フェラーリのフラッグシップモデルである12Cilindri(ドーディチ・チリンドリ)が2024年6月11日に日本でお披露目されました。
ドーディチ・チリンドリはフェラーリのフィロソフィーを体現する中核に位置するモデルで、今回はモデル名でもある12気筒(V型12気筒エンジン、12Cilindriとはイタリア語で12気筒の意味)の圧倒的性能を生み出すために新たに投入された技術的アプローチにフォーカス、例えば、新設計されたパーツ等がどのようにメカニズムの進化へ寄与しているか? について、さらにスタイリングのルールを大胆に変えることを目指したという意欲的なデザインなど、その魅力についてご紹介します。
Ferrari 12Cilindri(フェラーリ ドーディチ・チリンドリ)の発表イベント
フェラーリのフラッグシップモデルであるドーディチ・チリンドリがお披露目された発表イベントでは、“ドナート・ロマニエッロ氏(フェラーリ・ジャパン 代表取締役社長)”と“エマヌエレ・カランド氏(フェラーリ S.p.A. ヘッド オブ プロダクト マーケティング)”からのプレゼンテーションが実施されて、フェラーリのドーディチ・チリンドリに対する想い、そして、エンジンやトランスミッションといったパワートレイン、高度車両制御技術、ドーディチ・チリンドリのフェラーリにおけるポジショニング(スポーツカードライバーとパイロットの中間に位置)、エクステリアとインテリアのデザインといった数々の魅力について説明が実施されました。
さらに、ドーディチ・チリンドリの実車と背景映像による演出も実施されて、その調和された実際の見栄えはお見事な演出でした。
自然吸気エンジンの出力向上に向けたアプローチ
ここでドーディチ・チリンドリのご紹介に入る前に、技術進化に向けた新設計、変更(レイアウトやパーツ等)がどのようにメカニズムへ影響するか? の補足として、エンジンの高出力化について少し触れてみたいと思います。
そもそも出力(ps=馬力)とは“トルク×回転数×定数”で1秒間あたりの仕事率を示しており、クルマの加速性能や最高速度、燃費、静粛性や音の量や質等に影響してきます。
その出力の源は、エンジンのシリンダー内の燃焼圧力がトルクを生み出すところにあるため、如何に圧力の総和が高まるように上手く膨張行程で燃焼しているか? とフリクション等の損失はどの程度か? と回転数(速度)がどれくらいか? によって出力は決定づけられます。
ガソリンエンジンにおいて理想的とされる燃焼の理論空燃比は14.7(空気):1(ガソリン)のため、空気が不足していれば、いくら燃料であるガソリンを多量に噴射しても燃焼はせず、ガソリンの比率が空気に対して大きい、いわゆる“リッチ燃焼(濃厚燃焼)”の状態に至ってしまい、むしろ失火やHC(hydrocarbon=炭化水素)といった燃焼が理想的でない場合に多く発生する排出ガスが増えてしまい、良い燃焼の状態からはかけ離れてしまいます(ちなみに“リッチ燃焼”の反対は“リーン燃焼”、つまりは希薄燃焼の状態です)。
燃焼はガソリンが空気と混ざっている状態へスパークプラグで点火することで実現されますので(いわゆる予混合燃焼)、シリンダー内へのガソリンの噴射と吸入される空気(正確には酸素)量や流れと点火のための火花の状態が燃焼の状態を大きく左右していて、その状態についての確認や評価は正味平均有効圧力(BMEP=Brake Mean Effective Pressure)等で実施されています。
昨今の技術トレンドとしては、高圧の直噴インジェクターによって燃料噴射の高性能化が図られているため、如何に空気をシリンダー内に入れられるか? がポイントになってきています。
そこで、ターボやスーパーチャージャーといった過給機が装着されている場合には過給圧(ブースト圧)を上げて空気を大量にシリンダー内に送り込み、同時に高性能インジェクターでガソリンも大量に噴射して、燃焼圧力を高めてトルクを増大させることで出力を効果的に向上させています(つまり、過給機が装着されている場合はトルクで出力を稼ぎます)。
一方でドーディチ・チリンドリのF140HDエンジンように、無過給のNA(Natural Aspirationもしくは Normal Aspiration=自然吸気)エンジンの場合には、(無い)過給機によってシリンダー内に空気を大量に送り込むことはできませんので、出力向上に向けたアプローチは過給機が装着されているエンジンと比較して、限定的で高回転高出力化を軸に重箱の隅をつつくように(過給機が装着されているエンジンでも同様に効果がありますが)、回転数に合わせてバルブタイミングを最適化させて空気を効果的にシリンダー内に取り入れたり、シリンダーヘッドのインテークやその前のインテークマニホールドの形状や表面の状態(研磨等)を突き詰めたりして、少しでも空気をシリンダー内に取り込み、相応に適した量のガソリンを燃焼に最適化させた形で噴射することによって高出力化を図ります。
