コラム

トヨタはいま何を考え、どこに向かおうとしているのか。「執行役員社長 CEO 佐藤恒治氏」インタビュー 後編【これがトヨタの進む道】

佐藤恒治新社長のもと、新たな経営体制で活動をスタートしたトヨタ自動車。そこで、本誌では自動車のリーディングカンパニーであるトヨタの未来へ向けたロードマップを、さまざまな分野をリードするキーマンへのインタビューを通して解き明かしていくことに。第二回目は、豊田章男前社長から新たな舵取り役を任された佐藤恒治新社長への単独インタビューの後編をお届けしよう。

前編はコチラから

自動車会社からモビリティカンパニーへ

岡崎 佐藤さんの社長就任を受け、巷には「新社長は豊田前社長時代に出遅れたBEV戦略を大幅に見直す」みたいな論調が目立ちました。でも以前からトヨタの動きをウォッチしてきた僕からすると、それってちょっと違うんじゃない? と。
佐藤 はい。BEVもやります、ただしプラクティカル(現実的)にやらないとね、というトヨタの方針はなんら変わっていません。4月の新体制方針説明会でお示しした「2026年にBEV150万台」という目線にしても、慌てて増やしたということではまったくなくて、章男さんのときから言っていた「2030年350万台」に向けての順当な経過点に過ぎません。もちろん簡単な目標ではありませんが、バッテリーの確保や工場の手当て、販売力、商品ラインナップといった仕込みは、私が社長になる前から着々と進めています。ただ、五朗さんの言う巷の論調を目の当たりにして、今までよりBEVに関する情報をもっと具体的にアピールしていかなければいけないなとは思っています。
岡崎 それって要するに、水素、ハイブリッド、プラグインハイブリッド、BEVというマルチパスウェイ戦略はわかった、でもトヨタはBEVで本当に勝てるの? という疑問に対する回答ですね。

bZ4XにはじまったBEVは、今後数年でラインナップを拡充。HEVのほかにPHEVが用意される新型プリウス、’23年秋に登場予定のクラウンセダンにはFCEVもラインナップされるなど、トヨタはフルラインの量産メーカーとして多彩なソリューションを提供していく。

佐藤 そうです。そこを考えると、結局のところモノで語ることが大切なんだろうなと。
岡崎 ああ、それは言えますね。不具合はでましたけど、bZ4Xは初モノとしては上出来だと思います。とくに、乗り心地や静粛性、パワートレインの躾はあのクラスのBEVのなかではトップレベルでしょう。ただ、電費や充電性能がライバルを圧倒するようなレベルに達しているかと言えば、残念ながらそうではない。
佐藤 はい。なのでbZ4Xの改良はとにかく全力でやり続けます。そうやって商品力を上げながら、そこで得た知見を今後控えている新商品に入れ込んでもっと魅力的なBEVをつくっていきますよ。
岡崎 となると気になるのが、新体制方針説明会で言及があった、2026年に投入予定の新BEVです。

トヨタ自動車株式会社執行役員社長│CEO
佐藤 恒治
1992年4月トヨタ自動車に入社。初代プリウスのサスペンション設計を担当するほか、レクサスGS開発担当主査、レクサスLCの開発責任者を歴任。その後レクサス・インターナショナルのプレジデントを経て、2023年4月1日トヨタ自動車執行役員・社長に就任。

佐藤 新BEVはゼロから設計したBEV専用プラットフォームを採用することになります。といってもBEVの場合、プラットフォームの概念が従来と大きく変わります。BEVとしての競争力を考えたとき、車台、つまりハードウェアとしてのプラットフォームの影響力は従来より格段に減って、まあ3分の1程度でしょう。で、残りの3分の2を電子プラットフォームと、そこに載るソフトウェアが支配するというイメージです。で、この3つを同時に持ち上げようというのが、僕らが2026年からやると言っているBEVです。
岡崎 つまり、デザインや走りといった魅力に留まらない価値を与えようとしている?
佐藤 その通りです。もちろん、デザインも走りも攻めていきますよ。でもそれだけでなく、今後はBEVを経由していろいろなことができるようになります。

いままでよりBEVに関する情報をもっと具体的にアピールしていきます

岡崎 トヨタは自動車会社からモビリティカンパニーに変わっていくと宣言していますが、まさにそこが糸口になっていくと。
佐藤 僕らは移動にまつわるすべてに関わる企業になろうとしています。いまクルマは人や荷物を動かしていますが、これからはエネルギーもモバイルする時代になっていくでしょう。化石燃料と違い電気は自由に出し入れできます。そこにBEVの可能性を見出そうとすると、バッテリー容量や航続距離も大切ですが、本当にやらなきゃいけないのは電流をどれだけ早く大量に入れ、どれだけ早く抜けるかという技術開発です。そうすることによってBEVの社会的価値が格段に上がっていきます。
岡崎 家庭、あるいは電線とつながってBEVが系統電力のバッファとして使えるようになれば、お天気任せの不安定な再エネをもっと活用できる社会になりますね。
佐藤 さらに、電子プラットフォームとソフトウェアが進歩することによってオープンプラットフォーム化が可能になり、クルマを色々なサービスとつなげられるようにもなるんです。ただ、セキュリティを考えると、現在の電子プラットフォームでは無理があるんですよ。あ、ちょっと難しすぎますかね。

