アストンマーティン初となるSUVモデルのDBXは、スポーツカーのパフォーマンスを備えつつ、SUVならではの実用性と、こだわりのキャビンスペースによる快適性を実現しているという。ここではすでにプロトタイプに試乗している大谷達也氏に、改めてDBXの魅力を語っていただいた。
強豪ライバルSUVのまさにいいとこどり
アストンマーティンのチーフエンジニアであるマット・ベッカーは正真正銘のクルマ好きだ。しかも遠慮会釈なしに自分の考えを語ってくれるので、話がわかりやすくて痛快。DBXプロトタイプの試乗直前にかわした会話では開発中のこんなエピソードを聞かせてくれて、彼らが初めて放つ新SUVへの期待を高めてくれた。
「プロジェクトの開始にあたって、とにかくたくさんのライバルをテストした。なかでもいちばん長い期間テストしたのはポルシェのカイエン・ターボ。印象的だったのは幅広い領域で優れたパフォーマンスを発揮すること。乗り心地や静粛性も申し分ない。けれども、傑出した部分がないので個性に乏しかった。これでは退屈なので、もうちょっと刺激の強いクルマを作ろうと考えました」 。
続いてベッカーが 「個性的なラグジャリーSUVの代表例」 として挙げたのがランボルギーニ・ウルスとベントレー ・ ベンテイガだ。「ウルスはとても速くて、いかにもランボルギーニ的。ベンテイガはエレガントで洗練されている。だから、個性という座標軸で捉えると、ウルスはあるいっぽうの端にいて、ベンテイガはそれとは反対側の端に位置している。そこで、私たちはその中間を狙うことにしました」 。
つまりカイエン・ターボ並みの総合力を備えていながら、ウルスの速さとベンテイガの心地よさをバランスさせたSUV。それがDBXだというのだ。
では、そんなすべてにおいて100点満点のクルマをアストン・マーティンはどうやって実現しようとしたのか? ベッカーの話を総合すると、それはおおよそ以下のような手順だったらしい。
まず、DB11でデビューした最新のアルミニウム・ボンデッド工法で軽量かつ高剛性のプラットフォームを作成。しかもエンジンやギアボックスといった重量物を車体近くの低い位置に搭載することで低重心化を図り、ヨーモーメントの低減を目指した。これはレーシングカーと同じ手法である。
快適性とハンドリングをバランスさせるうえで特に重要だったのは、サスペンション取り付け部の局所剛性とサスペンション・ブッシュの容量をバランスさせること。これはカイエン・ターボを解析する過程で見いだした“処方箋”だったそうだ。
そして仕上げが様々な電子制御技術を採用すること。トルクの前後配分を可変できる4WD機構、バネ特性の可変幅が広い3チャンバー式エアサスペンション、ベンテイガよりパワフルとベッカーが主張するアクティブ・アンチロールバーなどが、これに相当するという。ちなみに4WSの採用は見送られた。 「ドライバーの意思に反して後輪がステアすると操舵量が一発で決まらないから」 というのがベッカーの結論だった。
私は昨年、まだ開発途上にあったDBXのプロトタイプにオマーンで試乗したが、まさにベッカーの狙いどおりのラグジャリーSUVが完成したと直感した。
まず、乗り心地が優しい。拳大ほどの石がゴロゴロと転がったダート路を走っても足回りは不快な振動を見事にシャットアウトしてくれる。にもかかわらずハンドリングは正確でレスポンスが良好。この辺はベッカーが言及した 「ボディの局所剛性とブッシュ容量のバランス」 が最適に設定されているからだろう。しかも、ステアリングを通じて感じられるクルマの印象が極めてソリッドで強い一体感を味わえる。フロントの接地感が良好で、スタビリティが高く、高速直進性にまったく不満を覚えなかったことも特筆すべきだ。
そしてなんといってもスタイリングが素晴らしい。アストンマーティンらしい優雅な曲線が、やや背の高いSUVのエクステリアに無理なく溶け込んでいて、いままでに見たどんなモデルとも異なっている。居住スペース、特に後席の足下が広々としていることもDBXの特徴だ。
彼らの計画によればすでにDBXの開発は終了し、生産が始まっているはず。1日も早く、量産仕様のDBXに試乗してみたい。