コラム

シトロエンの未来と過去がパリで交差。プロトタイプ「Oli」「アミ」と電動「2CV」に見る、色褪せぬMM思想

手前から順に、シトロエン・アミ、アミ・バギー・ヴィジョン、Oli(オールイー)
シトロエン・アミ・バギー・ヴィジョン
シトロエン・アミ・バギー・ヴィジョン
シトロエン・アミ・バギー・ヴィジョン
シトロエン・アミ・バギー・ヴィジョン(左)
シトロエン Oli(オールイー)
シトロエン Oli(オールイー)
シトロエン Oli(オールイー)
シトロエン Oli(オールイー)
シトロエン Oli(オールイー)
シトロエン Oli(オールイー)
シトロエン Oli(オールイー)
シトロエン 2CVのBEV
シトロエン 2CVのBEV
シトロエン 2CVのBEV
手前から順に、シトロエン・アミ、アミ・バギー・ヴィジョン、Oli(オールイー)

時空を超えた電動体験にパリで降参

デザインスタディやプロトタイプというのは自動車メーカーによって捉え方がまちまちで、「市販前の未完成品なんだから忘れてくれ」という雰囲気のブランドもあれば、量産品として制約フィルターがかかる前の「ピュアな状態としてよく覚えておいてくれ」とでも言いたげなブランドもある。シトロエンはモロに後者のタイプで、メディア関係者に定期的なプロトタイプ体験をさせるのはマストと考えている節すらある。アイデアなくしては実践も実現もないからだ。

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最新プロト2台が示す、徹底した合理性の先の「楽しさ」

今回はフランスはパリの南、ヴェリジーにあるステランティス・デザイン・センターでの取材となった。旧PSA時代、オートモーティブ・デザイン・ネットワーク(ADNは仏語でDNAの意味もある)として落成した、船のようなカタチをした建物は空軍基地の隣にあって、空から不埒な盗撮をされることがないから選ばれた立地だ。開発中のプロトタイプを太陽光の下に置くためにある、広大なテラスの上で迎えてくれたのは、「アミ・バギー・ヴィジョン」と「Oli(オールイー)」という、最新のプロトタイプ2台だ。

まずアミ・バギー・ビジョンの方だが、ノーマル・アミの155/65R14サイズではなく、幅広のマッドテレイン・タイヤを履く以外、今夏から欧州市場に投入された「アミ・バギー」市販版とほぼ同じ。オーバルのパイプ・ドアにサーフボードやリュックサックを引っかけられるアタッチメントがあって、キャンバストップ仕様でバイザーとリアウイングも備わる。ガーニッシュが廃されてヘッドライト2灯が高めにもち上げられたフロントフェイスは、マイチェン版アミと共通する。前後のボディパネルは、ライトとシトロエンのグラフィカルな新ロゴ、ウインカー位置までまったく一緒。サイドパネルは対角線上に同じパーツで、ウインドウスクリーンは前後で違うが、クオーターウィンドウは対角で同じ形だ。量産にあたってどれだけパーツを共用化できるか、極限まで突き詰めたミニマリストはなはずの外観が、ここまでファニーに見えるというのが、ポイントなのだ。

インテリアのプラスチックぶりは半端ない。ステアリングもそうだが、ステアリングセンターのポーチは市販版と色が違うだけ。ダッシュボードもシートもフロアも、可能な限りプラスチックの一体成型となっている。トレイやフックだけが蛍光レッドで強調された収納スペースの造りと配置が、そのままアクセントにもなっている。

このワクワクするようなモジュール志向とプラスチック使いの中で、走り出して驚くのは、意外なほどステアリングフィールがきちんとしていることだ。バルーンタイヤなのでしっかりしているというより、その柔らかい感触が伝ってくることに驚いた。いわゆる「原付」の範疇ながら、「クルマらしさ」は感じられるし、そもそもこの開けっ広げな走行感をこのサイズでBEVで、他に真似のできる乗りものがない。

人が乗れるほど強固な段ボール製ルーフ。究極のミニマリズムが実現する豊かさ

このよくまとめられたレジュメか方程式のように、計算され尽くした理性的な何かから、ファンというか本質的な愉しさが湧き上がって来るのが、シトロエンの妙味にして毒といえる。それはオールイーにも共通するものだ。まずジープ・ラングラーかメルセデス・ベンツGクラスのように、全面フラットでそそり立ったフロントスクリーンが目を引く外観だが、よくよく見るとリアに荷台ベッドを備えたピックアップトラックだったりする。ヘッドライトの内側がクラスタ状でスリーブロックのLED、そしてリアコンビランプが整流翼を兼ねたカタチは、最新世代のC3やC5エアクロスにも受け継がれたところだ。