他にも高出力化を図るための手法として、出力損失そのものであるフリクション(摩擦)の低減にもつながる各運動部品の軽量化やフリクション自体(いわゆるμ係数)を減少させるために摺動面の形状最適化やコーティング等の加工、エンジンオイルの粘性低下(同時に摺動面の部分的直接接触である“境界潤滑”状態に至らぬよう潤滑保持の両立)といった塵も積もれば山となるような性能向上への取り組みも行われています。
例えば、出力を向上させるための高回転化において、特に影響の大きい往復運動部品(ピストンやピストンピン等)の軽量化は、その質量によって生じる慣性力を受け止める回転部品(クランクシャフト等)への負荷(シャフト自体、ピンやジャーナルの軸受け摺動部)へエンジン回転数の乗数で影響してくるため非常に重要なポイントですが、ピストンのように燃焼室の一部として高熱にさらされる部品を軽量化するにあたっては、同時に軽量化(薄肉化等)によって懸念が高まる熱疲労による破損(クラックや溶損等)にも留意が必要で、それを防止するための対策として形状の最適化やオイルジェットによる冷却、或いはいくらかガソリンをリッチ(理論空燃比より過多)に噴射して冷却することでピストンを保護するといった対策措置がとられています。
いずれも軽量で耐久性(強度や熱疲労等)の高い材料をこれらの部品に適用するのが好ましいもののコストとは反比例するのが設計上の課題ですが、ドーディチ・チリンドリのF140HDエンジンでは性能最優先で設計され最高の材料が採用されているのではないでしょうか。
余談ですが、ガソリンを過多に噴射して冷却する手法、いわゆるガス冷却による“極リッチ燃焼の状態”はかつてターボエンジンを中心に頻繁に用いられていましたが、燃費が激悪のエンジン運転(シリンダー内の燃焼)状態でHC等も非常に増加するので極力避けることが好ましいです。
1980年代ごろまでのターボエンジン=燃費が悪いというイメージはこのあたりに起因していると考えられますが、今では高効率(高燃費)を狙ったダウンサイジング×ターボというイメージも定着しつつあって隔世の感があります。
フェラーリが誇るドーディチ・チリンドリのパワートレイン
ドーディチ・チリンドリは、実質的には前のフラッグシップモデルである812スーパーファストの後継モデルで、2002年発表のエンツォ以来、フェラーリが誇る伝統と実績のV12エンジンでシリンダーバンク角に65°が採用されるF140の最新バージョンであるF140HDが搭載されていて、エンジンオイルの潤滑には高速コーナリング時に発生する高い横G等でも安定した潤滑を実現するドライサンプ方式が採用され、8速DCT(Dual Clutch Transmission=デュアルクラッチ・トランスミッション)が組み合わされています。
ドーディチ・チリンドリの真髄とも言えるエンジンについて、ここでパート毎に捉えていきたいと思います。
本来、振動面で理論完全バランスとされる直6(直列6気筒)エンジンが2つ組み合わされたV12エンジンにおいては、シリンダーのバンク角が60°である場合に等間隔燃焼となるのですが、フェラーリは吸気系レイアウトの自由度やエンジン全高を低く抑えられるといったメリットや排気音(エキゾーストノート)の観点からも65°と5°ほどシリンダーのバンク角を広げているものと想定され、それはV12エンジンのメリットである振動のバランス面(片方のシリンダー配列のみでも往復系の質量が釣り合っている)、さらに12気筒で燃焼間隔が短いためトルク変動も少なくスムースで問題にはなりません。
最新バージョンのF140HDエンジンは、ボア×ストロークが94mm×78mmのショートストロークで排気量が6.5L(6496cc)であることを始め、前バージョンのF140GAから基本ディメンションに変更はありませんが、812スーパーファストのデビュー時(2017年)に比較すると、最高出力が+30ps、その発生回転数は+1250rpmへと高回転高出力化が図られ、実に830ps(9250rpm)を自然吸気エンジンで発生しています。
