試乗記

【海外試乗】「ボンドカー/アストン・マーティンDB5」007とボンドカーの知られざる真実

迫力のあるカーアクション・シーンが見どころのひとつである映画「007」シリーズ。最新作「ノー・タイム・トゥ・ダイ」でもアストン・マーティンDB5のボンドカーが縦横無尽に活躍するが、いったいどうやって撮影したのか? その秘密を探るため、イギリスのシルバーストンで行われた特別なイベントに“潜入”してきた。

ジェームズ・ボンドの危機一髪を救うDB5

狭い広場で周囲を敵に囲まれてしまうジェームズ・ボンド。自慢のボンドカー“アストン・マーティンDB5”は防弾処理が施されているため、マシンガンの激しい銃撃を受けてもとりあえずは安全だが、このままいけば間違えなく捕らわれの身になる。そのとき、コクピットのスイッチを操作するとDB5のヘッドライトから機関銃が現れ、ボンドがスピンターンをさせると敵を一網打尽にする……。

『007/ノー・タイム・トゥ・ダイ』/4月10日(金)全国公開/Nicola Dove c 2019 DANJAQ, LLC AND MGM. ALL RIGHTS RESERVED.

4月10日にロードショーが始まる新作映画「007/ノー・タイム・トゥ・ダイ」の予告編では、そんな迫力あるシーンを楽しめるが、これらはCGを使うことなく、“実車”を用いて撮影されたことを皆さんはご存じだろうか? 「まさか、いまや市場で1億円は下らないDB5をそんなことに使えるはずがない」と思うのも無理はないが、これは本当の話。この撮影を実際に担当したスタント・ドライバーのマーク・ヒギンズはわれわれにこう語った。

「巷の映画はいまやCGばかり。007ではそれらと異なるリアリティを演出するため、カーアクションのシーンはすべて“実車”を用いて撮影されました。あの広場のシーンもそうです」
では、本物のDB5をあの撮影で使ったのかといえば、その答えはイエスでもありノーでもある。実は、この映画のためにDB5と寸分違わぬ“スタントカー”を製作し、DB5のカーアクションはすべてこれを用いて撮影したのである。アストン・マーティン・ワークスでスタントカーの開発と製作に携わったベン・ストロングがそのトリックを教えてくれた。

「開発に際して映画制作会社から要求されたことが主にふたつありました。ひとつは、何度でも同じ動きが再現できる耐久性を備えていること。そして優れた安全性を確保していることです」
スタントカーの内部にはいかにも頑丈そうなロールケージが張り巡らされ、カーボンコンポジット製の現代的なバケットシートと5点式フルハーネスが装備されているのは、要求された安全性を確保するため。なんとFIAが定めたモータースポーツ用の安全規格に準拠して製作されたそうだ。

歴代007シリーズでも様々なカーアクションを演じてきたアストン・マーティンDB5。最新作「ノー・タイム・トゥ・ダイ」でもその勇姿を存分に堪能できる。内装の写真は本作のために製作されたスタントカーの内部。

「ボディパネルはDB5とまったく同じ形状のものをカーボンコンポジットで作り直しました。シャシーはラリークロスなどで用いられるモータースポーツ用の素材を組み合わせて製作しています。エンジンが何であるかは、残念ながら申し上げられません」
ストロングはそんなことも話してくれた。

カーアクションの撮影では“コカ・コーラ”が活躍!?

このDB5“スタントカー”をはじめ、1960年代に製作された“本物のDB5”、本作に登場する1986年製と思しきアストン・マーティンV8サルーン、同じく最新のDBSスーパーレッジェーラにイギリスのシルバーストンで試乗できるというイベントが2月半ばに実施された。私も世界中から選ばれた30名ほどの幸運なジャーナリストとともに、この貴重な機会を体験したので報告しよう。

ストロングが語ったとおり、DB5スタントカーの外観は本物とまったく変わりない。カーボンコンポジットで作られたというボディパネルも塗装が巧みなためか、目の前でオリジナルと見比べてもその違いはまったくわからない。「ロールケージが見えるのと、スタントカーのほうがフロントグリルの光沢がわずかに強いくらいしか両車に差はありません」というが、まさにそのとおり。映画で必然的に映ってしまうステアリングホイールにしても、オリジナルと寸分違わない細身のウッド製が用いられているうえ、ご丁寧にも当時のものによくある金属製の鋲まで打ち込んである。

