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ロールス・ロイスは2025年10月23日、同ブランドが誇るビスポークの最新到達点を示す「ファントム・センテナリー」を、ファントム100周年を記念し25台限定で発表した。ファッション・アトリエと共同開発した16万針の刺繍リアシートや、24金箔で旅路を描いたドアトリムなど、まさに圧巻のディテール。モータージャーナリスト・大谷達也氏が英国現地からその実力をレポートする。
【画像38枚】16万針の刺繍と24金箔の輝き。「ファントム・センテナリー」圧巻の内外装を写真で見る
ロールス・ロイスが「誂え」をリードする理由
ロールス・ロイスのビスポークは、どこまで進化していくのだろうか? イギリス・グッドウッドのロールス・ロイス本社でプライベート・コレクションの最新作「ファントム・センテナリー」を目の当たりにした私は、そんなことを考えていた。
イギリスの富裕層が愛して止まないビスポーク、つまり“誂え”の世界。単にきらびやかさを競うのではなく、自分が本当にいいと思うもの、自分の好みにあったものをオーダーして長く愛用する文化は、大量生産が当たり前となった現代だからこそより尊く、その価値が改めて注目されるようになったともいえる。
そんなビスポークを何よりも大切にしている自動車メーカーがロールス・ロイスだ。彼らは様々な素材やカラーを準備して顧客からのオーダーに柔軟に対応できる態勢を整えるいっぽう、新たな可能性の挑戦にも取り組んできた。なかでもプライベート・コレクションというプログラムは、彼らのビスポークで実現できる間口を広げるうえで見逃せない役割を果たしてきた。
職人たちの最先端技術を堪能できるプログラム
では、プライベート・コレクションとは、いったいどのようなものなのか? 前述のとおり、一般的なビスポークは顧客のオーダーを受けてカラーや素材などの仕様を決めるものだが、プライベート・コレクションは通常のビスポークと同じ部門が対応するものの、「何を作るか?」までビスポーク部門が決めたうえで顧客に提供する点が異なる。
「それでは本来の意味のビスポークとはいえないのではないか?」そんな声が聞こえてきそうだが、プライベート・コレクションは通常10~25台程度に販売台数が限られるので希少性は十分確保されるほか、ロールス・ロイスのビスポーク部門が腕によりをかけて作っただけあってその美しさには目を見張るものがある。また、ビスポーク部門独自の取り組みとして新たな製法や工法に取り組むことも少なくなく、職人たちの最先端技術が堪能できるのもプライベート・コレクションの特徴のひとつといえる。
圧巻、16万針の刺繍が彩る100周年のリアシート
プライベート・コレクションの最新作である「ファントム・センテナリー」は、そんなロールス・ロイス・ビスポーク部門の最新到達地点を示すにふさわしい力作だった。
なによりファントム・センテナリーは、「Centenary(100周年)」の言葉が示すとおり、ロールス・ロイスのフラッグシップモデルであるファントムの誕生100周年を記念して制作されたもの。ビスポーク部門が、いつも以上の熱量でその開発と制作にあたったことは想像に難くない。
たとえば、リアシートを飾るダイナミックなスケッチは、これまでオートクチュール(こちらも注文で作られる高級婦人服を指す)のみを手がけてきたファッション・アトリエと共同開発した生地に高解像度プリントを用いて描いたうえに、そこに16万針ものステッチを施すことで立体感と躍動感溢れる作品に仕上げられている。
ちなみに、ここで表現されているのは、ファントムの歴史を象徴する場所や思い出の品々という。そのなかには歴代ファントムの姿にくわえ、各世代のファントムを代表する7名の著名なオーナーが抽象的に描かれているそうだが、そうした意義深いスケッチが一片のアートと表現して差し支えのない完成度を得ていることに驚きを禁じ得ない。
フロントがレザー、リアがファブリックである「理由」
いっぽうのフロントシートにもビスポーク部門のデザイナーによる手描きのスケッチがレーザーエッチングで再現されているが、リアのシート地が高級なファブリックとなるのに対して、フロントシートがレザー張りとなるのも興味深いところ。高級車の歴史に詳しい方ならご存知のとおり、これはまだ馬車の時代に、オーナーやゲストが座るリアシートは屋根のあるキャビン内に設けられているために手触りの優しいファブリック張りとされていたのに対し、馬を操る御者が腰掛けるのは屋根のないフロントシートだったため耐候性を優先してレザー張りとされていたことに由来している。
そんな自動車の歴史をさりげなく教えてくれるところも、プライベート・コレクションの魅力といえるかもしれない。
24金箔で描く「ファントムの象徴的な旅路」
ドアトリムも見事だ。ここには、ファントムの個性を形作った象徴的な旅が描かれているというが、その素材はなんとステイン仕上げのブラックウッド。そこにレーザーエッチングを用い、画像をレリーフ状に表現したというのだから恐れ入る。しかもファントムが辿った旅路は24金箔で描かれているというこだわりよう。さすがのロールス・ロイスも、立体的な曲面のウッドをドアトリムに用いたのは、これが初めてだという。
エクステリアはシンプルなホワイトとブラックの2トーン・カラーだが、ペイントの上に吹くクリアコートにはスーパー・シャンパン・クリスタルが採用された。これは、通常用いられる透明なフレークに代えてシャンパンカラーの粒子を用いたもので、その量も透明フレークの倍に増やすことでファントムの100周年記念モデルに相応しい威厳を生み出している。
ファントム・センテナリーは世界25台の限定生産。ただし、これもいつもどおり、発表の段階で完売になっているという。