一方、最大トルクは678Nm(7250rpm)で同-4Nm、発生回転数が+250rpmと最大トルクを若干低下させつつ高回転化を図っているのですが、最大トルクを発生する回転数から上の高回転域は回転数の上昇と共にトルクが徐々に低下していきますので(燃焼圧力が高まらずにフリクションによる摩擦力が増えていく状態)、考え方としてトルクではなくて回転数で出力を稼いで最高出力(トルク×回転数のピーク)を発生する回転数、最高許容回転数へとつながりますので、F140HDエンジンは高回転高出力を優先して設計されていると言って良いかと思います。
では、どうやって高回転高出力化やドライバビリティの向上といった進化を技術的に実現しているのか? と言えば、当然ながらエンジンの各所が新設計でチューンアップされています。
主運動系(ピストン~クランクシャフト系)ではピストンに従来と異なるアルミ合金を採用することで軽量化を図り往復質量による慣性力を低減、またチタン製コンロッドの採用で回転質量をスチール製と比較して40%も低減(コンロッド質量のおよそ2/3程度が大端部側で回転質量、残りが小端部側でピストン等と同じ往復質量とされる)、さらにクランクシャフト自体を3%軽量化、リバランスも施して回転質量による慣性力を低減させることによって、クランクシャフトの高回転化の課題である捻じれやクランクジャーナルのメタル焼き付き防止等を図り高回転化を実現していると考えられます。
動弁系(カムシャフト~バルブ系)では、フェラーリのF1(Fomula1=世界最高峰のモータースポーツの一つ)での知見を活かしたスライディング・フィンガーフォロワー(バルブ駆動方式の一つ)にDLC(Diamond-Like Carbon=ダイヤモンド・ライク・カーボン)コーティングの加工がなされていて、フリクションを減らして機械的損失を低減することで高出力化に寄与しています。
吸気系(インテークマニホールド~シリンダーヘッドのインテーク系)では、可変ジオメトリー吸気ダクトシステムによって、絶えず吸気ダクト長を変化させてシリンダー内への空気の充填効率を最大化、またレゾネーターの位置を変更することで音もチューニングしていて、さらに2つの燃料ポンプと4本のレールによる35MPaもの高圧ガソリン直噴システムによって、1サイクルで3回の燃料噴射も実現して高度に燃焼がマネジメントされています。
排気系(シリンダーヘッドのエキゾースト~エキゾーストマニホールド、触媒&マフラー系)では、最新の排出ガス規制である(EU6E、中国6B、BIN50)に準拠するように最先端のパティキュレート・フィルターと組み合わされたセラミック触媒コンバーターが採用されていて、さらに“6-in-1”の等長エキゾーストマニホールドによって排気音をフェラーリ特有のV12エンジンによるエキゾーストノートの咆哮を奏でるようにチューニングが施されているようですが、バンク角が65°であるのも少なからずポジティブにこのあたりへ影響しているものと推定されます。
制御系(ソフトウェア等による電子制御系)では、革新のアスピレーテッド・トルク・シェイピング(Aspirated Torque Shaping=ATS)システムによって、トルクカーブを3速と4速のギアにおいて可変させることでスムースに、よりトルクの感覚を向上させているとのことで、通常はどうしてもギア比の関係で運転時のトルク感に谷間ができてしまうエンジンの回転域を補うこのシステムは画期的で、エンジンもトランスミッションもプログラミングにおける変数が増えてより高度で複雑化していくと想定されるので、進化余地が大きい次世代の開発領域と言えるのではないでしょうか。
いずれも忘れてはいけないのが前バージョンも当時においては究極にまで研ぎ澄まされ突き詰められた設計、仕様であったことで、技術の進化に終わりがないことを表しています。
しかし、定量的に評価できる部分は進化が確認できるものの、定性的にしか評価できない部分、例えば、エンジンで言えばエキゾーストノートや振動、アクセルからのフィーリングなどは個々の好みでも評価は分かれるため、何が良いかを論ずるのは非常に難しい部分で何が好きかの世界ではないでしょうか。
フェラーリのフラッグシップモデルにおける新デザイン
実車を目の前にした全体としてのドーディチ・チリンドリの印象は、一見すると典型的なFR(フロントエンジンのリアドライブ)レイアウトのクーペですが、その懐かしさを感じさせるところと映画に出てきそうな未来感が絶妙に融合されて均整のとれたプロポーションです。
