
2019年は、プレミアム系ドイツ3ブランドに4ドアクーペのフラッグシップが出揃った年だが、その仕立ては、3社とも異なるベクトルを示し、豊かな個性が表現されている。特に、積み込むパワーユニットは3社の考えがはっきりと分かれ、フラッグシップクーペに対する考えが顕著に現れている。
クーペよりも洗練度されたM850iの走り
BMWが8シリーズにグランクーペを追加したことで、メルセデスAMGのGT4ドアクーペとアウディのA7スポーツバックとともにプレミアム系ドイツ3ブランドの4ドアクーペが出揃ったわけだ。どのブランドにおいても、4ドアクーペのラインアップとしてはフラッグシップといえる。
しかも、フル4シーターを前提とするだけに単なるリアルスポーツではない。最新モデルとなるM850iグランクーペも、クーペとは乗り味が異なる。4.4LのV型8気筒ツインターボエンジンは、クーペのように低く唸りパワーユニットの存在を常に意識させることはない。走行モードをスポーツにするとサウンドの演出が変わり、アクセルを戻すとボボボッという脈動音は聞こえるもののパンッパンッという破裂音は控えめになっている。
だからといって、刺激の物足りなさは感じない。最大トルクがM8のエンジンと同じ750Nmに達するだけに、アクセルを踏み込めば立ち所に加速を開始する。その勢いは力強さの余裕などと表現できるレベルではなく、思わずステアリングを握りしめたくなるほど。吹け上がりも鋭く、1速と2速は8速ATのギア比が低いのでタコメーターに視線を飛ばしてシフトアップのタイミングを図る機会を失うことさえある。
もちろん、穏やかなアクセル操作をすれば望みの通りの力強さが引き出せる。サスペンションの設定も、クーペほど引き締まっていない。走行モードがコンフォートなら、路面によってはフワッとした縦方向の揺れを感じることもある。その動きは次の瞬間には収まり、ホイールベースがクーペよりも205mm長いことも手伝ってピッチングにつながる前後方向の揺れにもならない。つまり、サスペンションがスムーズにストロークしている印象だけが残るのだ。
それでいて、強さが可変制御されるアクティブ・スタビライザーを装備するのでコーナリング中のロールは最小限に抑えられる。同時にダンパーの減衰力も可変制御されているはずだが、その機能に頼り切る必要がない。アウト側のサスペンションの沈み込み量が少ないだけに、路面のうねりなどもしなやかに吸収する。ステアリング操作に対する応答性も正確そのものであり、ホイールベースの長さにより操縦性が損なわれることがなく、ドライバーズカーとしての走りが存分に楽しめる。

BMW M850i xDrive GRAN COUPE/パワーユニットはV8ツインターボを備え、M850iにはインテグラル・アクティブ・ステアリングやアダプティブMサスペンション・プロフェッショナルが標準装備される。
また、ロードノイズが抑制されていることもグランクーペの特徴だ。ボリュームが低いだけではなく、フィルターがかけられているかのように耳障りな周波数成分が排除されるため、聞こえてもスッキリ感がある。荒れた路面を通過する際にタイヤはドスッという大きなインパクトノイズを発することもなく、走りの洗練度は上質なサルーンカーに匹敵する。
室内スペースも、大柄な男性が4名乗車をしても窮屈感を覚えずに済む。後席に乗り込んだ際に、膝が前席の背もたれに触れることもない。頭上にも、天井との間に手のひらが入る程度のスペースが確保される。ただ、座面がかなり前上がりで傾斜しているため腰を深く落とし込むような乗車姿勢となることは否めない。
リアルスポーツらしい刺激に満ちたGT53
外観からの想像では、GT4ドアクーペの室内スペースの広さは期待できそうにない。ところが、大柄な筆者が前席で最適な運転姿勢を選び直後の席に移っても、膝の前には握りこぶしが横に入るだけの余裕がある。頭上スペースの狭さも感じない。ただ、サイドウインドーが小さいので体格によっては横方向の視界が遮られる。
試乗車のGT53は、3Lの直列6気筒に電動スーパーチャージャーとターボチャージャーを組み合わせ、回転域を問わず期待通りの力強さが立ち上がる。
エンジン音も中回転域までは鼓動感があるので、加速の勢いが感覚的にも増幅される。さらに、4500rpm以上になるとレーシングエンジンのような硬質感がある機械音が重なり、6500rpmまで一気に吹け上がる。なおかつ、走行モードをスポーツ+にするとエンジン音のボリュームが増し、シフトアップではババッ、アクセルを戻すとバリバリッという破裂音が響く。それだけに、演出としてはM850iよりも過激だ。
操縦性についても同様であり、ステアリングの切れ味はかなり鋭い。オプションのAMGリア・アクスルステアリングを装備していたことも手伝い、100km/hまで逆位相で操舵されるのでコーナーにスバッと飛び込んでいける。それでいてサスペンションがガチガチに引き締められているわけではなく、突き上げなどの不快な乗り心地をともなうことはない。欲をいえば、ロードノイズのボリュームを少し低くしたいところだ。
A7スポーツバックは、M850iやGT53から乗り換えると完全なサルーンカーとしての走りが実感できる。3LのV型6気筒ターボエンジンは最大トルク500Nmを発揮するものの、それを際立たせるスポーティな演出がないのでフル加速をしても上質感が維持される。ただ、ドライバーズカーとしては刺激が物足りないと感じてしまう可能性はある。
それでも、ステアリング操作に対する応答性は軽快だ。ノーズがスッとコーナーのイン側を向くだけに、山岳路を駆けぬけるひとときが楽しくなる。ボディのムダな動きも抑えられ、走行モードがコンフォートのままでもフワつきやGT53で感じた直進状態での左右のタイヤに不連続な入力がある場合の頭の横揺れとは無縁でいられる。つまり、A7は軽快かつ快適な走りが実現されているわけだ。
さらに、ロードノイズのボリュームも同行のモデルではもっとも低い。室内スペースも広く、後席での足下や頭上の余裕はA6と比べても大きな違いはない。サイドウインドーも大きめであり、まさにサルーンカーのくつろぎ感が得られる。しかも、ラゲッジスペースの容量は、M850iの440LやGT53の461Lに対して535Lと圧倒的に広く、優れた実用性までも獲得している。

