コラム

希少性が高まり続ける至高の「V12エンジン」【自動車業界の研究】

今回は、いよいよ希少性が高まってきた自動車用エンジン(内燃機関)の最高峰であるV12エンジン(V型12気筒エンジン)が何故に至高のエンジンと言われハイエンドモデルに搭載されてきたのか? について、まずはメカニズムと生産性やコストといった技術面、近年は減少の一途を辿り希少性が高まっている背景、そもそも製造するメーカーが少ない理由などを中心にユーザー視点での魅力や価値、自動車業界にとっての存在意義についてのコラムをお届けします。

Mercedes-Maybach S 680 4MATIC(Mercedes-Maybach)

V12エンジンのプロローグ

エンジンにとっては排気量と並んで車格とも言える気筒(シリンダー)数は高出力を生み出すための大型化に伴って増えますが、その中でも最高峰は極めてスムースに心地良く回ってパワフルなV12エンジンです。
もちろん例外的に一部で16気筒(W型)等も存在しますが、トータル性能においてはV12エンジンが至高のエンジンであることが、これまでに採用されてきたブランドやモデルの実績からも伺えます。

ROLLES-ROYCE PHANTOM EXTENDED Series II(ROLLES-ROYCE MOTOR CARS)

ハイエンドブランドを見渡せば、ロールス・ロイスがエンジンを搭載する全てのモデルにV12エンジンを採用しており、またメルセデス・マイバッハやスーパースポーツのフェラーリやランボルギーニといった伝統ブランドもV12エンジンをラインアップしてきました。つまり、最高峰自動車の代名詞ともいえるのがV12エンジンです。

エンジンの気筒配列と多気筒化のメリット

現在、販売されている4輪自動車用エンジンの主な気筒配列は、直列(ストレート)型が3気筒、4気筒、5気筒、6気筒、V型が6気筒、8気筒、10気筒、12気筒、他にW型の12気筒や水平対向の4気筒や6気筒あたりが主なところです。直列とは直線上に並んだ気筒配列で、V型とはV字型にW型はW字型に、水平対向はV字型にバンク角180°(クランクシャフトの配列がV型とは異なり)水平対向に並んだ気筒配列を示しています。
特徴として直列エンジンは吸気や排気が一軸上にあるため部品点数が他のタイプに比較して少ないのですが、シリンダーヘッドやシリンダーブロック、クランクシャフトが長軸となります。対照的にV型やW型、水平対向型は直列型に比較して部品点数が多く、クランクシャフトが短いので(その分クランクシャフトのウェブ等の設計が複雑となる傾向にありますが)動的面での高回転高出力特性に優れ、エンジンの全長(クランクシャフト軸方向)も短いためエンジンフード内部の設計自由度も高いため多気筒化(マルチシリンダー化)に向いています。

Ferrari Prosangue(Ferrari)

それらによってV型6気筒エンジンは横置き(車軸に対してクランクシャフト軸が並行)に駆動方式がFF車(フロントエンジン×フロントドライブ)であっても搭載しやすいため、駆動方式を問わず多くのモデルに搭載できることや縦置き(車軸に対してクランクシャフトが90°)に搭載する場合には車両前後(全長)方向のスペースが直列6気筒エンジンより大きく取れるので衝突時の安全性確保において有利であることなどから、一時は6気筒エンジンのほとんどがV型に至りましたが、近年は排ガス対策からV6エンジンの触媒系統が二つ(直列型は触媒系統が一つ)のため始動時における触媒の早期暖気などが遅いことや部品点数が多いこと、世の中の主流である直列4気筒エンジンと同一の生産ラインで流動する際の生産合理性によるコスト影響、ベルトレスなどによるエンジン全長の短縮技術や衝突安全技術の向上から直列6気筒エンジンに回帰する傾向もメルセデス・ベンツやマツダなどを中心に見受けられます。

6.5ℓV型12気筒自然吸気エンジン:F140IA Engine(Ferrari)

4サイクルエンジンでは、エンジンのクランクシャフトが2回転で1サイクル〔行程=吸気~圧縮~膨張(燃焼)~排気〕のため、気筒数が多ければ多いほど出力を生み出す燃焼間隔が短いのでエンジンの回転におけるトルク変動も小さくてスムースに回ります。
つまり、1サイクル=クランクシャフトの回転360°×2回転=720°であるので4気筒であれば180°で1回の燃焼、12気筒であれば3分の1の60°で1回の燃焼が行われています。

