
スライドドアを備えながら走りも楽しい!「最強の足グルマ」となるポテンシャル十分
ダイハツの軽トールワゴン「ムーヴ」が2025年6月5日に11年ぶりになるフルモデルチェンジを果たし、7代目となった。スライドドアを採用することで日常での使い勝手を向上させるとともにデザインもスッキリ端正なものとなり、全方位的に進化した新型ムーヴに、同じダイハツの軽「エッセ」を足グルマとしているル・ボラン編集部員が試乗してみた。
【画像36枚】これがスライドドア付き軽トール? 食わず嫌いを返上させる、新型「ムーヴ」のスタイリングを見る
「軽トール食わず嫌い」を驚かせた新型ムーヴの乗り味
自動車メディア業界の片隅に身を置き、これまでプライベートではクーペやオープンカーを中心に乗り継いできた。しかし、そんな筆者の現在の日常の足、いわゆる「足グルマ」は、2011年式のダイハツ「エッセ」(5速MT)である。約5年前に、それまで乗っていたホンダ「ビート」がいよいよ維持困難となり、次の足グルマを探した末にたどり着いたのがこのクルマだった。
2005年にデビューしたエッセは、デフレ時代のダイハツを象徴するような、徹底した「引き算」によって生まれたモデルである。その極めてシンプルな成り立ちゆえに車体は軽量で、重心も低い。非力ながらもマニュアルトランスミッションでダイレクトにクルマを操る感覚こそが、筆者がエッセを選んだ理由に他ならない。聞いたところでは、ダイハツ社内でもジムカーナなどで使う人が多いそうだ。
そんな経緯もあって、筆者はこれまで軽自動車のトールワゴン、いわゆる「軽トール」の類を意図的に避けてきた。「食わず嫌い」と言われればそれまでだが、どうしても拭えない「腰高感」への懸念があったからだ。過去にいくつかのモデルを試した際の、コーナーでぐらりとするような感覚が、受け入れがたかったのである。
ところが、今回フルモデルチェンジを果たした7代目の新型「ムーヴ」に試乗し、その固定観念は見事に打ち砕かれることになった。試乗車に乗り込んで走り出してすぐ、「おーっ!」と嬉しい驚きを隠せなかった。あれほど懸念していた腰高感が、そこには全くと言っていいほど存在しなかったのだ。
感覚的には、車両の重量物がすべて自分の腰よりも下の位置に凝縮されているかのようであり、ルーフはまるで申し訳程度にちょこんと載っているだけのように軽く感じられた。この安定感と一体感は、一体どこから来るのだろうか。それは、単なるプラットフォームの刷新だけでは説明がつかない、こだわりと技術の結晶であった。
鍵はDNGAと専用チューニング
開発者へのインタビューで、その秘密の一端を垣間見ることができた。新型ムーヴは、2019年の「タント」から展開されている「DNGA(Daihatsu New Global Architecture)」と呼ばれる最新のプラットフォームとパワートレインを採用している。このDNGAがもたらす軽量高剛性な骨格が、基本性能を大幅に向上させているのは間違いない。しかし、真髄はそこからさらに踏み込んだムーヴ専用のチューニングにあった。
開発者いわく、今回の新型はシリーズで初めてスライドドアを全車に採用したことで、どうしても全高が上がってしまう。重心が高くなれば、歴代ムーヴが培ってきた「キビキビ走れる」「動くよね」という評価を裏切ることになりかねない。それを避けるため、実質的なシートのヒップポイントは高くなっていても、乗った時に高さを感じさせない足周りのセッティングを徹底的に追求したというのだ。
同じDNGAプラットフォームを用いる兄弟車の2代目「ムーヴ キャンバス」が、どちらかといえば乗り心地の良さを重視した穏やかな挙動を示すのに対し、新型ムーヴは街乗りだけでなく週末の遠出も楽しめるよう、よりキビキビとした、しっかりとした走りを実現すべく、ばねやショックアブソーバー、ステアリング特性に至るまで専用のチューニングが施されている。この執念ともいえる作り込みが、確かな接地感とドライバーの意図に忠実な走りを生み出していたのである。
D-CVTにリズミカルな加速をもたらす「ステップシフト」
特に感銘を受けたのが、ターボエンジンを搭載した「RS」グレードの走りだ。小田原郊外に住む筆者は、日常的に20~30kmの移動があり、週に一度は高速道路を使って100km以上移動するようなライフスタイルである。RSグレードは、そんな使い方にまさに最適かもしれないと感じさせた。
高速道路に合流しアクセルを踏み込むと、最高出力64ps/最大トルク100Nmのターボエンジンと、スプリットギアを組み込んだ新世代のCVT「D-CVT」が、実に力強い加速を見せる。車重はスライドドア化によって先代比で約40kg増加しているというが、それを全く感じさせない。むしろ、DNGA化による基本性能の向上とパワートレインの進化が、その重量増を補って余りある運動性能を実現している。