エクステリアのデザインのコンセプトは、走りのパフォーマンスを妥協せずにエアロダイナミクスを追求しつつもエレガントさを損なわないことを前提にしているそうで、時速60km~300kmでハイダウンフォースに切り替わるリア・スクリーンと一体化した2個の可動式フラップも装着されています。
「フェラーリのこれまでのV12フロントミッドシップエンジンのスタイルコードを根本的に変えたい」とフェラーリ・スタイリング・センターの責任者でチーフ・デザイン・オフィサーである“フラビオ・マンゾーニ氏”も提唱しているように、フェラーリらしい官能性は残しつつも前モデルからスタイリングのルールを大胆に変えることをドーディチ・チリンドリでは目指したそうで、FRレイアウトらしい大型のエアダクトが装着されたフロントバンパーからボンネットを経てテールまでつながる連続的で躍動感のあるフォルムの上面に対して、側面はフロントフェンダー周りの幾何学デザインにスリットが入り、フラットでシャープな面を中心に構成されリアフェンダーまでつながっているところに新しいデザインを感じます。
とても特徴的と感じたのは斜め後方からのアングルで、マッシブなリアフェンダーからテールにかけて力強さが感じられ、テールライトが埋め込まれたくぼみがアクセントとなってシャープさを醸し出しているのが印象的です。
ドーディチ・チリンドリのインテリアは、既にFerrari Roma(ローマ)やFerrari Prosangue(プロサングエ)でも採用されているデュアル・コックピット・アーキテクチャーにインスピレーションされているそうで、左右がおおよそ対象のデザインとなっていて、運転席と助手席で近しい風景が乗員に提供されています。
またインテリアには環境やサスティナブルへの配慮がなされていて、リサイクル・ポリエステルを65%含むアルカンターラを始めサスティナブル素材が使われているとのことで、それらの素材はもちろんのこと、空間としてフェラーリのフラッグシップモデルらしいスーパーカーの雰囲気と高級感が両立されていて、3つのディスプレイで構成された新しいヒューマン・マシン・インターフェース(HMI)が導入された運転席にはスポーツドライビングに適した視認性の高いインフォメーションが提供されます。
最先端のダイナミクス制御技術が満載の車体コントロール
最高速=340km/h、0-100km加速=2.9秒、0-200km加速=7.9秒と凄まじい動力性能を持つドーディチ・チリンドリには、Ferrari 296 GTBから導入された6Dセンサーによる高性能ブレーキ制御システムのABS EVO、後輪操舵のバーチャル・ショート・ホイールベース(PCV)3.0、横滑り制御装置のサイド・スリップ・コントロール(SSC)8.0といった最新の電子制御デバイスが各種装着されていて、前モデルに比較してねじり剛性が15%高まったボディと、理想に近いフロント48.4%でリア51.6%という車両の重量配分、フロントが398×223×38mmでリアが360×233×32mmの強力なカーボンセラミックブレーキと相まって、フェラーリのフラッグシップモデルに相応しい高い走行パフォーマンスを安定して発揮できる技術が備わっています。
そして、フェラーリのプロダクションモデルとしては初めて、ギアボックス・サブフレームのショックタワーに100%の二次(リサイクル)合金が使用され、製造時に1台あたり146kgのCO2排出量を削減、インテリアのリサイクル・ポリエステルの利用等も含めて、フェラーリにおいてもサスティナブル対応が着実に図られてきていることに、今後もスーパーカーとドーディチ・チリンドリ(12気筒)エンジンが存在していくと期待することができ嬉しくなります。
参考リンク)
オフィシャル・フェラーリ・ウェブサイト
https://www.ferrari.com
Ferrari 12Cilindri
https://www.ferrari.com/es-ES/auto/ferrari-12cilindri
Ferrari 12Cilindri 未来に惹かれて(デザイン)
https://www.ferrari.com/ja-JP/magazine/articles/the-12cilindri-drawn-to-the-future
この記事を書いた人
自動車4社を経てアビームコンサルティング。企画業務を中心にCASE、DX×CX、セールス&マーケティング、広報、渉外、認証、R&D、工場管理、生産技術、製造等、自動車産業の幅広い経験をベースに現在は業界研究を中心に活動。特にCASEとエンジンが専門で日本車とドイツ車が得意領域。