GALLERIA AUTO MOBILIA

「ルノー4CV」は新生ルノーの出発点であり、フランスのモータースポーツの世界をも広げた【GALLERIA AUTO MOBILIA】#017

様々な断片から自動車史の広大な世界を菅見するこのコーナー。今回はルノーの新しい展開の第1歩となったばかりか、フランスのモータースポーツの世界を広げた4CVの記憶を辿りたい。

小さなヒーロー、ルノー4CV

19世紀末から20世紀初頭に発明された自動車や飛行機などの機械は、第1次世界大戦では戦争に有能な装置として注目されることになる。たとえば、タクシーとして使われていた600台のルノーが一夜のうちに6000人の兵士を前線に送る輸送機関として活躍して、ドイツ軍を撃退したこともあった。
自動車や飛行機に関わる技術は、戦時において開発が一足飛びに進み、急速に進化した。その技術が戦後の1920年代には自動車に取り入れられて、クルマたちの品質と性能は目覚ましく向上した。しかし、1929年に世界的に経済恐慌が起ると、自動車メーカーは企業として生き延びるためにコストダウンを施したのでスペック的には品質は低下した。それゆえに、イギリスの具眼の士たちによって、第1次世界大戦後から世界恐慌までの10年間に生まれたクルマたちのみが、1920年代という時代への甘美で苦い郷愁の念とともに、ヴィンテージとして規定されることとなったのである。

フランスは様々な系譜の研究が進んだ国だ。そこに学問の基礎があると認識しているのだろう。ルネ・ベルは、そのための第1級の史料を多数著している。この本もすべてのルノーのモデルを網羅するばかりか、たとえば4CVをベースに作られたレーシングカーやごく少数、カロシェで製作されたクルマまで収録されているルノーの百科全書である。

そのなかでは、むしろルノーは技術的には遅れた存在であった。やはり先行するメーカーとして黎明期から栄光に包まれてきたためだろうか。第1次世界大戦後のルイ・ルノーには、成功した経営者としての奢りがあったのかもしれない。ヴォアザンを公用車に使った大統領もいたけれど、ほとんどの大統領がルノーを公用車として使ってきた。レナステラやネルヴァステラなどの威風堂々たる大型高級車がルノーの主力生産車だった。小型車としては1927年の1.5リッタークラスのモナシス、そして1931年のモナカトル、1934年のセルタカトル、そして1937年に発表された1リッタークラスのジュヴァカトルで、ようやく増加する大衆の需要に応えるようになってきたが、いずれもヨーロッパの他の大衆車を後追いしているクルマだった。やがて、第2次世界大戦が勃発し、パリがナチスに占領されると、ルイ・ルノーは企業存続のためにナチスとも親和を図る。そのことが、やがて連合軍によってパリが解放されると、戦犯のレッテルが貼られる運命を招いた。

1960年代以前のクルマのカタログはなんて魅惑的なんだろう。特に半世紀も前の過ぎし良き日々を彷彿とさせるこのセールス・ブローシャーにはときめきを感じる。もちろん、その当時は新鮮な流行の最先端のファッションであった。時は流れた。

20世紀が中葉に差し掛かる直前に始まった第2次世界大戦は、20世紀の歴史の分水領である。それまでの社会が崩れ、戦後になって新しい社会が形成される契機となった。第2次世界大戦で兵器の技術は大きく進歩し、その技術は戦後の自動車に取り入れられ、自動車の進化が進んだ。
おそらく小型の大衆車は第2次世界大戦が起こらなくとも、出現したに違いない。それは時代の欲求であり、歴史的必然があり、戦争という中断期間があったが、その間に多くのものが破壊されて無用のものとなり、世代も代わり、人々の意識も刷新された。

ヨーロッパの小型大衆車の中で、真っ先に登場したのが、ルノー4CVだった。それは、それまでのルノーの伝統とは全く無縁なほどの新しいクルマだった。そもそもが、クルマの動力伝達方式の定石だったフロント・エンジン+リヤ・ドライブというクルマの動力伝達方式を、プロペラシャフトを使うことで定石としたのが、自動車史上におけるルイ・ルノー最大の発明であった。そのルノーの最大の功績を捨てたところから、新しいルノーが生まれたのだ。
ドイツではすでにフェルディナンド・ポルシェが小型車の設計開発でリヤ・エンジン+リヤ・ドライブを完成させていた。ルノー4CVの構想は1940年ごろから始まり、1943年には試作車が作られていた。戦後、戦犯として抑留されたフェルディナント・ポルシェは開発途上のルノー4CVを見せられて意見を求められたというエピソードが伝えられている。確かに先駆者であるVWの影響も否定はできないだろうが、4CVはVWよりもずっとコンパクトで、まったく新しい小型車の基準となったのだった。
それは新生ルノーの出発点ともなり、以降、4CVの発展型ともいうべき5CVドーフィンが生まれ、R8に発展した。またおしゃれな2ドア・クーペ & カブリオレのフロリード/カラヴェルも用意された。また、特筆すべきは4CV自体もル・マンをはじめとするレースやラリーで活躍したが、4CVをベースにして、実に様々なスポーツカーやレーシングカーが作られたことだろう。アルピーヌも4CVから始まり、伝説的存在となったA110が生まれ、A310を経て、A610に至るスポーツカーの系譜を創り上げた。

4CVはベルギー、イギリス、スペイン、オーストラリア、南アフリカなどでも生産されたが、日本でも日野自動車が1954年から生産を始め、徐々に国産化が図られて、やがてコンテッサが生まれた。私はかつてはドーフィン・ゴルディーニを愛用していた。とても軽やかで、しなやかなクルマで、今なお忘れられない。今年の5月にはレンタカーのルノー・キャプチャーを借りて、パリから大西洋のラ・ロシェルやコニャックやオルレアンの町を訪れたが、とても使い勝手が良く、小型大衆車として4CV以来の良き伝統を受け継いでいると思ったことである。

Photo:横澤靖宏/カーマガジン469号(2017年7月号)より転載

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