アウディ

“赤いひし形”と “緑の地獄 “の出会い。アウディスポーツGmbHは40周年、ニュルブルクリンクでの特別なキックオフでお祝い!

4つの輪のスポーツDNAを、高性能セグメントにおけるモビリティの未来に、持続可能かつ進歩的な方法で形成したい

40年前の1983年10月10日、「アウディ・シュポルト社 (現在のアウディ)」が誕生した。そして「スポーツ GmbH (現在のアウディ スポーツ GmbH)」は、「クワトロ GmbH」として設立された。現在では、スポーティでエクスクルーシブなブランドイメージを形成する、アウディの高性能車両の製造子会社となっている。アウディでは、赤いひし形が描かれたクルマが、パフォーマンスと高級感、スポーティさを象徴している。

誕生日のお祝いは、次のレースから始まる。2023年5月18日(木)~21日(日)開催の「ニュルブルクリンク24時間レース」からスタートだ。40年間、うち過去10年間だけでも25万台以上の車両が生産され、400以上のモータースポーツのタイトルが獲得された。アウディ スポーツの輝かしい歴史を象徴する数字だ。

ニュルブルクリンクの通称「北コース」、全長20.832kmの伝説的なコース「ノルトシュライフェ」、別名「緑の地獄」は、アウディ スポーツを、ほかのどのサーキットとも違う形で迎えて来た場所であり、ここで40周年を祝うことには、意義がある。ドイツ北西部・アイフェル地方にあるこのサーキットとアウディ スポーツは、レースにおいても、シリーズの高性能車においても、密接な関係を築いているからだ。

【写真24枚】”赤いひし形”が”緑の地獄”を駆け抜ける! 

アウディ スポーツは2002年以来、24時間レースの公式パートナーとして、レース主催者に「オフィシャルカー」を提供。さらに2009年からは「アウディR8 LMS」が長距離レース「アイフェルマラソン」に参戦、アウディスポーツカスタマーレースの年間ハイライトの一つとなっている。2011年からは、旧クワトロ GmbHの一部として、カスタマーレーシング部門が運営され、現在までに6回の総合優勝と3回のGT3クラス優勝を果たし、GT3時代の耐久レースで最も成功したメーカーとなっている。

アウディは、”緑の地獄”で行われる耐久レースのGT3時代において、最も成功したメーカーだ。そのため、アウディ スポーツは、ニュルブルクリンクでの節目の誕生日を記念して、活動を開始した。2023年のニュルブルクリンク24時間レースでは、アウディ スポーツチームの4台のアウディ R8 LMSが、創立40周年を記念してアウディの有名なルビーカラーを使用したレトロなロゴデザインで参戦する。

アウディ スポーツ チーム「シェーラー PHX」のアウディ R8 LMSは、1992年の「アウディV8 qu8」をベースにしたビジュアル。ノルトシュライフェは、その厳しいコース特性から、モータースポーツの課題であるだけでなく、アウディ スポーツの市販車の基準にもなっている。すべての新型RとRSモデルは、開発期間中、この変化に富んだアイフェル・サーキットで数千キロを走破するのだ。

「ニュルブルクリンク・ノルトシュライフェは、世界で最も過酷なレーストラックです。私たちにとって、市販車の開発においてすべてのモデルを極限状態でテストする、魔法のような場所。すべてのモータースポーツファンにとってもメッカのような存在で、だからこそ、この24時間レースで私たちの40歳の誕生日を迎えるのにふさわしい場所なのです」と、アウディ スポーツのマネージングディレクターであり、アウディのモータースポーツ部門の責任者であるロルフ・ミヒル氏は、述べる。

アニバーサリーに向けたエキサイティングなアクティビティ
アウディは、アイフェル・サーキットで開催される24時間レースの週末に、いくつかのアクティビティを計画している。2023年5月19日(金)には、バースデースピリットに則り、元DTMチャンピオンのマイク・ロッケンフェラー、ティモ・シャイダー、そしてアウディ スポーツのマネージングディレクターであるセバスチャン・グラムス、マーティン・トムチクがゼッケン40をスタートナンバーとして参戦する。さらにメディアセンターで行われるチャンピオンズ・トーク」で質疑応答も行う。

アウディの歴史が詰まったさまざまなモデルがリング大通りに展示される。初代「アウディR8」「RS4 アバント」、現行「アウディR8 GT」、コンペティションパッケージを装着した「RS4 アバント」などだ。

もう一つのハイライトは、電気自動車
ラスベガスの街角で、あのケン・ブロックが「エレクトリカナ」のビデオで走らせた「アウディS1 フーニトロン」は忘れられないが、24時間レースの直前にはスポーティで高性能なアウディの電動モデルを、有名なサーキットの沿道で見ることができる。また、ネッカーズルムにあるアウディ スポーツ本社でも、ファンによる祝賀会が開かれる。

「40年目のアウディ スポーツ~Fascination Meets Performance~」と題された記念展示では、アウディ スポーツの全貌がほぼ明らかになる。

絶え間ない変化
1983年、アウディ スポーツ GmbHがクワトロ GmbHとしてわずか数名の従業員で設立されたとき、この会社が将来的に大きな組織になるとは、モータースポーツで大成功を収め、高品質・高性能の自動車を製造するメーカーになるとは、誰も予想しなかった。

クワトロ社として1983年に設立され、わずか数名の従業員でスタートした。創業当初は、”クワトロ”という名称の保護とマーケティング、販売件が最大の関心事であった。しかしそれ以来、会社は発展を続け、新しいビジネスの道を切り開いてきた。たとえば1984年にはアクセサリーの販売を開始。それ以来アウディコレクションのアイテムは、ファンの心をときめかせてきた。洋服も、荷物も、モデルカーも……ライフスタイル・コレクションは、包括的なブランド体験を可能にしてきたのだ。

11年後、もうひとつの重要な柱が追加された。1995年以来、非日常を愛するアウディ スポーツの顧客は、自らのクルマをカスタマイズすることができるようになったのだ。アウディエクスクルーシブが提供するオプションや装備プログラムは多岐に渡り、常に技術的、視覚的なハイライトを保証してきた。その中でも、最も珍しいクルマのひとつが、世界的に有名なアーティストがデザインしたレザーインテリアを持つ「アウディ”Picasso”カブリオレ」だ。

その1年後、クワトロ GmbHは自動車メーカーとして登録され、S.A.C.を発表。「ジュネーブモーターショー」では、初の自社モデルである「S6プラスを発表したのだ。2007年には、4つの輪から生まれた初のスーパースポーツカー、2代目となる「アウディR8」がデビュー登場。このミッドエンジンスポーツカーのGT3バージョンは、カスタマーレーシングプログラムの出発点でもある。

クワトロによって作られた車両は、これまでに世界中で400以上のタイトルと数え切れないほどのレース勝利を獲得している。2014年、R8はネッカーズルム近郊のベリンガーヘーフェに特別な生産ラインに導入された。製造工場とスマートファクトリーを併せ持つのが特徴だ。

これに加え、ミッドエンジンスポーツカー、電動化されたトップモデル、e-tron GT クワトロ* とRS e-tron GTも、現在この工場で生産されている。2016年、クワトロ GmbHはアウディ スポーツ GmbHに名称を変更。アウディ スポーツという名称は、4つの輪が織りなす長年の成功の伝統に基づくものだ。

ロルフ・ミヒル氏は「私たちにとって、確かなことはひとつ。新しい、変わった道を歩み、さらに発展し続けること、これがアウディ スポーツ GmbHの特徴であり続けるのです」と話す。

CARSMEET web編集部

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