パリでは迷惑行為が問題に
先週もコンちゃんに電動キックボード「Meister F」( FUGU INNOVATIONS JAPAN)を積んで出かけた。出先でコンちゃんを駐車したり、キャンプに行ったりして、その周辺でのちょっとした移動に、電動キックボードは確かに便利だ。電動キックボードがウチに来てから約1年が経ち、その扱いにもすっかり慣れた。そうした中、フランスのパリでは電動キックボードのシェアリングが、2023年9月1日から禁止されることになるという。
「あれ、パリって電動キックボードが世界の中でも普及が進んでいる都市として、ネットやテレビでこれまで何度も紹介されていた」、と思う人が少なくないだろう。
さらには「日本でも7月1日から、16歳以上なら電動キックボードは免許が要らないし、ヘルメット着用も努力義務になるはずだけど、パリでそんなことがあって、日本でこれからちゃんと普及するの?」といった感想を持つ人もいるはずだ。いったいこれから、日本の電動キックボードはどうなっていくのだろうか?
まず、パリの話から始めよう。パリで電動キックボードが普及し始めたのは、今(2023年)から5年前の2018年だった。その当時、筆者はすでにパリ現地で電動キックボードを試乗している。その少し前まで、パリ市では小型EVのシェアリングに力を入れていて、その取材も何度かしたが、その姿がパタンと消えて電動キックボードに置き換わってしまった印象がある。
小型EVシェアリングは、パリ市が当初見込んだ以上に経費がかさみ、また利用者数はさほど伸びなかったことなどが、廃止の理由だと考えられる。小型EVのNG、そして今回は電動キックボードもNGになったというわけで、パリ市の交通政策は迷走していると言わざるを得ない。
もともと電動キックボードは、アメリカ西海岸でシェアリングエコノミーと環境に優しい電動車という切り口で、様々なベンチャー企業が立ち上がった。そうしたトレンドが、パリにうまくハマった。年間を通じて世界中からの観光客が多く、また市街地は中世から続く細い道路があったり、また自転車用レーンがある程度整備されているなど、パリは電動キックボードの受け皿になる状態にあったといえるかもしれない。
最初は様々なベンチャー企業がパリの電動キックボードシェアリングに参入したが、サービスが乱立してユーザーにとって分かりにくさで生じたことなどから、パリ市では3社に絞った運用を許可した。ところが、様々な課題も露呈した。
二人乗り、飲酒運転、迷惑駐車など、違法行為が後を絶たず、パリ市長はシェアリング事業の継続に反対の姿勢を見せた。これを受けて、2023年4月2日に電動キックボードシェアリング事業の継続の是非を問う市民投票が行われ、その結果、反対が全体の約9割に達したのだ。現地報道では、市民投票実施がうまく広報されておらず、投票率が10%に満たないことを問題視する市民の声があるとしているものの、パリ市長はシェアリング事業3社との契約が切れる2023年8月末をもって、サービス廃止の意向を固めている。
なお、個人所有の電動キックボードは今後もパリ市内で使用が可能となる。
日本では問題は起こらないのか?
そんな電動キックボード先進都市パリでのドタバタ劇が表面化した中で、日本では2023年7月1日に電動キックボードの新ルールが始まる。改正道路交通法が施行されることで、新たに「特定小型原動機付自転車(特定原付)」というカテゴリーの電動キックボードの使用が可能となる。
これに関連したニュースでは、「16歳以上なら免許不要、ヘルメット着用は努力義務、歩道も走れる」という点が強調される傾向がある。確かに、この3要素に間違いはないのだが、「特定原付」に対して十分な理解がなかったり、または勘違いしている人が少ないない印象がある。そこで、重要ポイントを整理してみたい。
まず、筆者が現在所有しているような従来型の電動キックボードについては、これまで通り、「原付」として存続する。だから、免許も必要、ヘルメット着用も義務、自賠責保険加入も義務、ナンバー取得も義務となる。それが「特定原付」になると、部類としては自転車と同じ軽車両になる。その上で、16歳以上は免許不要、ヘルメット着用は努力義務となるが、自賠責保険とナンバー取得は義務である。
歩道の走行については、「特定原付」における「特例」として、時速6kmでの歩道走行モードに切り換えられ、その作動中を示すライトを含めた各種装備を持つ機種のみが、歩道を「歩行者扱い」として走行できる。現状では、既存の電動キックボードを「特定原付」の変更するような後付けキットは販売されておらず、「特定原付」を必要とする場合、新規に購入することになる。ブランドによって違いはあるが、基本的な走行性能や価格は現行モデルと大きな差はない場合が多い。
こうした「特定原付」についての新ルールに加えて、これまで全国各地で行われてきた国が主導する実証試験のルールが違うこともあり、「電動キックボードのルールって、いったいどうなってるの?」と疑問を持つ人が少なくない。国の実証試験では、電動キックボードを「小型特殊自動車」としていたからだ。
この場合、「原付」や「軽車両」では交差点で義務である、いわゆる「二段階右折」を「してはいけない」。また、実証実験では産業競争力強化法という枠組みで、実験的に「ヘルメット着用は努力義務」としてきた。以上のような説明をしても、様々な電動キックボードの詳細を一覧表にしてみないと、自動車業界や二輪車業界の関係者でもしっかり理解することは難しいほど、話がゴチャゴチャしている。
そんな状態で、7月1日に新ルールが導入される。筆者は各方面と、この新ルール後の街の状況の変化について意見交換している。概ね「相当大変なことになる」という意見だ。
何が大変かといえば、クルマの運転者の視点からは、自転車や二輪車に加えて、新たに「動きの予測がつかみにくい乗り物」が増えることで、仮にクルマと電動キックボードとの事故を防げたとしても、「運転者の心理的プレッシャーがかなり上がる」という声が多い。特に、タクシー、バス、トラックなど公共交通機関でそうした意識が強い。
また、歩道での歩行者や自転車との共存についても、疑問を持つ人が少なくない。もちろん、新ルール賛成の声もある。観光地などで、風を感じながら移動が、新しいアクティビティになるし、地方部・都市部を問わず1km~2km程度の「チョイノリ」がさらに便利になるという声だ。そして、最も多い声は「まずは、道路の整備ではないのか?」というものだ。
つまり、「モビリティファースト」ではなく、総括的な「まちづくり」が最初にあるべきで、その中で電動キックボードなど新しいモビリティの活用方法を考えるべき、ということだ。至極当然な考え方なのだが、残念ながら、そうした議論が国や地方自治体でしっかりできていないのが日本の実状だ。
果たして、日本での電動キックボード新ルールは、社会をどう変えていくのか? これからも、コンちゃんと一緒に現行の電動キックボードを使いながら、その動向をウォッチしていきたい。
この記事を書いた人
専門は世界自動車産業。その周辺分野として、エネルギー、IT、高齢化問題等をカバー。日米を拠点に各国で取材活動を続ける。日本自動車ジャーナリスト協会会員。一般誌、技術専門誌、各種自動車関連媒体等への執筆。インディカー、NASCAR等、レーシングドライバーとしての経歴を活かし、テレビのレース番組の解説担当。海外モーターショーなどテレビ解説。近年の取材対象は、先進国から新興国へのパラファイムシフト、自動運転、EV等の車両電動化、情報通信のテレマティクス、そして高齢ドライバー問題や公共交通再編など。