
昨年9月にルクセンブルクで国際試乗会が開催されたフェラーリ12チリンドリに続き、そのスパイダー仕様の試乗会がポルトガルで開催された。フェラーリは同時にリリースしなかった理由を「感情を一度に多く与えすぎないようにするため」と説明。しかしその意図は、ステアリングを握ればすぐに腹落ちした。V12エンジンのオープントップは、新しいフェラーリワールドを見せつけてくれた!
歴史を尊重しながら未来志向の造形美を確立
2月のリスボンの朝は静かに明け、澄み切った空気が心地よい緊張感を纏わせる。特別なモデルのステアリングを握る期待に胸が高鳴る中、ホテルのエントランスに姿を現したのは、12チリンドリ・スパイダー。フェラーリが誇る最新のV12フラッグシップオープンモデルの存在感は圧倒的で、朝の光の中で輝きを放っていた。まず目を奪われるのは、その気品に満ちた佇まい。1950年代から1960年代の伝説的なグランツーリスモの血統を色濃く感じさせながら、未来的なデザイン要素が見事な調和を見せている。特に印象的なのは、ミッドフロントに搭載されたV12エンジンの存在感を主張する長大なボンネットと、後輪上に絶妙なバランスで配置されたキャビンが生み出す完璧なプロポーションだ。これは単なるレトロデザインではない。1968年の365GTB4へのオマージュを含みながらも、1970年代のSF的要素を取り入れた未来志向の造形美なのだ。
【画像24枚】「フェラーリ12チリンドリ」のフォトギャラリーを見る

排気系には同じ長さのダクトを持つ2つの6×1マニホールドを配置し高周波音を強調。これがV12特有の咆哮を生み出すことに寄与して いる。また、フェラーリの自然吸気エンジンでは初めて、エンジン回転数とギアポジションに応じてトルク曲線を最適化する「ATS」を採用。
しかし、このクルマの真の魅力は、その心臓部にある。自然吸気V12エンジンの開発は、2021年に始まった大胆かつ挑戦的なプロジェクトだった。電動化とターボ過給が主流となる時代の潮流に逆らい、純粋なV12エンジンを追求する決断は、当時は無謀とも思われた。しかし、その決断は間違いなく正しかった。9250rpmという高回転域で830㎰ものパワーを発揮し、さらに9500rpmまで伸び続けるこのエンジンは、まさにフェラーリの魂そのものを体現している。 さらに注目すべきは、エンジンに結集された最新技術の数々だ。自然吸気エンジンとして世界で初めて採用されたATS(Aspirated torque shaping)システムは、エンジン回転数とギアポジションに応じてトルク曲線を最適化する革新的な技術である。これにより、全回転域において途切れのない力強く滑らかな加速を実現している。さらに、F1テクノロジー直系のスライディング・フィンガー・フォロワーや、航空宇宙技術から派生した軽量チタン製コネクティングロッド、最新の金属工学を駆使して開発されたアルミ合金ピストンなど、数々の技術を集めた仕様には目を見張るものがある。

リトラクタブルハードトップは時速45km/hまでの走行中な ら14秒で開閉が可能。15個のスピーカーを備えたバーミス ターオーディオシステムにより最上の音楽も楽しめる。
エンジンを始動させた瞬間、V12 特有の深い咆哮が心臓を高鳴らせる。緻密に設計された吸気システムと、職人技で調律されたテールパイプから織りなされるサウンドスケープは、まさに至高の芸術といえる。開発陣が何千時間もかけて追求したという音色は、まさに綿密に計算され調整された音響芸術品そのものだ。特に印象的なのは、高回転域に向かって刻々と変化していくエンジン音質の変化。それは単なる機械音の域を超え、フェラーリならではの感動と興奮を呼び起こす壮大な“交響曲”として響き渡る。
また、リトラクタブルハードトップの採用は、このクルマの多面的な性格を表現した結果といえる。わずか14秒という短時間で開閉可能なルーフシステムは、時速45㎞までなら走行中でも操作できる実用性を兼ね備える。閉じた状態では優れた防音性と最適な温度管理を実現し、開放時には爽快な開放感と風を感じる贅沢な体験をもたらしてくれる。特筆すべきは、徹底的な空力開発の成果だ。フライングバットレスの前のフラップ設計や、ウインドストップ技術の最適化により、高速巡航時でも会話を楽しめるほどの快適な室内環境を維持することに成功している。

