
※この記事は2006年12月に発売された「VW GOLF FAN Vol.10」から転載されたものです。
そろそろヴィンテージ的に、“ライト旧車”感覚で捉えられつつあるII。この“リフレッシュ大作戦”は、そんなクルマを今後とも日常的に使い、楽しんで行くにはどうしたらいいかを考察するページだ。前回の関東編に続くこの関西編は、IIに造詣の深い関西の3工場の、それぞれの考え方に基づいたリフレッシュ方法を紹介していく。今回、メインとなる車種は、未だ高い人気を持つGTIである。
Part.2 フツーに戻してさりげなく乗る!!
’90 GOLF GTI by COX SPEED KOBE
GTIの場合、走りを楽しむクルマだけに、現存するクルマは走行距離きわめて多い。だが、状態を見極めて、ちゃんと手を入れたなら、立派に復活するクルマも少なくない。では、どのあたりに注意をして、どのように直していけばいいのか――。
小林さんいいことをいう
「知り合いの知り合いがね、廃車にするいうんで、譲ってもろたんです。GTIやし、もったいないと思てね。前から、GTIは、一回ちゃんと元に戻して乗りたいなと思てたことあったし……」
と、コックススピード神戸の小林富士夫さんは、このクルマを手に入れた経緯を語る。
コックススピード神戸は、すでに本誌でも何度か登場しているのでご存知の方も多いだろう。その社名から想像されるのは、スピードショップ、あるいはチューナーというところで、やや敷居が高そうな感じだが、ご心配なく、同社はれっきとした整備工場。輸入車を中心に、幅広いサービスを展開している。その名は、かつてコックスがフランチャイズディーラー制を敷いていた頃のものが、そのまま残ったという格好なのだ。
といいつつ、同社はただの整備工場でもない。小林さんはF3にVWのエンジンが使われていた頃、レーシングメカニックとして各地を転戦していたという人。フォルクスワーゲンに造詣が深いのはいうまでもない。要望があれば、同社の若手、梅原メカニックとともに、サーキット走行用のマシンを製作し、さらにレーシングサービスも行なう。もちろん、車検ほかの一般整備が多いものの、ヘッドのオーバーホールも当たり前に行なわれているというのが、コックススピード神戸である。
しかし、そんな小林さんがGTIを触るなら、思いっ切りスポーティな仕様になるだろうという予想は、見事に裏切られる。「もちろん、それもええなと思うんやけどね。これからGTIに乗るいうんやったら、できるだけノーマルに戻して、ええ状態でさりげなく乗るっちゅうんがカッコエエと考えてますねん。そろそろGTIも数が少なくなって、状態のいい個体は意識して残さんなアカンと思うわけですワ」
小林さん、いいことをいう。
作業効率を考えてエンジンを降ろす
工場裏手の駐車場に放って置かれた’90年式のGTIが、ようやく工場に入れられ、事前の点検が行なわれたのは10月のはじめだ。
クルマの状態は、走行距離が16万kmを超えている割には悪くなかった。エンジン回りにはオイル漏れや水漏れが見受けられたものの、それは部品の交換で直る範囲。エンジン自体は異音もなく、軽い吹け上がりを示し、致命傷のないことを物語っていた。

(左上)エンジンを降ろしてしまえば、なるほどクラッチのオーバーホールも比較的楽に行なえる。ミッションを外すのも、このように楽な姿勢でできるわけである。(右上)クラッチのプレッシャープレートを外す。再利用は可能だったが、これも交換することに。(下)クラッチは強化型ではない、ノーマルを選ぶ。小林さんの意図するところは、「ノーマルに戻してさりげなく乗る」というところなのだ。
だが、駆動系ではクッチがすでに限界にきていた。ミートポイントが上がっていて、まもなく滑り始めそうな状況。サスペンションはビルシュタインのBTSキットが装着されていたが、これは減衰力が少し怪しくなっていた。

(左)新旧を比較してみると、右の旧のほうの消耗ぶりがよく分かる。かなり薄くなってしまっている。(右)プレッシャープレートのボルトをトルクレンチで締め込んでいく。これが簡単にできるのも、エンジンを降ろしているから。
ボディ外観も、悪くはなかった。フロントバンパーがステーから外れ、バンパーが少し傾いてしまっている以外は、わずかなスリ傷がみられる程度。もちろん、大きな事故を起こしたような形跡はない。ただ、グリルがなぜか2灯式になっていて、ホイールもGTIのオリジナルではない。前後のVWマークは、前オーナーの憧れを反映してだろう、ABTのエンブレムが貼りつけられていた。

(左)ガスケットをカバー側の溝に入れ込む小林さん。外したものにはネジレ。熱で弾性がなくなり、オイル漏れを起こしたようだ。(右)距離を重ねたゴルフIIには必ずといっていいほど、カムシャフトシールからのオイル漏れがある。ここは要チェックポイントだ。
散々ゴルフを触ってきた小林さんの、整備の進め方についての判断はきわめて早い。
「エンジン、降ろしますワ。ホース関係も交換せんとアカンし、ヘッドカバー・ガスケットも、どうせクラッチもやることやし、降ろしたほうがラクですワ」
阪神ブレーキ工業のサポートを受ける
10月の半ば。具体的な作業に入る。小林さんは予め部品の手配を進め、すべてを揃えて作業を済ませてしまおうというのだ。