エンジンには燃焼(それ自体の)振動(音)も発生しますが、往復運動(レシプロ)の機構では避けては通れない、とても重要な課題が動的質量(運動系部品)の慣性力によって発生する振動です。
振動はあらゆる部分(例えばバルブやカムシャフトの動弁系、他)で発生しますが、今回はその中でも気筒配列の比較で論じられることが多く運動系部品の振動の中で特に大きいピストン~クランク系を取り上げます。

6.0ℓV型12気筒ツインターボエンジン:M279 Engine(Mercedes-AMG)

該当する主な運動系部品を大別すると各気筒における往復質量(ピストン×コンロッド上部等)や回転質量(コンロッド下部×クランクシャフトピン等)の2つで、それらを多気筒化や各種バランサーによってバランス(つり合い)を取ってある程度まで振動を打ち消してエンジンは使用されています。

振動の元になる起振力はピストンの往復方向とクランクシャフトの回転方向に発生していて、往復(レシプロ)運動機構が持つピストン等の直線運動をクランクシャフト等の円運動に力学的に変換していることから、とても複雑な動き(振動)となっています。
いわゆるエンジンの1次振動や2次振動とは、エンジンの振動をフーリエ級数~変換(解析)による1次と2次の成分(円周率と同様に厳密解は出ない)を表しており、工学上、便宜的に往復振動と(それらの気筒配列に伴う)偶力振動の主成分として取り扱われ各種対策が施されています。

自動車ではNoise(騒音)、Vibration(振動)、Harshness(衝撃)のNVHとして振動が分類され、「騒音」としてエンジンの燃焼音、タイヤの走行音や風切り音など、「振動」としてエンジンや車体の振動など、「衝撃」として車体の突き上げ(衝撃)などが工学的に取り扱われています。

V12エンジンの特徴

直列6気筒のエンジンは前述の1次と2次の往復や偶力の振動が発生しないため完全バランスと言われます(厳密には設計上のピストンピンオフセットや寸法の公差が存在するため異なるのですが、明らかにバランスのとれた気筒配列です)。
そのバランスのとれた直列6気筒エンジンをパッケージレイアウトに優れるV字バンク(V型)に2つレイアウトするとV12エンジンとなるため、バランスとパッケージ(スペース効率)の両面から至高の存在です。
Vバンク角(V字の角度)が60°であれば1サイクルに12回の燃焼が等間隔で行われるため、とてもエンジンの回転がスムースでサウンドの面でも極上のフィールをユーザーへ提供します。
実際にV12エンジンの搭載モデルに乗って体感してみれば、その素晴らしさを感じることができると思います。

3.5ℓV型12気筒自然吸気エンジン:RA122E/B(ホンダコレクションホール所蔵)

かつてのF1(Formula1)レース用エンジンでは、ホンダが3.5ℓV型12気筒自然吸気エンジン〔RA122E/B〕にVバンク角75°を採用して不等間隔で燃焼させていた例も存在しますが、これはエンジンの全高をおさえて重心を低くすることを優先させているためであり(重心が低いほど走行時の車体が安定するため)、また不等間隔といっても12気筒ありますので十分にスムースにエンジンは回っていました。
他にも過去には日産のグループCマシンでも3.5ℓV型12気筒自然吸気エンジン〔VRT35〕にVバンク角70°を採用していました。
エンジンの低重心化は、絶対的なスピードを競うレースの世界おいては非常に重要であることが伺える設計と感じます。

5.2ℓV型12気筒ツインターボエンジン:AE31 Engine(Aston Martin)

特徴として、これまでV12エンジンのメリットを中心に述べてきましたが、デメリットについてここで触れてみますと、多気筒であるため同程度の出力を得ようとした場合には、V8やV6エンジンの過給(ターボ等)タイプに比較すると、エンジンの全長が長いため搭載スペースが必要で重量が重いことなどがあげられます。
更にV12エンジンは本体である大型の長尺部品(シリンダーブロックやシリンダーヘッド、クランクシャフト等)の製造、そして、吸気や排気、燃料噴射や点火等の運転制御が大変難しくて一朝一夕に造れるモノではなく、設計も製造も長年の経験から得たノウハウが無くては、とても良いV12エンジンを世に出すことはできません。
結果的にV12エンジンは開発から生産の工程において時間とコストが非常にかかり高額のため需要も限られてしまいます。それらの事情から、実際に市場への投入(販売)やレースへの投入(実戦)してきたメーカーが限られてしまう理由が伺えます。だからこそエンジン屋(専門家)にとっての最終目標とされるのではないでしょうか。

