自社でレストアした8台が一堂に
奈良トヨタがこれまでにレストアした歴史的なクルマを収蔵したミュージアム、令和3年11月13日に開館しました。
トヨタの初期モデルや名車を集めた奈良トヨタの自動車博物館です。奈良トヨタグループのエンジニアが復元・再生したトヨタの名車以外にもカローラ誕生50周年記念モデル、ピンクサファイアクラウンなどの特別仕様車も展示されています。
加えて、元プロ野球選手・コーチである久保康生氏のユニフォームなどの貴重なアイテムも多数展示されているので、近鉄バファローズファンは楽しめます。ピンポイントですがこれはこれで貴重な展示です。
ミュージアムは奈良県奈良市八条5丁目431-1 (U-CarMax奈良八条店内)は、国道24号線沿いという好立地にあります。
同社のレストア事業の歴史は、老舗の旦那さんが所有していた二代目トヨペット・コロナ(1962年式RT20型)を2005年にレストアしたことから始まりました。
しばらく空いて2015年に全国トヨタ店クラウンレストアプロジェクトのための初代トヨペット・クラウン(1962年式RS31型)、2016年に初代カローラ(1967年式KE10型)、その後初代セリカ・リフトバック(1975年式TA27型)、スープラ(1992年式JZA70型)、MR2(1989年式AW11型)、創立80周年記念事業のスポーツ800(1966年式UP15型)とレストア台数を増やしてきました。
そしてこの“まほろばコレクション”の中で特筆すべきは最後に加わったスタウト(1967年式RK101型)。奈良県のある団体の構内でだけ使われていたという走行500キロの個体。53年で500キロということは年10キロ弱です。商用車は残りにくいのに、残っていた上に走行500キロって。どう使えばそんな距離ですむのか? 俄には信じがたい走行距離です。まさに奇跡の個体です。
団体から引き取ったときには荷台がなかったので、ネットで見つけた荷台を北海道から取り寄せレストアして装着したそうです。レストアにあたって、元の荷台パネルにはあった溶接痕を再現、車名ステッカーもワンオフで製作、ゴムも塊から削り出すなど細部に拘ったとのこと。このような拘りは全てのレストア車にも宿っていることでしょう。
スポーツ800を“昭和レトロカー万博”に展示したときには黒山の人だかりができ、「こんな完成度の個体は見たことがない」との評判だったそうです。
まほろばミュージアムを作ったきっかけは何?
一台くらいはレストアしているディーラーはいくつか見かけるし、新車ショールームに飾ってあるのも見かけるけれど、これだけの台数をレストアしてミュージアムまで建てたケースは知る限り初めてです。
レストアした最初の3台はイベントや奈良モーターフェアなどで巡回展示したり、レクサス奈良八条店のリニューアルの時にしばらく展示していたりというくらい。
気になったので菊池攻社長にインタビューしたところ、長時間熱い思いを語ってくださいました。要約すると次のような感じです。
① きっかけは「せっかくのレストア車なんだから展示しませんか?」とのエンジニアの問いかけだった。80周年記念事業のランドマークにもなるし、お客様にも喜んでもらえるだろうとも思ったこともあった。
② 奈良には神社仏閣たくさんあるけれど産業遺産が見られる場所がないことに気づいた。大人と子供が一緒に楽しめるような場所があるといいなとも思ったし、「全てのご縁を生かして地域社会に貢献する」思いの体現になろうとも思った。
③ ホッとできる憩いの空間にしたく、そのためには手作り感が大事だろうと思い、入り口横の昭和レトロのコーナーも自分たちで持ち寄ったり借りてきたりしたアイテムを展示した。レストア車以外にも有森裕子さんの揮毫、元近鉄バファローズ投手の久保康生さんのユニフォームなどの縁のある方々にお借りした貴重な品々も展示できたので、自動車メインだけど少し懐かしい、憩える空間にできたんじゃないかと思う。近鉄バファローズファン、阪神ファンにもきっと喜んでもらえるのではないか。
レストア専門チームがあるのか?
プロジェクトのたびに新しいチーム、年齢は20代から50代まで、男性も女性もいる多様なメンバーで構成するチームで取り組んでいるそうです。これについても狙いを訊きました。
「世代が離れているためか普段はあまり突っ込んだ交流がないメカニック達が、自動車の原点に触れながらコミュニケーションするなど普段は得られない体験ができるのもいいと言っていますし、この世代のクルマを触ったことがない20代のメカニック達も感激しながら活き活き作業しています」
「作業には個々人のアイディアや工夫を盛り込みながら情熱的に取り組んでくれているようです。細部への拘りもすごい。日ごろ光が当たりにくいエンジニア達にスポットを当てたいという思いもあるのですが、成功していると思います」
技術伝承も目的の一つだとも聞いたのですが、そこでふと疑問が生まれました。それは、「そもそもそんな必要があるのか?」です。
今のクルマは診断機に繋いでコンピューター診断、部品はAssy交換が増えている現状からです。何十年も前にヤナセの広告にあったような“聴診器を当ててエンジンの調子を診断する”時代はとっくに終っているとの認識からも。
この点について別の関係者と立ち話ついでに訊いてみたところこんな答えが返ってきました。
「診断機を繋いだからと言って、答えの全てが判るわけではないし、経験と勘に頼る部分も多く残っています。それに何より機械が好きでこの世界に入ってきたメカニック達です。やりたくないはずはない。上がるモチベーションは日常業務にもいい影響を与えています」
なるほど、浅はかな質問をしてしまいすみません。つまらない質問でもしてみなければわからないことは多いですね。
レストアの今後の予定は?
作業は、週一度レストアの日を定めて集中して行い、一年に2台仕上げられるくらいのペースだそうです。
これだけの台数の経験があれば、自分のクルマも頼みたいという人が現われるのではないかと思ったところ、やはり“草むらのヒーロー”的なクルマの修復依頼も実際にあるらしいです。しかし次は、
「早苗さんのスープラをレストアする予定です」
とのことでした。
それは何?については今後機会があれば紹介したいと思います。ディーラーが手がけたレストア車は全国で意外に多いと思います。経営的な問題があるので安直なことは言えませんが、もし47都道府県にそれぞれのディーラーがレストアしたクルマが並ぶミュージアムがあったなら、それはディーラー単位でもいいし、メーカーの垣根を越えて共同でもいいし、日本中を旅する新たな楽しみが生まれるなと思いました。別に大がかりな博物館でなくてもいいんです。まほろばミュージアムのような規模でも。そこに地域の歴史や産業遺産も並んでいればそれで充分楽しめる。そう思います。
(取材・写真・文:大田中秀一)