ミッドフロントにV12エンジンを搭載し、長いボンネットとほぼ後輪上に配置されたキャビンを特徴とするクラシカルなスタイリング。デザイナーは、365 GTB4とSF的要素の影響を受けた70年代カーデザインか らのインスピレーションを受けて、未来志向のスタイリングを完成させたという。
いよいよ、市街地から起伏に富んだ丘陵地帯、そして開放的な高速道路へと続く、半日のテストドライブの時が訪れる。ステアリングを握った瞬間から、このクルマの特別な存在感が全身に伝わってくる。まず、発進直後から感じられるのは軽快さだ。強大なパワーを持ちながら、その出力特性は繊細にコントロールされている。 ATSによって最適化されたトルクも、特にクルージングギアでの加速において圧倒的な真価を発揮する。エンジンとギアボックスの完璧な協調は、ドライバーに途切れのなく力強い加速感をもたらし、まるでひとつの生命体のように車両全体が呼吸を合わせているかのような感覚さえ覚えることがある。 コーナリング時の挙動も秀逸のひと言に尽きる。ミッドフロントエンジンレイアウトがもたらす理想的な重量配分と、数千㎞にも及ぶテスト走行により調整されたシャシーが、スポーティな走りと快適性を驚くべき高次元で両立させている。特に高速コーナーでの安定性は特筆すべきもので、テール本体に組み込まれたアクティブフラップの巧みな仕事により、まるでレールの上を走るかのような安定感を実現してくれる。

キャビンは左右対称構造で、15.6インチのドライバー用と8.8インチのパッセンジャー用の2個のディスプレイから構成され、両者の中央に10.25インチのタッチスクリーンが備わる。ステアリングには、他 の最新モデル同様に静電容量式を採用。また、緊急ブレーキアシスト(EBA)、レーンキーピングアシスト(LKA)なども標準装備される。
しかし、この12チリンドリ・スパイダーの真の価値は、その類まれな万能性にあると強く感じた。ワインディングロードでの走りはもちろんのこと、街中での優雅な巡航も得意としながら、世界各国の厳しい排出規制にも完璧に適合している。さらには実用的な面も考慮され、200ℓというトランクスペースを確保することで、週末のロングドライブも躊躇することなく楽しめる設計となっている。
フェラーリ12チリンドリ・スパイダーは、既存のスーパーカーの概念を超越した特別な存在であった。それは、75年以上に渡って築き上げられてきたフェラーリの歴史と最先端のテクノロジーが見事に調和した究極の結晶であると感じたからだ。自然吸気V12エンジンという原点回帰とも解釈できる大胆な選択は、むしろ未来のスポーツカーの在り方に対する力強い意思表示として輝きを放っている。 夕暮れのリスボンの空を背景に、エンジンを静かに停止させる。その瞬間、このクルマが単なる移動手段を超えた存在であり、自動車という工業製品が到達しうる最高峰の芸術性を体現していることを、実感した。それは、人間の持つ情熱と技術、伝統と革新が完璧なバランスで調和した、真の意味での傑作なのであろう。

ネックウォーマーなどスパイダーとしての基本装備は完備するが、カーボン・ファイバー製サベルト・レーシング・シートの座り 心地はパフォーマンス性重視という印象。
【SPECIFICATION】フェラーリ・ドーティチ・チリンドリ・スパイダー
■車両本体価格(税込) =62,410,000円
■全長×全幅×全高 = 4733×2176×1292mm
■ホイールベース =2700mm
■トレッド=前:1686、後:1645mm
■車両重量=1620 kg
■エンジン形式/種類= F140HD/V12DOHC48V
■内径×行径 = 94.0×78.0mm
■総排気量=6496cc
■最高出力= 830ps(610kW)/9250rpm
■最大トルク=678 Nm(69.1㎏-m)/7250rpm
■燃料タンク容量 = 92 L(プレミアム)
■トランスミッション形式= 8速DCT
■サスペンション形式= 前: Wウイッシュボーン/コイル、後 :マルチリンク/コイル
■ブレーキ =前後:Vディスク、後:Vディスク
■タイヤ(ホイール)=前:275/35R21、後:315/35R21
問い合わせ先=フェラーリジャパン☎︎ 03-6890-6200