドイツ語でシュツゥーテン(Stuten/牝馬)とガルテン(Garten/産地)という意味があり、ローマ帝国時代から馬が移動手段だったので、シュトゥットガルト市は長きにわたってモビリティの要の町だったようです。
ここで彼は、歴史的な名車を次々と生み出します。一つは、アウトウニオンのグランプリレーサーです。当時主流だったフロントエンジンに対し、彼は初めてミッドシップレイアウトを考案し、メルセデスやアルファロメオを打ち破って勝利を収めました。そしてもう一つが、アドルフ・ヒトラーの依頼で設計した「フォルクスワーゲン・ビートル」です。現在の911の原型が、この国民車にあることは言うまでもありません。
戦争を乗り越え、一族のDNAは次代へ
ヒトラーとの関係から、彼はキューベルワーゲンやシュビムワーゲンといった軍用車の開発も手掛けました。ここでも彼の哲学は一貫しています。重いジープが泥濘地で動けなくなるのを見て、彼は徹底的に「軽量化」にこだわりました。そして、後輪駆動でも十分な走破性を確保できることを証明したのです。
その一方で、彼はディーゼルエンジンを使った耕運機まで作っています。F1から耕運機まで手掛けた本田宗一郎のように、社会の課題を技術で解決しようとする、根っからのエンジニアだったのでしょう。
しかし、戦争協力が仇となり、彼は戦後、フランスの獄中に囚われてしまいます。その父を救ったのが、息子のフェリー・ポルシェでした。彼は疎開先でスポーツカーを製作・販売し、その利益で父を解放したのです。
最強のDNAを受け継いだ男、フェルディナント・ピエヒ
天才の血は、さらにその次の世代で、より強力に開花します。ポルシェの歴史は、3代目にあたるフェルディナント・ピエヒの登場によって、さらなる高みへと駆け上がります。彼はポルシェ博士の孫(娘の息子)にあたり、「祖父のDNAを最も色濃く受け継いだ男」と評されています。
彼が20代で成し遂げた最初の偉業が、あの初代911に搭載された空冷6気筒エンジンの開発でした。その後も、ル・マンでフェラーリを打ち破った伝説のマシン「917」を開発するなど、その才能を遺憾なく発揮します。
こうして911神話は始まり、ポルシェの名はサーキットで燦然と輝きました。しかし、その栄光の裏で、時代の大きな荒波が、この小さなスポーツカーメーカーに静かに迫っていたのです。
【ル・ボラン編集部より】
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