旅&ドライブ

お地蔵さんの立つ旧道を越え、霊峰・御嶽の山ふところへ(長野県・地蔵峠)【絶景ドライブ 日本の峠を旅する】

名著『日本百名山』の表紙にもなった御嶽の眺め

木曽路から飛騨高山を目指すなら国道361号の旧道を走ってほしい。長いトンネルを抜ける新道では、開田高原に着くまで見えない霊峰・御嶽が、曲がりくねった旧道を行くと、峠を越えた瞬間、目の前に大きな姿を現してくる。

開田高原にある木曽馬の里。ここからも御嶽はよく見える。

「峠」が付く日本の地名の中で、最も多いのは『大峠』の67か所。しかし、クルマの行き来ができる車道峠に限ると『地蔵峠』が最も多く、実に21本を数える。ちなみに2番目に多いのは『中山峠』の19本で、以下、『大峠』18本、『桜峠』13本、『富士見峠』6本と続いていく。
今回訪ねた地蔵峠は国道361号の旧道で、長野県の木曽町から西の開田高原へと延びる道である。木曽町の中心地、木曽福島はかつて中山道の関所が置かれた宿場町で、地蔵峠はそこから飛騨高山まで続いていた旧飛騨街道をほぼ忠実になぞっている。

昔のお地蔵さんは盗難の憂き目に遭い、昭和47年に地元有志の手で再建された。

現在の飛騨街道、国道361号は、1987年に開通した全長1645mの新地蔵トンネルをくぐり抜け、地蔵峠の北側を大きく迂回していく。国道19号との分岐から開田高原までは約27kmの道のり。道幅のたっぷりした2車線の道で、気持ちのいい走りを楽しめる。
一方、地蔵峠を越えていく旧道は、クルマ同士のすれ違いがやっとの狭く曲がりくねった山道だ。開田高原までの所要時間はトンネル経由の二倍以上。では、なぜそんな道をわざわざ行くのかといえば、その理由は峠からの御嶽の眺めの素晴らしさにある。

通りすぎるクルマを優しく見守る峠の石地蔵。ここで足を止める人も少なくないようで、足元には賽銭がたっぷり投げられていた。

木曽大橋から5kmほど走ったところで国道を左にそれると、地蔵峠へ続く登りが始まる。小さな沢に沿って続く道は、両側に木々が生い茂り、視界はほとんど開けない。落差135mの四段滝“唐沢の滝”の脇を抜けると、勾配やコーナーはさらにきつくなり、やがて可愛らしいお地蔵さんがぽつんと立つ標高1370mのピークに辿り着く。そこから開田高原側に下り、コーナーを5つ、6つ抜けると、道路左側の木立が途切れ、突然、霊峰・御嶽がその雄大な姿を現してくるのだ。

御岳湖畔をゆく県道256号。御岳スカイラインへと続く道。

左右の裾を大きく広げた御嶽は端正な美しさがあり、どことなく品格や威厳さえ湛えている。私の手元にある深田久弥の『日本百名山(新装版/平成3年発行) 』の表紙には、ここから撮影された御嶽の写真が使われている。登山中に亡くなるまで、数え切れない山行を繰り返した深田氏にとっても、おそらく地蔵峠からの眺めは非常に印象深かったに違いない。

新地蔵トンネルを抜ける国道361号は快適な道。ただし、地蔵峠の北を回り込んで行くため、開田高原に着くまで御嶽は見えない。

木曽谷や伊那谷からは見えない御嶽が目の前に

九蔵峠付近から眺める開田の集落。のどかな農村風景が御嶽の山裾に広がっている。

御嶽は、長野/岐阜県境にそびえる大きな山塊の総称で、最高峰は標高3063mの剣ヶ峰。山系としては飛騨山脈(北アルプス)に分類されることもあるが、北の乗鞍岳(3026m)とは飛騨街道や野麦峠を挟んでかなり距離を置いているし、木曽駒ヶ岳(2956m)を主峰とする中央アルプスとも木曽谷を挟んで完全に分かれている。本州中部の山岳地帯では珍しい独立峰である。
富士山、立山や白山などとともに、御嶽は古くから信仰登山の盛んな山であり、もちろん『日本百名山』のひとつに数えられている。また、多数の犠牲者を出した2014年の噴火災害で誰もがその名前は耳にしたことがあるはずだ。

西洋馬の導入により、一時は絶滅の危機に瀕していた木曽馬。胴長短足のずんぐりした体型をしていて、寒さや粗食にも耐える。

これほど全国的にも知名度の高い山だが、しかし、実際に御嶽を眺めたことのある人というのは意外に少ないのではないだろうか。
中央自動車道の走る伊那谷からは、屏風のようにそそり立つ中央アルプスにさえぎられて御嶽を見ることはできない。木曽川沿いに国道19号を抜けていく時も、谷が狭く、深いため、手前の山々が邪魔して御嶽の姿はなかなか見えない。木曽路の北寄り、奈良井宿と薮原宿の間の鳥居峠には、古くから御嶽遙拝所があるのだが、そこまで登っても、重なり合う山並みの隙間からちょこんと顔をのぞかせる御嶽の頂上付近を拝めるにすぎないのだ。
以前、開田高原でお世話になった宿のご主人からこんな話を聞いたことがある。
「仕事で木曽福島まで出かけた帰り道、天気がいいと、新しいトンネルじゃなく、ついつい地蔵峠を走ってしまうんですよ。なにしろあそこから眺める御嶽の姿は格別ですからねぇ」