V12エンジンの現在

近年はV12エンジンの生産終了が相次いでおり、先ずは圧倒的静粛性を誇ったトヨタ(センチュリー)のV12エンジンが2017年1月で生産を終了、フィールとパワーで定評の高かったBMWのV12エンジンの生産も2022年6月で終了、メルセデス・ベンツはSクラスにV12エンジンを現在ラインアップせず(Mercedes-Maybachブランドではラインアップ)、フェラーリやランボルギーニもV12エンジン搭載モデル以外のラインアップを充実(V6モデルやハイブリッドモデルの拡充等)させています。
他にもロールス・ロイスやアストンマーティン、ゴートン・マレー・オートモーティブといったブランドなどに今もV12エンジンは搭載されてはいますが、明らかにBEV(Battery Electric Vehicle:バッテリー型電気自動車)の台頭と反比例するように減少していて希少性が高まっています。

それらの背景には社会課題であるカーボンニュートラルに向けたCO2削減を推進するにあたって、多気筒モデルほど増えやすいフリクションや重量から課題になる排出ガスや燃費悪化への対応といった側面があります。
それに伴い、そもそも半導体不足による新車不足等の理由から高騰している中古車市場において多くのV12エンジン搭載モデルは高額で流通しています。

V12エンジンの存在意義

今回は自動車産業の最高峰であるV12エンジンについて、その魅力やメカニズム、現状や将来の展望などについてご紹介してきました。モータリゼーションによって今では多くの人々が自動車を利用していますが、これまでその中心にあった一つはエンジンです。
BEVの普及によってそういった状況が変化しつつありましたが、最新トピックとしては実用(ユーザー利用の)面でのコスト課題等はあるものの、以前からカーボンニュートラルに向けてガソリンや軽油(ディーゼル)の代替案として期待されてきた合成燃料(e-fuel)の開発と普及の推進も加速しており、2023年4月の先進7カ国(G7)による気候・エネルギー・環境大臣会合にて「多様な道筋を認識。水素、合成燃料・バイオ燃料等の脱炭素燃料への言及など」といった共同声明も発表され、エンジンが将来も自動車の中心の一つとして続いていくことも十分に考えられます。

Brand Originality時代におけるV12エンジン(ABeam Consulting)

重要なのは、それらに加えてハイブリッド技術や燃料電池といった全方位での技術や各国の電源政策などをトータルで鑑みた上で、適材適所のパワートレインを地域別に活用することであるため、パワートレインもどれかに一辺倒ではカーボンニュートラル向けての全体ベストは実現できません。
しかしながら、全体ベストに向けて全方位でパワートレインを開発していけるだけの企業体力があるのは一部の大手自動車メーカーのみで、他は事業規模的に難しく、次世代に向けた企業戦略の選択と集中が経営課題となっています。
ブランドオリジナリティが問われる今後、V12エンジンを提供し続けることはまさにブランドの極みで希少性が高まるほどに存在意義も向上していくと推定されます。

いつの時代にも技術で先行するハイエンドモデルは、コストの高い合成燃料とV12エンジンの組み合わせで走行中のカーボンニュートラル実現をリードする日がやってくるかもしれません。

参考リンク)
Mercedes-Benz Group Media
https://group-media.mercedes-benz.com/marsMediaSite/en/instance/ko/Start.xhtml?oid=4836258
ROLLES-ROYCE PHANTOM EXTENDED Series II
https://www.rolls-roycemotorcars.com/ja_JP/showroom/phantom-extended-in-detail.html
Ferrari Prosangue
https://www.ferrari.com/ja-JP/auto/ferrari-purosangue
Aston Martin V12 VANTAGE
https://www.astonmartin.com/ja/models/brochures/v12
Honda RA122E/B
Wikipedia
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%9B%E3%83%B3%E3%83%80%E3%83%BBRA121E
Honda
https://www.honda.co.jp/Racing/gallery/1992/01/
G7札幌 気候・エネルギー・環境大臣会合
https://www.meti.go.jp/press/2023/04/20230417004/20230417004-3.pdf

この記事を書いた人

橋爪一仁

自動車4社を経てアビームコンサルティング。企画業務を中心にCASE、DX×CX、セールス&マーケティング、広報、渉外、認証、R&D、工場管理、生産技術、製造等、自動車産業の幅広い経験をベースに現在は業界研究を中心に活動。特にCASEとエンジンが専門で日本車とドイツ車が得意領域。

橋爪一仁

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