Così così(コジコジ)とはイタリア語で「まあまあ」のこと。この国の人々がよく口にする表現である。毎日のなかで出会ったもの・シアワセに感じたもの・マジメに考えたことを、在住23年の筆者の視点で綴ってゆく。
見慣れぬ車両に迎えられて
トリノ自動車博物館(MAUTO)は、イタリアを代表する自動車ミュージアムである。筆者は在住23年の間に、たびたび足を運んでは楽しんできた。しかし2020年7月、再びそのドアを開けると、異様な光景が広がった。
エントランスホールに、突如数々の車両が並んでいたのだ。2011年の新装開館以来何も置かれていなかったのに、である。夏休み期間のアイキャッチとも考えたが、妙に整然と並んでいて、台数も過剰である。不思議に思って眺めていると、その日約束していた関係者がやってきた。
そして彼は教えてくれた。「これ、すべて差押え品ですよ」
台数は4輪・2輪合わせて17台。筆者が訪問した数日前の2020年7月17日に公開されたという。説明によると、ジェノヴァの財務警察がある人物を調べたところ、2013-2018年の間に、25台の自動車取引に関して、400万ユーロ(約5億400万円)以上の申告漏れが明らかになった。財務警察(グアルディア・ディ・フィナンツァ)とは、イタリアでポリツィア(国家警察)、カラビニエリ(憲兵)などと並ぶ警察組織のひとつだ。経済・財務省の管轄で、主に密輸や不正取引、脱税などの捜査を担当している。そのシンボルマークから「黄色い炎」とも呼ばれる。
摘発された人物は申告上無資産となっていたが、ジェノヴァ、マラネッロ、モンテカルロ、コート・ダジュール、そして英国を拠点とする9人を使い、利益を上げていた。とくに核となったのはモンテカルロの在留資格をもつイタリア人2名だ。タックスヘイブンのモナコで車両を名義変更することにより、イタリア税務当局の目を眩ましていた。
例として、フェラーリ最初期のモデルである1948年166インテルは、米国の収集家に100万ドルで販売していた。ジェノヴァの財務警察は2018年5月に捜査を開始。オーナーの携帯電話や書類を分析した。架空の車名を使って取引する手口も明らかになった。
捜査開始後も所有者は、フェラーリ3台、シボレー・コーヴェット、初期生産ロットのランボルギーニ・ムルシエラゴなど8台を、モンテカルロや英国の「グッドウッド・フェスティバル・オブ・スピード」で同時開催されるオークションで売却しようとしていた。そのため財務警察と連携したジェノヴァ検察庁は、緊急手続きを発令。僅か1週間でイタリア国内はもとより、国外にあった売却予定の車も差押えに成功したという。
また、ジェノヴァにある不動産資産4件の押収にも成功。その中には同市のなかでも一等地中の一等地にある300平方メートルのペントハウスも含まれていた。押収した車両は、総額で100万ユーロ(約1億2600万円)の価値があるという。財務警察は博物館に委ねた理由として、適切な車両保存の必要性と、押収品を地域社会に還元するためと説明している。
名付けて「賭けは終了作戦」
今回にかぎらず、イタリアで財務警察は高級車が登場する場所には、必ずといっていいほどその影がある。毎秋に北部パドヴァで開催されるヒストリックカー・ショー「アウトモト・デポカ」で複数の出展者から聞いた話によると、会場内に財務警察が潜入していることは誰もが知る事実だという。
筆者自身が確認したのは、2018年に開催された有名なコンクール「コンコルソ・ヴィラ・デステ」である。当日、会場に面したコモ湖の水上には、財務警察の警備用クルーザーが長時間にわたり停泊していた。
実は、イタリアにおいては日常の自動車生活にも、この財務警察は関係する。もともと彼らの路上検問は自動車税の納税証書を持っているか、また貨物トラックが不正な物品を搭載していないかをチェックするのが主目的だった。
ところが2008年の経済危機を契機として、もうひとつ任務が増えた。路上において高級車を抜き打ちで制止し、所有者の申告所得に合致したものかを照合するようになったのである。いわば、車を申告漏れ検知器として使うようになったのだ。「ル・ボラン」誌を飾るようなイタリア製ハイパー・スポーツカーを本国で滅多に見かけないのは、こうした背景もある。
なにやら世知辛い話になってしまったが、笑えることもある。今回の脱税捜査には「リヤン・ヌ・ヴァ・プリュ作戦」という命名されていた。rien ne va plusとは、カジノのルーレットで、客がチップを置くのを締め切るときディーラーが発する言葉だ。「賭けは終了」といった意味だ。今回の事件の舞台のひとつがカジノで有名なモナコであったことから選ばれたに違いない。
実はイタリアの他の警察組織でも、作戦に名前をつけるのが慣例となっている。2000年代初め、各地の空港で旅客のスーツケースをこじ開けて中身を盗んでいた職員数十名が摘発された。このとき国家警察は「オープン・バッグ作戦」と名づけて捜査を続けていた。
2017年に_ローマの南東フロジノーネで発生した傷害事件の捜査は、洗車業者の縄張りが絡んでいたことから「ゴールド・ウォッシュ作戦」と命名されていた。和製映画ならぬ伊製英語っぽさは、彼らのネーミングの特徴だ。
そうかと思えば、先日2020年6月に筆者が住むシエナを舞台にした売春組織摘発には「ベラ・ヴィータ作戦」と名付けられていた。bella vitaとは美しい人生の意味である。ネーミング専従隊員がいるのではないか?とさえ勘ぐってしまう。
それらとは別に、今回のリヤン・ヌ・ヴァ・プリュ作戦では公開されなかったものの、多くの作戦では当局の撮影による記録映像まで公開される。
イタリアの方々は慣れっこになっているが、外国人である筆者からすると、新聞やテレビで報じられるそうしたマカロニウェスタンな作戦名や刑事物ドラマ並みの映像は、下手なドラマより面白いのである。
文 大矢アキオ Akio Lorenzo OYA
写真 Akio Lorenzo OYA/FCA
この記事を書いた人
イタリア文化コメンテーター。音大でヴァイオリンを学び、大学院で芸術学を修める。1996年からシエナ在住。語学テキストやデザイン誌等に執筆活動を展開。NHK「ラジオ深夜便」の現地リポーターも今日まで21年にわたり務めている。著書・訳書多数。近著は『メトロとトランでパリめぐり』(コスミック出版)。