モータージャーナリスト
岡崎 五朗
新聞、雑誌、webへの寄稿のほか、テレビ神奈川「クルマでいこう!」のMCをつとめる。ハードウェア評価に加え、マーケティング、ブランディング、コンセプトメイキングといった様々な見地からクルマを見つめ、クルマを通して人や社会を見るのがライフワーク。

岡崎 いえいえ、ル・ボラン読者の方は大丈夫です(笑)。続けてください。
佐藤 できるだけわかりやすくお話ししますね。今のクルマはエンジンを原点にしているので、電子プラットフォームもECU(エンジンコントロールユニット)が支配的なんです。つまり何もかもがECUにつながっている。それを外部サービスと連携させようとするとADAS(高度運転支援システム)に影響が出てしまったり、エンジン制御に影響が出るリスクが出てきます。だからサードパーティのソフトウェアで素晴らしいものがあってもクルマに取り込めない。とくにADASは人の命がかかっているので、外部からのリスクのある信号は絶対に遮断しないといけません。
岡崎 つまり、今の電子プラットフォームではオープンプラットフォームになれない。
佐藤 はい。そこで我々がArene(アリーン)と呼んでいる開発中の新OSは、ADAS、車両走行系制御、マルチエンターテイメントの3つの領域をOS内で明確に分け、相互影響をしないかたちで自由に書き換えられる仕組みになります。
岡崎 そうすれば無線アップデートの領域は広がるし、サードパーティのサービスも積極的に使えるようになる。
佐藤 その結果どういうことが起こるか。クルマがどんどん進化するだけでなく、デリバリー産業や電力会社など、自動車業界以外の様々な企業と手を繋ぐことでクルマの可能性が大きく広がっていくんです。そのために、手を上げてくれた外部の方とすでに作業を始めています。
岡崎 その頃にはウーブンシティもスタートしているので、様々な方向から様々なアイディアの社会実装を進めていくことになるんでしょうね。

CO2削減に向けた新たなる技術開発

岡崎 EUのe-fuel容認に続き、先日の広島サミットではBEV販売を何割にするといった目標ではなく、自動車保有ベースで2000年に対し2035年までにCO2を50%削減するという共同声明が出ました。これまでのBEV一辺倒主義ではなく、トヨタが主張するマルチパスウェイ戦略が世界に認められたという意味で大きな転換点だと思います。そこでお聞きしたいのがe-fuelの可能性です。
佐藤 今回のG7で保有にフォーカスをあててくれたのは本当によかったと思います。CO2排出という点で保有は新車の15倍のインパクトを持っていますから。そして、保有車のCO2を削減するのにe-fuelは大きく貢献します。
岡崎 ただ、e-fuelに否定的な人もいます。「高すぎる」とか、「十分な量を確保できない」とか、「単なるスーパーカー救済策に過ぎない」とか。
佐藤 たしかに何もしなかったらそうですが、だからこそ技術開発をするんでしょ、と言ってます。その際、鍵を握るのはコストです。原料となる水素だけでなく、オクタン価を高めるための添加剤も高いので、それらのコストを下げていく必要があります。ただしそこはトヨタだけではできないのでエネルギー会社さんと連携しながらやっています。
岡崎 コスト削減の目処は付きそうですか?
佐藤 e-fuelは投資規模が大きいので、需要予測が上がってこないとなかなか前に進まないのも事実です。なので僕らとしては使う領域をとにかく増やしていこうと。JIS規格に入れて、オクタン価を少し下げてでもエンジン側で燃焼を改善してノッキングを抑えれば添加剤を減らすことができるんじゃないかとか、いろいろやっています。5年くらいかけて技術開発をやっていけばある一定量は賄えるのではないか。例えばGRのモデルはe-fuelで走らせようとか、会員制にして指定給油所でe-fuelを給油できるようにするとか。
岡崎 まずはそういうレベル感でスタートして、徐々に量を増やしていけば保有車のCO2排出量を下げることができますね。