(左上)ディストリビューターはキャップ、ローターとも、交換する。確実な点火を求めるなら、当然のことである。(右上)外してみて初めて、そのひどい状況が分かった。キャップもオイルまみれとなっていたのである。(下)ディスビをセットする。ローター、キャップとも、そう高くはない部品。定期的な交換が望ましいという。
その部品の手配の過程で、小林さんがブレーキ関連の全面的なサポートを受けたのが、普段からつきあいのある阪神ブレーキ工業だという。ローターの研磨をはじめとして、スリット加工、さらにはコーティングという作業、そしてパッドまでも提供してもらうことになったそうだ。小林さんが個人的にではあるが、古いGTIを復活させようとしていることを知り、協力を申し出てくれたようなのだ。ちなみに、そのパッドは同社オリジナルの“ミューメント”という輸入車向けのもの。ブレーキダストの少なさがセールスポイントという。

(左上)リア側のトレーリングアームの内側に隠れたブレーキホース。ひび割れは発生していなかったが。(右上)フロント側はまさに要交換の時期。ひび割れが発生していたのだ。このまま使用し続けると……。(下)ブレーキホースも、前後バッチリ交換する。慎重に交換作業を行なうのは、梅原メカニックだ。
本誌も、ささやかながら協力させていただいた。サスペンションとタイヤ&ホイールを小林さんにレンタルしたのである。
「サスは、そうやなあ、ノーマルはあらへんし、このBTSも減衰抜けてるし、どっからか借りとこか? ホイールも純正、探さんな。昔のBBSの15インチあたりがあったらエエけど……」
と、小林さんにいわれてしまったら、仕方ないではないか。
あえて特別なことはしない
その作業時間は、実際、とても短いものだった。降ろすといっていたエンジンは、ラジエターグリルやラジエターそのもの、ホース関連やケーブル関連をエンジンから切り離すと、チェーンブロックをガラガラと操作して、アッという間に降ろしてしまう。そのままクラッチのオーバーホールに入って、それが終われば、ヘッドカバー・ガスケットとカムシールの交換、ウォーターホース交換、ディストリビューターの交換とサッサカ進んでいったのである。

(左上)これが装着されていたビルシュのBTSキット。ノーマルは手元になく、抜けていなければこれを使う予定であった。(右上)編集部が用意したセットは、のスプリングが組み合わされたもの。とりあえず暫定で、装着することにする。(下)III用のアッパーマウントを使うには、スプリングのベースプレートなどをIIIのものに交換しなければならないが。
一方では、梅原メカがブレーキ関連、サスペンション関連の交換作業を展開する。ふたりの手にかかったなら、ゴルフを復活させる作業はいうほど難しくもなく、時間がかかるものでもない。

(左上)今回、ブレーキ関連は阪神ブレーキ工業(TEL:06-6426-5925)のスポンサードを受けている。(右上)リアのローター、すべてのパッド、そしてフロント側のスリット加工、コーティングなどだ。(下)リアのハブベアリングの受け側を清掃。リアのローターも交換するが、ということは、ハブベアリングも交換することになるのだ。
コックススピード神戸が、ゴルフに造詣の深い整備工場であることを改めて認識したのは、例のヒーターボックス・空調フラップの修正作業だ。それは、ヤナセがフォルクスワーゲンの輸入元であった頃のやり方そのものだそう。

(左)手慣れた様子で装着作業を進める梅原メカニック。それもそうだろう、ここはコックススピード神戸。何度も何度も繰り返してきた作業なのである。(右)実は、このショック、一時期キムラのゴルフに装着していたもの。キムラのゴルフはフロントの軽いSOHCで、やや乗り心地が硬かった印象があったが……。
ダッシュボードは外すことなく、しかし、ヒーターボックスは取り出して空調フラップにウレタンを貼り直すというものだった。それは、作業時間の少なさ、その完成度からいっても、まったく文句のない、いかにもヤナセ時代からの伝統的な修正方法と思えた。

(左)なぜか、いの一番に、ダッシュボードのグローブボックスを外した。(中央)コンソールを外すのは、ヒーターボックスの位置からしてよく分かるが。(右)コンソールを抜く。これでヒータボックス本体が現れるわけではない。

(左)間にダクトが入っていて、これを外さなければ、ボックスには届かない。(中央)ようやく現れたヒーターボックス本体。フラップにウレタンはない!(右)事前にエンジンルーム側のホースを外し、ボックスを引っ張り出す。
さて、残る外観を整えるという作業は、アッサリと終わった。小林さんがいつかそんな時がくると信じて(?)、長くストックしていたものが陽の目を見たのである。ABTマーク付き2灯グリルは、GTI用の赤枠付き4灯グリルに交換され、欠品があったテールのエンブレムも補充される。塗装面の小さな傷は別にして、外観はなんということもなしに整ってしまった。最後の最後、ホイールがBBSの15インチに換装されると、そこには見事に蘇ったGTIがあった。

(左上)シフトノブはABTマークの入ったものだったが、IIIの純正オプションのものに変更。ゴルフボール形状で、ブーツには赤のステッチが入る。(右上)いわゆるペダルエクステンションが装着されていたが、これを純正のペダルゴムに戻す。不思議だが、これで室内が落ち着いた雰囲気に。(下)ダッシュボードには、実は様々な飾りが付いていたが、なにごともなかったようにスッキリ。フラップの修正で、エアコンはちゃんと効き、ヒーターもちゃんと効くはずだ。
小林さんの、GTIをさりげなく乗るための、あえてなにも特別なことはしない“リフレッシュ大作戦”は、ここに無事終了。
「クルマを速くするチューニングもボクらの仕事やから、もちろんやらしてもらいますけど、ゴルフのGTIやったら、ノーマルのままでも十分楽しめるんとちゃいます? キチンと整備しとったら、それはもう、気持ちよう走れますから」
小林さんのこんな言葉が耳に残った……。
取材協力=コックススピード神戸 TEL 078-843-2900
ポート:小倉正樹/フォト:柴田幸治