コクピットに乗り込むと、ダッシュボードはオリジナルを模しているが、ドライバーの正面にはシンプルなアナログ式のスピードメーターとタコメーターが備わっている程度で、あとはほとんどの装備が省略されている。ギアボックスはマニュアルの4速。その手前にはスピンターン用の油圧式サイドブレーキが取り付けてあった。

「ノー・タイム・トゥ・ダイ」が最後と噂される、ジェームズ・ボンドを演じるダニエル・クレイグは、ホンモノのアストン・マーティン・ファンとしても有名。本作に登場するDBSスーパーレッジェーラがあまり活躍しないと知ると、「もっとこんな演出にしたらどうか? 」と自ら監督に提案したこともあったという。“新007”として出演する女優のラシャーナ・リンチがDBSスーパーレッジェーラを操るシーンが挿入されたのは、もしかしたらクレイグの提案がきっかけだったのかもしれない。

シルバーストン内のストウ・サーキットで走らせると、その外観とは裏腹にボディ剛性が極めて高いことに驚かされる。自然吸気式と思しき“謎エンジン”のパワーは400psほどか。軽量なボディを走らせるには十分以上で、コーナリングではフロント荷重を作ったあとにスロットルペダルを強く踏み込めばテールが流れ始める予兆まで看取できた。ちなみに、ステアリングはパワーアシスト付きだがブレーキはノンサーボ。それでもレース用のペダル類を使ってのコントロールは容易で、ヒール・アンド・トゥがしやすいレイアウトに仕上げられていた。

映画としてはシリーズ3作目、イアン・フレミングの原作では7作目にあたる「ゴールドフィンガー」にアストン・マーティンDB5がボンドカーとして登場したことがすべての始まり。諜報機関“MI6”で研究開発を担う“Q支局”によって開発されたという設定で、回転式ナンバープレート、機関銃、煙幕やオイルを散布する装置などを搭載していた。DB5はその後も6作の007映画に登場。「ノー・タイム・トゥ・ダイ」が8作目となる。ちなみにアストン・マーティンは「ゴールドフィンガー」に登場したボンドカーを現代に甦らせた“ゴールドフィンガーDB5コンティニュエイション”を25台販売することを2018年に発表。これには前述したギミックも装備されているという。

ちなみに件のシーンはイタリアのマテラという街で撮影されたようだが、ヒギンズによれば路面のμが低すぎるため、広場にコカ・コーラ(!)を撒いてからスタントを行ったとか。ここで華麗な“ドーナッツ”を演じたのもヒギンズだが、回転するDB5のコクピットには本物のダニエル・クレイグが腰掛けているように見える。では、彼が本当にスピンターンをしたかといえばさにあらず、前輪を軸にしてクルマを回転する仕掛けを作り、これを人手で押して撮影したのだという。

シルバーストンのイベントでは、オリジナルDB5、V8サルーン、最新のDBSスーパーレッジェーラに試乗できたが、どれもエンジンはバツグンによかった。DB5は高精度に組み上げられたストレート6、“V8”はまるでレーシングエンジンのように軽快に吹き上がるV8エンジン、DBSは現代的で驚くほどパワフルなV12と形式や個性は違っても、それぞれの時代の最高の技術を駆使して製作されたことが乗ればたちどころにしてわかる。そのなかでも共通しているのがスムーズさ、静粛性、そしてパワー。グランドツアラーのパワーユニットに求められるすべての要素を兼ね備えているといえるだろう。また、デザインの美しさも万人が認めるところだ。ロングノーズ/ショートデッキのプロポーションをシンプルなファストバックのスタイルに仕上げたエクステリアは、時空を超えて文句なしに魅力的。DB5の誕生から60年近くが経過したいまも、アストン・マーティンの本質はなにも変わっていないのである。

ストロングによれば合計8台のスタントカーを製作。撮影で傷がつくたびにボディパネルを交換したという。そんな“DB5”が活躍する本作、早く劇場で見てみたいものである。

量産車ベースが基本のボンドカーにあって、唯一の例外となったのがシリーズ24作目「スペクター」に登場したアストン・マーティンDB10。開発途上の車両をジェームズ・ボンドが勝手に持ち出したという設定のDB10は、ローマの街でカーチェイスを繰り広げた末、川に転落して水没。ボンドはその直前に射出シートを使って脱出し、ことなきを得るという筋書きだった。現行型ヴァンテージをベースに開発されたDB10だが、製作された10台のうち8台は撮影で使われ、2台のみが現存。うち1台は2016年にチャリティオークションにかけられて278万5500ポンド(約4億5000万円)で落札されたものの、当初からの映画製作会社との契約によりDB10が量産化されることはなかった。

ル・ボラン2020年4月号より転載
大谷達也

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