ただしオールイーはBEVだが、単なる先行デザインに終わらない。大きく重くなる一方のBEVに対して、何をもって必要十分とするか? の問いの下に、BEVはおろか自動車そのものを再定義し直すというコンセプトカーだ。いわば2CVの時代から、今どきの必要十分条件とは何かを問い続けてきたシトロエンにとって、お馴染みのお題といえる。

まずボンネットやルーフなど黒いパネルは、ハニカム補強の段ボールを薄いプラスチックでラミネート状に覆ったもの。これは化学メーカーBASFとの協力によって開発されたボディパネルで、軽量にも関わらずスチールよりも剛性が高い。人が登ってルーフに乗っても大丈夫なほどだ。インテリアでも、たった3点のパーツで構築されたシート、スニーカーのソールと同じクッション性あるポリウレタンのフロアなどが、BASFとのコラボによる。

これらは軽く、安価に、生産しやすくリサイクルしやすく、設計されているだけが特徴ではない。ダッシュボード両端には円筒状の凹部があって、JBLのポータブル・スピーカーを挿してブルートゥースでスマートフォンから音楽を鳴らせる。ケーブルも不要ならダッシュボードと一体成型で実現したソリューションでもあるし、この左右両端のスピーカーというモチーフは新型C5エアクロスにも活きている。1980年代によくいわれた、マン・マキシマム・メカ・ミニマム(MM)思想が、今も当たり前のようにシトロエンには息づいているのだ。

乗り心地はそのままに、より静かに。レトロフィットBEVが持つ、失われない価値

もうひとつのインパクトは同日の午後、シトロエン2CVのBEV体験だった。ステアリングを握っての試乗でこそないが、「キャトル・ルー・スー・ザン・パラプリュイ」という2CVによる観光ツアーの草分けの会社が、実際に業務にBEVを用いている。数年前のCOP21ことパリでの気候変動枠組会議のときに、プロジェクト化され5年の歳月を経てBEVコンバート仕様として仕立てられた個体だ。フランス政府やイル・ド・フランス地方の意図や後押しもあったとはいえ、当時は欧州の都市部で排ガス規制が始まった頃でもあった。何より、レトロフィットによるBEVとして、2CVが象徴的に果たす役割と効果は、誰しも納得するところだったのだ。

フランスにはヒストリックカーをBEV化するキットはいくつかある。でもこのグリーンの2CVのそれは完全なオリジナルで、リアトランクの底面に敷かれたバッテリーは10kWh弱、スペアタイヤも失われていない。運転手さんいわくパワー感も後期型の602ccエンジンとさほど変わらないレベルで、3速マニュアルながら市街地で3速に入れることはほとんどなく、発進から2速で十分なトルクがあるそうだ。

乗り込む前はリアサスが少し沈んでいるように見えたが、後席の乗り心地は柔らかく、何も損なわれていない。電気モーター特有のシューンといった音こそあるが、むしろ抑えが利いた乗り心地だし、ICEのポロポロッという独特のエキゾースト音より静かで、匂いもしない。やはり元々が軽量でミニマムであることは、何ものにも代えがたい。ゼロエミッションになっても2CVが、今のパリにこうも馴染むとは不思議な心地がしないはずもない。

ただ切り詰めただけの必要最低限にありがちな「スマートさ」ではなく、余裕やマージンをたっぷり見込んだわけでもない。だが余白を生み出せるのは、果断の積み重ねでもある。シトロエン的な思考は電動化の時代にも、軽やかさに貫かれているようだ。

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南陽一浩

AUTHOR

1971年生まれ、静岡県出身、慶應義塾大学卒。ネコ・パブリッシング勤務を経てフリーランスのライターに。2001年より渡仏し、パリを拠点に自動車・時計・男性ファッション・旅行等の分野において、おもに日仏の男性誌や専門誌へ寄稿し、企業や美術館のリサーチやコーディネイト通訳も手がける。2014年に帰国して活動の場を東京に移し、雑誌全般とウェブ媒体に試乗記やコラム、紀行文等を寄稿中。2020年よりAJAJの新米会員。

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