さらに特筆すべきは、RSのD-CVTに採用されている「ステップシフト」だ。これまでのCVTにありがちだった、エンジン回転だけが先行するような単調な感覚とは無縁で、アクセル操作に応じてリズミカルにエンジン音と加速感がシンクロする。これがマニュアル車のような運転の楽しさを演出し、高速巡航でも退屈させない。
RSには専用の15インチタイヤと高性能ショックアブソーバーがおごられており、高い直進安定性と収まりの良い乗り心地も実現している。これならば、週末の長距離ドライブも苦にならないだろう。
輸入車やスポーツカーといった、個性の強いクルマのオーナーが足グルマとして所有したとしても、「妥協している感」より、最新の軽自動車の出来の良さに心躍るはずだ。
クリーンなデザインに宿るムーヴの新たなアイデンティティ
新型のデザインコンセプトは、「動く姿が美しい、端正で凛々しいデザイン」とのこと。かつてのミニバンブームで主流となっていた、ギラギラ感やオラオラ系の「カッコよさ」の片鱗はすでになく、7代目ムーヴの佇まいは実にクリーンで洗練されている。特に、初代から受け継がれてきたという縦型のリアコンビネーションランプが、ムーヴとしてのアイデンティティをさりげなく主張している点も好印象だ。
興味深いのは、初代から設定されてきた「カスタム」グレードが、今回廃止されたことだ。これは、ユーザー層が初代のヤング層から子離れ世代へと変化し、標準車とカスタムで顧客層が重なってきたことや、ダイハツ自体の軽乗用車ラインナップが拡充したことを受けての判断だという。
その代わりに、より個性を求めるユーザーに向けて、メーカーオプションとディーラーオプションを組み合わせた「アナザースタイル」という選択肢が用意された。ダークメッキでスポーティさを演出した「ダンディスポーツスタイル」と、カッパー色の加飾で上質感を高めた「ノーブルシックスタイル」があり、標準車のデザインをベースに自分好みに仕立てられるのは嬉しい配慮だ。
とはいえ、個人的にはもう少し踏み込んだ「ヒネリ」が欲しいのも事実。「GR SPORT」路線は「ミライース」のほうがマッチしているだろうが、往年のダイハツ謹製ホットモデルをオマージュした「デ・トマソスタイル」などを新型ムーヴに追加してくれたら、もう迷わず近所のディーラーに突撃してしまいそうだ。
走り、実用性、安全、そして価格。全方位で隙のないパッケージ
最後に、現代のクルマ選びに不可欠な安全性能と価格についても記しておきたい。新型ムーヴは最新の予防安全機能「スマートアシスト(スマアシ)」を搭載し、衝突回避支援ブレーキやACC(アダプティブクルーズコントロール)、レーンキープコントロールなど、全17種類の機能でドライバーを支援する。そして何より素晴らしいのは、これらの安全装備が、1,358,500円(2WD/税込)の最廉価グレード「L」から、2,024,000円(4WD/税込)の最上級グレード「RS」まで、全グレードに標準で装備されている点だ。安全性においてグレード間で差別をしないという、良心的な姿勢は高く評価されるべきだろう。
走りの楽しさを追求しながらも、スライドドアという利便性、最新の安全装備、そして多くの人が納得できるであろう価格帯。新型ムーヴは、様々な要素を極めて高い次元でバランスさせている。そのターゲットは、多くの消費カルチャーを経験し、価値とコストのバランスに厳しい目を持つ「メリハリ堅実層」だというが、その懐はもっと深い。
新型ムーヴの走りは、日々の移動を、心躍るドライブの時間へと変えてくれるポテンシャルを秘めている。筆者のエッセもまだまだ元気だが、次期「足グルマ」の有力候補として、この新しいムーヴ、特に「RS」がリストの上位入りしたことは間違いない。
【Specification】ダイハツ・ムーヴ RS(FF)
■車両本体価格(税込)=1,897,500円
■全長×全幅×全高=3395×1475×1655mm
■ホイールベース=2460mm
■トレッド=前:1300、後:1295mm
■車両重量=890kg
■エンジン型式/種類=KF型/直列3気筒DOHC 12V+ターボ
■内径×行程=63.0×70.4mm
■総排気量=658cc
■最高出力=64ps(47kW)/6400rpm
■最大トルク=100Nm(10.2kg-m)/3600rpm
■燃料タンク容量=30L(レギュラー)
■燃費(WLTC)=21.5km/L
■トランスミッション形式=CVT
■サスペンション形式=前:ストラット/コイル、後:トーションビーム/コイル
■ブレーキ=前:Vディスク、後:ドラム
■タイヤ=前後:165/55R15