トヨタとレクサスが目指すそれぞれの道

岡崎 正直、レクサスはいまもがいているように見えます。プレミアムブランドであるレクサスが目指すべきところと、それをトヨタ内の一部門としてやることの間にある種のコンフリクトがあるのではないか。社長になる前、佐藤さんはレクサスのプレジデントでした。そのあたりはどうお考えですか?
佐藤 五朗さんが言うように、ここ数年のレクサスはクルマの進化はあるけれど、ブランドのフレーバーがどこ向かっているのかちょっとわかりにくかったかもしれません。パワートレインにしてもプラットフォームにしても、トヨタの資産を使えるのはすごく有利なのだから、本来はそれを上手に利用してその先の仕事をレクサスでやればいいのに、トヨタとの違いを出すことに必要以上のエネルギーを使ってしまっていました。

レクサスは2030年までにBEVでフルラインナップ実現を打ち出しているが、上海モーターショーでは、BEVでもクルマの楽しさを追求するブランドの姿勢を具現化したコンセプトモデルを展示した。

岡崎 トヨタを否定するのがレクサスなのではなく、トヨタというベースの上にレクサス流のフレーバーを乗せていくみたいな考え方ですね?
佐藤 そうです。基盤のところはレクサスまで視野に入れたハードウェアをしっかり作り込む。そしてその先の作り込みをどんどんやって、トヨタとの差をどんどんつけていく。クルマは手の入れようの差で乗り味や質感というフレーバーは全然変わってきます。その部分は妥協なくやるということです。なので、自分がレクサスのプレジデントだったときは、そういう取り組みを組織全体に浸透させるための基礎体力作りをやっていました。トヨタには量的拡大の時代に仕事をしてきたメンバーが多いので、安く、簡単につくろうという方向を向きがちなんです。そこで、クルマを作るっていうのはこういうことなんだよという基礎的なことを若いエンジニアに徹底的に教え込みました。NXもそう
ですしRXもそうですが、いいクルマの当たり前をまずはやれるようになろうよ、その先にあるのがフレーバーなんだよ、と。で、ようやく基礎体力は付いてきたので、この先は新しいプレジデントが担当して、クルマをどう動かすとどう感じるのか、みたいなところを徹底的に追求していってくれるでしょう。レクサスらしい運転感覚を今のガソリンモデルやハイブリッドモデルでしっかり作り込んで、その先に作るBEVに繋げていきます。

ナンバーワンではなくオンリーワンを目指すクルマ作りへ

岡崎 たしかにポルシェはBEVでも乗るとポルシェだねってなります。レクサスもそういうことですね。
佐藤 BEVになってもやっぱりレクサスだねって言っていただけるようなクルマ作りをしていかないといけないですし、舌の肥えたお客様があえて選ぶ1台だとすると、そこには選択の意味がないといけない。ナンバーワンではなくオンリーワンのクルマ作りが必要です。具体的には、基礎的なクルマとしての作りの良さと、付加価値の両方が必要だと思うんです。付加価値はこれからどんどん我々らしいBEVを作っていくことだと思います。ご存じのとおりレクサスは2035年に100%BEVブランドになることを目指しています。そういう中で、我々らしいものをどんどん作っていく。レクサスはまさに次のステップに入ったと思います。今後はどんどん面白くなっていきますよ。
岡崎 一方でトヨタですが、以前、豊田章一郎名誉会長のお話を聞く機会があって、こんなことをおっしゃっていました。「小さいクルマ、たとえばスターレットのようなクルマはまったく儲からないんだけど我々はやはり使命として、ああいう小さいクルマもしっかりとやらんといかんのです」と。プレミアムブランドとしてより高みを目指しながらBEV100%ブランドへと変わっていくレクサスがある一方で、トヨタブランドは何を目指していくのでしょうか。

“クルマを通じて幸せを量産する”それが我々のやるべきことです

佐藤 名誉会長の言葉はまさにフルラインナップメーカーであるトヨタの役割そのものだと思います。現代はクルマに対する期待値が本当に多様になっていて、GRブランドのお客様はクルマに対する熱量が本当に高くて、走る歓びをとことん追求されます。レクサスのお客様は本物に触れる歓びを求める方々です。その一方で、生活の道具として経済的で信頼性の高いクルマを求める方々もたくさんいらっしゃる。そういう多様な価値に全て向き合って応えていくことが我々の原点だと思います。トヨタ自動車はミッションとして「クルマを通じて幸せを量産する」ことを掲げています。クルマを通じて人が幸せになったり、アクティブな感情を持てたり、人と人が繋がったり、その結果として社会が
良い方向に向かっていく。そういうことをクルマを通じてお届けしていくのが「幸せの量産」であり、我々のやるべきことなんだろうなと思っています。
岡崎 幸せの量産。読者の方の中には「きれい事言ってるな」と思った方もいるかもしれません。でも、章男会長や佐藤さんのこれまでの言動を見てきた僕には、トヨタのトップが心の底から思っている本音だとわかります。今回はありがとうございました。

フォト:郡 大二郎 photo:D.Kori ル・ボラン2023年8月号より転載
岡崎五朗

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