Così così(コジコジ)とはイタリア語で「まあまあ」のこと。この国の人々がよく口にする表現である。毎日のなかで出会ったもの・シアワセに感じたもの・マジメに考えたことを、在住23年の筆者の視点で綴ってゆく。
アパレル一家の「打ち出の小槌」への道のり
2020年夏、イタリアで新型コロナに次ぐキーワードといえば「高速道路」である。イタリア政府は2020年7月14日、高速道路管理運営会社「アウトストラーデ・ペルリタリア(ASPI)」の国有化を発表した。現在の筆頭株主である「アトランティア」社が、ASPIへの出資比率を段階的に引き下げることで政府と合意した。これによってイタリアで1999年以来続いた完全民営の高速道路は、発足後21年で幕を閉じる。
ASPIは、高速道路の総延長の約半分に相当するおよそ3000kmを運営している。同社は、アパレル産業で有名な「ベネトン」創業者一族が実質支配してきた。そのためイタリアでは「ベネトン、高速道路から撤収」といった文字が、先日からさまざまなメディアに躍っている。なぜベネトンなのかを以下に説明しよう。
ASPIは第2次大戦後の1950年に設立された株式会社「アウトストラーデ運営権建設」に遡る。これはアウトストラーデ(Autostrade:自動車専用道路を意味するautostradaの複数形)拡充のため、イタリア産業復興公社(IRI)によって創設されたものであった。道路所有者=国、運営管理および建設=アウトストラーデ運営権建設という、日本における2005年の高速民営化でも採り入れられた「上下二分割方式」の先駆けである。
1999年になるとIRIは、アウトストラーデ運営権建設を民営化すべく、同社株の大半を民間に売却。名称も「アウトストラーデ株式会社」に変更した。このとき、大量の同社株を取得したのがベネトン家の投資会社だった。ベネトン家のもと、アウトストラーデ株式会社は持株会社化。のちに「アトランティア」と名を変えた。同時に、2003年に高速道路管理運営業務を専門とする子会社を創設する。これがASPIだ。
以来、
・ベネトン家の持ち株会社は、アトランティアの筆頭株主として30.25%を保有
・そのアトランティアは、ASPIの筆頭株主として88.06%を保有
するかたちで、イタリアの主要高速道路はベネトン家のコントロール下に入った。
以来同家にとって高速道路は打出の小槌であり、金の成る木となった。
それを示す一例としては、アトランティアでベネトン家の番頭役を務めたジョヴァンニ・カステッルッチ前CEOの年間報酬がふさわしい。金額は568万8千ユーロ、現在の円換算で約6億9500万円にのぼる(2019年12月メディオバンカ調べ)。米国の財界人と比較すると少額ともいえるが、イタリア財界人のなかでは8位の額である。
いっぽうユーザーであるドライバーにとって、民営化の恩恵は極めて限られていた。イタリア版ETC「テレパス」は、すでに1990年から開始されていたものであったし、毎年元日の通行料金値上げは恒例行事になってしまった。イタリアでは1990年代に通信、電力などが相次いで民営化された。だが、競合がいない高速道路運営権は、どの業種よりも寡占状態を甘受できたのである。
あの事故が契機に
ところがそうした彼らの我が世の春が一気に吹っ飛ぶ事故が2018年に発生する。
夏休みのクライマックスである祝日を翌日に控えた同年8月14日、イタリア北部ジェノヴァで高速道路A10号線の高架橋・通称モランディ橋が突如崩落。43名の死者を出す大惨事となった。日本のメディアでも報じられたのでご記憶の方も多いだろう。それを機会に、ASPIの貧弱な道路補修への投資が糾弾されるようになった。
「ラ・スタンパ」紙によると、2006年から2018年に収益は29パーセント増にもかかわらず、補修費用は49.5%減と大幅に縮小されている。在住23年になる筆者も、イタリアの高速道路が各地で年々老朽化しているのを実感してきた。とくにスイスから帰ってくると、イタリア側施設の古さが如実にわかる。そうしたなかで、「ベネトンから高速道路の管理運営権を剥奪せよ」との世論が一気に高まった。
