ひたすらストイックに速さを求める。その武器が強烈なダウンフォースなのだ
足は硬い。路面のうねりを食らうと、強烈な反力で車体が浮き上がろうとする。だが空気が強い力でマシンを路面に抑え込む。うねりを食らった瞬間、天井に頭を打ち付けそうなくらい浮き上がった。ボディは抑えられていても、ドライバーは無防備だからだ。5点式シートベルトで括りつけられていないドライバーは、コクピットの中で跳ねまわるだろう。
スポーツシリーズ共通のコクピットは、センタークラスターとタッチ式インターフェイスを除いて、カーボン素材とアルカンタラで覆われる。バケットシートはオプションの超軽量カーボン製レースシートに換装が可能だ。
この600LTは、同じスポーツシリーズの570Sと比較して10mmフロントワイドで、車高が8mm下げられている。タイヤはピレリとの共同開発で17kgも軽くなったPゼロ・トロフェオRを履く。電動スライドまで廃したシートは21kgも軽量なバケットタイプ。スーパーシリーズの720Sと共通のブレーキシステムで4kgを減量。修行僧のように贅肉を削ぎ落としたストイックなまでのダイエットによって、乾燥重量は1250kgを下回る。
モデル名の由来であるLT=ロングテールは47mmにおよび、その大半はリアディフューザーに充てられている。カナードやリアエンドは言うにおよばず、フェンダーの内部でさえもダウンフォースを得るために整流する。だから、タイヤがわずかに軌跡を乱し始めても、スロットルオフで速度を抑えるのではなく、むしろ速度を高めて空気の壁に突入した方がいい。巨大な白鯨が大きく口を開けて小魚を根こそぎ捕食するように、ありったけの空気を掻き集めたほうがむしろ安定するのだ。
実は600LTを試乗する前日に僕は、最新のレース仕様であるマクラーレン720S GT3で鈴鹿サーキットを走行している。その感覚に限りなく酷似していた。
空力性能を追求した基本フォルムに加え、フロントにはカーボン製カナードを装着し、リアには固定式ウイングが与えられている。
マクラーレンは赤い跳ね馬のように官能的に嘶くこともなく、猛牛のように威嚇することもない。イタリアンエキゾチックを蔑むように、ひたすらストイックに速さを求める。その武器が強烈なダウンフォースなのだ。負けず嫌いな英国のレース屋がロードカーを作るとこうなる。