AUDI A7 SPORTBACK 55 TFSI QUATTRO S LINE/ミリ波レーダー、超音波センサー、カメラなど、合計23個のセンサー類を搭載し、高精度なアダプティブドライビングアシストを実現。
今回試乗した3モデルはボディ形態こそいずれも4ドアクーペとなるが、キャラクターはそれぞれに異なっていた。GT53はシリーズ最強モデルのGT63を選ぶまでもなくリアルスポーツに迫る刺激があり、A7はサルーンカーとして扱える。M850iはシリーズ最強モデルらしいリアルスポーツぶりを発揮しつつも、サルーンカーとしての期待にも応えられる潜在能力を備えていた。

AUDI A7 SPORTBACK 55 TFSI QUATTRO S LINE/3LV型6気筒ガソリンエンジンは、48V電源システムとベルト駆動オルタネーターを用いたマイルドハイブリッドを組み合わせる。
【Specification】BMW M850i xDrive GRAN COUPE
■全長×全幅×全高=5085×1930×1405mm
■ホイールベース=3025mm
■車両重量=2090kg
■エンジン種類/排気量=V8DOHC32V+ツインターボ/4394cc
■最高出力=530ps(390kW)/5500rpm
■最大トルク=750Nm(76.5kg-m)/1800-4600rpm
■トランスミッション=8速AT
■サスペンション(F:R)=:Wウイッシュボーン:マルチリンク
■ブレーキ=前後Vディスク
■タイヤサイズ=前245/35R20、後275/30R20
■車両本体価格(税込)=17,150,000円
【Specification】MERCEDES-AMG GT53 4MATIC+
■全長×全幅×全高=5050×1955×1440mm
■ホイールベース=2950mm
■車両重量=2080kg
■エンジン種類/排気量=直6DOHC24V+ターボ+電動スーパーチャージャー/2996cc
■最高出力=435ps(320kW)/6100rpm
■最大トルク=520Nm(53.0kg-m)/1800-5800rpm
■トランスミッション=9速AT
■サスペンション(F:R)=Wウイッシュボーン:マルチリンク
■ブレーキ=前後Vディスク
■タイヤサイズ=前265/40R20、後295/35R20
■車両本体価格(税込)=16,230,000円
【Specification】AUDI A7 SPORTBACK 55 TFSI QUATTRO S LINE
■全長×全幅×全高=4970×1910×1415mm
■ホイールベース=2925mm
■車両重量=1900kg
■エンジン種類/排気量=V6DOHC24V+ターボ/2994cc
■最高出力=340ps(250kW)/5200-6400rpm
■最大トルク=500Nm(51.0kg-m)/1600-4500rpm
■トランスミッション=8速DCT
■サスペンション=前後Wウイッシュボーン
■ブレーキ=前後Vディスク
■タイヤサイズ=前後255/40R20
■車両本体価格(税込)=10,900,000円