木曽馬の里へ通じる峠道だけに、かつては多くの馬が行き来していたのだろう。開田高原側の麓には馬頭観音も立っている。

標高1000m前後の高地に広がる開田高原は、寒冷な気候のため、つい最近まで稲作が行なわれていなかった。そのかわりに古くから盛んだったのが、木曽馬と呼ばれる在来馬の飼育である。開田高原で馬を飼い始めたのは平安時代。馬の供出・売買や荷役仕事のため、このあたりの人は一般の農民に比べると移動の機会が多かったに違いない。そんな開田の人々が手綱を曳いて険しい山道を越え、ふるさとを目の前にして眺めたのが地蔵峠からの御嶽なのである。

御嶽の眺望が素晴らしい地蔵峠展望台。この区間だけは道幅がたっぷりとってあるので、安心してクルマを停められる。

そんな想像を巡らせながら地蔵峠を越えていくと、展望台からの眺めは、よりいっそう素晴らしいものに思えてくるかも知れない。
ところで、地図によっては御嶽のことを『御嶽山』や『御岳山』と表記しているものもあるが、これは本来誤りである。明治時代のお役人が、地図を作るため地名を調べていた時、地元の人が敬意を込めて「御嶽サン」といったのを「御嶽山」と書き記してしまったため、嶽(岳)と山の2つの漢字が並んでしまったのだそうだ。

地蔵峠3Dマップ

◎所在地:長野県木曽町◎ルート:国道361号・旧道◎標高:1370m◎区間距離:17km(木曽大橋-開田高原)◎高低差:593m◎冬季閉鎖:12月下旬-4月下旬

 

【A】二本木の湯(にほんぎのゆ)

全身泡まみれになる炭酸泉
飛騨街道の旅人や御嶽修験者にも親しまれてきた温泉。茶褐色の湯は炭酸含有量が豊富で、浸かっていると全身泡まみれ。飲泉してみると塩っぱいサイダーのような味がする。●日帰り入浴料620円/10:00-19:00/木曜定休/木曽町新開6013-1/0264-27-6150

【B】大目旅館(おおめりょかん)

鍋の汁でいただく霧下そば
開田高原は香り高く、独特のコシがある「霧下そば」の名産地。この大目旅館のお勧めは、ザルですくい、鍋の汁で温めていただく開田独自の“とうじそば(大盛り1,600円)”。●11:00-14:00/不定休/木曽町開田高原末川2812-1/0264-42-3406

赤カブを乳酸発酵させた木曽地方独自の保存食“すんき漬け”。大目旅館でも“すんきそば”が味わえる。

【C】木曽馬の里(きそうまのさと)

乗馬体験のできる育成所
約50万平方メートルという広大な敷地の中で、常時30-40頭の木曽馬を保護育成している施設。体験乗馬(500円から)ができるほか、そば打ち体験のできる食事処なども併設。●見学無料/8:30-16:30/定休なし/木曽町開田高原末川5596-1/0264-42-3085

【D】九蔵峠展望台(くぞうとうげてんぼうだい)

迫力たっぷりの御嶽の眺め
地蔵峠とならぶ御嶽展望スポットとして人気を集めているのが九蔵峠展望台。木曽馬の里入口から国道361号を6kmほど岐阜県側に走ったところにあり、信州サンセットポイントにも選定されている。●木曽町開田高原西野/0264-42-3350(開田高原観光案内所

【E】御岳スカイライン(おんたけすかいらいん)

御岳 7 合目まで駆け上がる
王滝村の御岳湖畔から標高2150mの御嶽7合目まで、高低差1200mあまりを一気に駆け上がっていくワインディング。かつては有料道路だったが、現在は王滝村道として無料開放されている。ピストン道ながら眺めは最高。●0264-48-2257(王滝観光総合事務所)

アクセスガイド

東京方面から地蔵峠を目指す時は、中央自動車道を伊那ICで降り、国道361号・権兵衛トンネル経由でゆくのがお勧め。都内から伊那ICまでは200kmあまり、そこから地蔵峠までは約40kmだ。名古屋方面からは中央自動車道を中津川ICで降り、あとは国道19号を走る。国道19号は比較的流れが良く、名古屋市内からは約160km、3時間ほど。

御嶽をシンボルマークに200年以上前から売られてきた日野百草丸。王滝村にはその工場と売店がある。

御岳スカイラインの終点、田の原駐車場から眺める御嶽。剣ヶ峰の山頂が目と鼻の先まで迫ってくる。

掲載データなどは2016年7月末時点のものです。実際におでかけの際は、事前に最新の情報をご確認ください。

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