ただし、当時の第1次ジュゼッペ・コンテ政権は、与党間で足並みを揃えるのに難航。結論に達しないまま2019年8月には連立が崩壊してしまった。翌9月に発足した第2次コンテ政権でも、ポピュリズム政党「五つ星運動」は剥奪積極推進派だったのに対し、新たに連立に加わった民主党は党内で意見が割れた。2020年に入ると新型コロナウイルス対策が優先され、さらに高速道路問題は後回しとなってしまった。
そうしたなか、崩落後イタリアとしては異例のスピードで進められたジェノヴァの新しい橋が完成間近となった。開通式は事故から2周年の節目に、イタリア復興の象徴として賑々しく行われるとみられる。参考までに、設計は関西空港旅客ターミナルでも知られるレンツォ・ピアノである。今回の“ベネトン外し”は、そうした状況を前に、政権が決着を急いだことは明らかだ。具体的には、国の機関である預金・融資機構が、アトランティアが保有しているASPI株を段階的に買い取る。アトランティアの持ち株比率は最終的に10%以下となる見通しだ。
アリタリアとなるか、アルファとなるか
話は変わるが、イタリア政府は2020年5月、新型コロナで経営危機に陥ったアリタリア航空に対し30億ユーロを出資。事実上国有化した。今回に限らずアリタリアの危機は何度となく繰り返されてきたが、そのたび国の支援で生き延びてきた。理由は、イタリア政財界人にとって天下り先もしくは第二の就職先であり続けたためといってよい。6月に就任したフランチェスコ・カイオ会長の前職はイタリア郵便の社長である。あのルカ・ディ・モンテゼーモロもフェラーリ会長退任後、2014-2017年までアリタリアの会長を務めた。トップたちの高額報酬は、ASPI同様に知られてきた。換言すれば、一部の人々にとって「無くてはならない会社」だったのである。
いっぽう歴史を振り返って、公的管理下で当初一定の成果を上げた企業といえば、今年110周年を迎えたアルファ・ロメオだ。1930年代初頭経営危機にあった同社は、1933年に前述のIRIに組み入れられている。以来、フィアット(当時)に売却される1986年まで、実に53年にわたって同公社のもとにあった。その間、1950年の「アルファ1900」で少量生産の超高級車製造業者から大量生産メーカーに転換。北米市場にも果敢に進出して一定の成功を収めた。また公社の管理下でありながら各種レースにも積極参加し、それはブランドイメージ向上に大きく貢献した。
筆者が何を言いたいかといえば、再び国営化の道を選んだイタリアの高速道路が、アリタリアのようなゾンビ企業になるか、かつてのアルファ・ロメオの如く甦るか、これからが勝負ということだ。
それは、道路行政に情熱を傾ける官僚がどれだけいるかにかかっている。
ところが本文を執筆している7月18日、イタリアのメディアは新たなニュースを伝えた。新しいジェノヴァ橋の制限速度は上り80km・下り70kmで、崩落した古い橋(90km/h)よりも低速にしなければならないことが今になって判明したのだ。建設を急ピッチで進めるべく、両端の既存部分を残すかたちで架橋したのが原因だ。それらと新しい橋を繋いで曲率を計算したところ、速度を大幅に落とさないと危険であることが明らかになったのだという。
ちなみに、筆者がたびたび通過した古い橋も前後のカーブはきつかった。上りに至っては、渡り終わった直後にジャンクションがあり、一瞬本線と思われるほうが実は分岐という、戸惑う構造だった。
2020年8月3日にはには新しい橋の開通式が行われ、日本の一部メディアでも2年前の忌まわしい事故映像とともに報じられるだろう。
それを観るとき、ぜひ本記事を思い出していただければ、より興味深いものになると思う。
文と写真 大矢アキオ Akio Lorenzo OYA
この記事を書いた人
イタリア文化コメンテーター。音大でヴァイオリンを学び、大学院で芸術学を修める。1996年からシエナ在住。語学テキストやデザイン誌等に執筆活動を展開。NHK「ラジオ深夜便」の現地リポーターも今日まで21年にわたり務めている。著書・訳書多数。近著は『メトロとトランでパリめぐり』(コスミック出版)。