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マセラティ ジャパンは2025年10月15日、メディアに向けて「マセラティ クラシケ認証プロセス取材会」を開催した。これは、マセラティ本社が推進するクラシックカー認証プログラム「マセラティ クラシケ」を、イタリア本国以外で初めて日本において実施するものであり、その貴重なプロセスが公開された。他の欧州名門ブランドが先行して同様のプログラムを展開する中、マセラティは後発ながらも独自の哲学に基づいた認証プロセスを導入しており、その内容と姿勢が注目される。
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マセラティ クラシケとは? その目的と3つの柱
イタリアで2021年にスタートしたマセラティ クラシケは、100年以上にわたるブランドの豊かな歴史とヘリテージを最大限に活用し、その価値を維持・強化することを目的として設立された。プログラムは主に「真正性の認証(Certification of Authenticity)」、「クラシックパーツおよびコンポーネントの供給(Parts and Components for Classic Parts)」、そして「レストア支援(Restoration Assistance)」の3つのサービスを提供する。
日本でのプログラム実施は、2025年4月のオートモビルカウンシルで発表され、大きな反響を呼んだ。年内に予定していた認証枠はすぐに埋まり、来春には追加での実施が計画されるほどの盛況ぶりである。今回の日本での認証作業は、オーナーが愛車をイタリアへ輸送する負担なく、国内で専門チームによる厳格な審査を受けられるようにした、マセラティの世界戦略における重要な一歩である。
認証の対象となるのは、原則として製造から20年以上経過した車両で、「ヤングタイマー」(ビトゥルボ時代など)、「オールドタイマー」(1940年代末から70年代末までのピュアクラシック)、そして「スペシャルカー」(製造台数100台未満の限定車やレースカー)に分類される。
認証作業は、マセラティ本社(モデナ)または、今回のように本社スタッフが派遣されるマセラティ ジャパンでのみ実施され、外部の業者は一切関与しない。これは、認証の信頼性とブランド価値の維持を最優先する姿勢の表れと言えるだろう。
世界最高峰レベルのアーカイブが支える信頼性
マセラティ クラシケの認証プロセスは極めて詳細かつ厳格である。1台の認証には最低でも2週間(スペシャルカーの場合は1ヶ月以上)を要し、700項目以上にわたる技術的なチェックが行われる。
まず、塗装の膜厚測定に始まり、エンジン、ディファレンシャル、ギアボックスから採取したオイルの成分分析を通じて、内部コンポーネントの摩耗状態や潜在的な問題を診断する。さらに、工業用内視鏡を用いて各シリンダー内部を詳細に観察し、ピストン、シリンダー壁、バルブの状態を記録、圧縮圧力も測定される。
これらの検査結果は、マセラティが保有する膨大かつ精密な歴史的アーカイブ(当時の図面、技術文書、製造記録など)と徹底的に照合され、車両の真正性が総合的に判断される。このアーカイブの質と量は世界最高峰レベルであり、マセラティ クラシケの信頼性の根幹をなすものである。
エンジン換装は“真正性”を損なうか? マセラティ クラシケ独自の基準
特に注目すべきは、エンジン換装に対するマセラティ クラシケの考え方である。クルマは出荷された時点では、基本的にシャシーナンバーとエンジンナンバーが一致している、いわゆる「マッチングナンバー」の状態である。しかし、長年の使用や修復の過程でエンジンが交換されるケースも少なくない。他のいくつかのブランドでは、出荷時の状態との完全な同一性を認証の絶対条件とする場合があり、エンジン換装歴のある車両はその価値を認められにくいという側面があった。
これに対しマセラティ クラシケでは、「エンジンが交換されていても、それがオリジナル(そのモデルに搭載されていたもの)と同一タイプ、同一排気量のエンジンであれば認証は可能」という基準を採用している。例えば、本来3.5Lエンジンが搭載されていたギブリに、たとえマセラティ純正であっても4.0Lエンジンが載せられていれば認証は不可となるが、正しい3.5Lエンジン(たとえナンバーが一致しなくても)であれば認められるのである。これは、車両の型式認証(ホモロゲーション)の規定に基づいた判断であり、単なるナンバーの一致に固執するのではなく、車両が正しい仕様とコンポーネントで構成されているかという、本質的な真正性を重視する姿勢を示している。
この基準は、近年のクラシックカー市場を取り巻く状況において、示唆に富むものだ。クラシックカーの価格が高騰し、時に投機の対象となり、実際にクルマを愛し乗り続ける人々の想いと市場価値が乖離する傾向が見られる中で、マセラティのこのアプローチは、歴史的な価値を尊重しつつも、車両が実用的に維持され、乗り続けられてきた歴史をも評価する一つの見識と言えるだろう。
出荷時の状態を奇跡的に保った個体だけでなく、適切な知識と技術に基づき、正しい仕様で維持・修復されてきた車両の価値をも認めるこの姿勢は、マセラティブランドとオーナーとの長期的な関係性を重視する態度表明とも受け取れる。
単なる寛容ではない。認証を左右する「威厳」とコンディション
ただし、認証基準は単に寛容であるわけではない。車両が長期間「放置(Abandoned)」され、適切なメンテナンスを受けてこなかったと判断される場合は、たとえオリジナル部品が多く残っていても認証は難しい。車両が持つべき「威厳(Dignity)」、つまり、ブランドの歴史を体現するにふさわしいコンディションと、安全に機能する状態かどうかも重要な評価軸となる。
また、例えばルーカス社製インジェクションからウェーバー社製キャブレターへの変更など、機能に関わる大幅な改造は基本的に認められない。さらに、レースカーなどの特殊な車両に対しては、シャシー鋼管の材質や製造方法まで科学的に分析する「メタログラフィックテスト」を導入するなど、最先端の技術を用いた厳格な検証も行われている。
過去から未来へ。クラシケが繋ぐブランドとオーナーの絆
認証を無事に完了した車両のオーナーには、その価値を証明する「認証ブック(Certification Book)」が授与される。重厚なブックには、真正性証明書、出自/歴史情報証明書といった公式文書に加え、認証番号が刻印されたセラミック製プレート、詳細な技術チェックレポート、オイル分析結果、車両の各部を記録したフォトブックレット、そしてマリオ・マセラティによる最初のロゴと当該モデルのオリジナル図面の複製などが収められる。これは単なる証明書ではなく、その車両の歴史と価値を物語る貴重な記録となるだろう。
マセラティ クラシケの日本での本格始動は、クラシックカーの価値を認定するだけでなく、ブランドとオーナーとの絆を深め、マセラティの豊かな歴史を未来へと継承していくための重要な布石である。後発ながらも、歴史への敬意と現代的な見識を融合させた独自の認証プロセスは、今後のクラシックカー文化のあり方にも一石を投じるものとなるかもしれない。
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