小さな断片から自動車史の広大な世界を管見するこのコーナー、今回はパリでその才能が見出されて、世界的な自動車画家となった吉田秀樹画伯の日本での個展が開催される機会に、彼との思い出を綴ってみようと思う。
深淵なる表面、吉田秀樹の世界へ
歴史を重んじるヨーロッパではレジェンドレーサーたちも大事にされるし、吉田秀樹画伯のような芸術家は崇敬される事をまざまざと見た。ルネ・アルヌーやポール・フレールと談笑する、吉田さん。
初めて吉田秀樹画伯の存在を知ったのは、雑誌で紹介されたフランスのフェラーリ愛好家たちの記事だった。
吉田さん最新の作品集『REFLETS』はフランス語で英語ならREFLECTIONに充当する、反映とか反射とか表層の輝きを意味するが、吉田さんの作品はクルマのボディの一番表層の極薄(アンフラマンス)の反映を描きながら、深い世界が表現されている。
フェラーリ250GTOやTdFなどのオーナーたちが週末に集まってコテージで過ごしたり、ドライビングを楽しんだりしているライフ・スタイルで、そのソサエティのなかに吉田さんもいた。日本の現状とはかけ離れた、夢のような情景だったから、とても遠い世界の人として吉田さんは現れたのであった。
これはセイコーエプソンが高性能プリンターを開発した際に、実験的に制作した吉田さんの作品集。凝った作りの特装本で、ほとんど市場には流布されなかった稀覯本。
1986年ごろから日本でも吉田さんの個展が東京や京都で開催されるようになり、初めて見る原画にあらためて感動を覚えた。清らかで瑞々しく、過剰なものがなくミニマムであり、クルマの表面を描いているのにもかかわらず深みがあり、静謐で凛として張り詰めた作品は、それまで見慣れた自動車のイラストとは次元の違う、芸術家による本当の絵画作品であった。
最初に刊行された画集『Le Charme de L’Automobile』。Charmeは英語のCharmと同じく魅惑とか蠱惑の意味。クルマへの憧れから出発した吉田さんの姿勢と、その作品の魅力の両方を顕している。
最初にリトグラフを手に入れた時の感激は忘れられない。その頃は、ジャッキー・イクスが富士スピードウェイのWECのレースで来日するたびに訪れていたミニカーショップ・コジマのご主人が吉田さんの大ファンとして日本での展覧会を応援されており、小嶋さんの紹介で、吉田さんにお目にかかる機会を得た。
イタリアでボディを制作する時には針金で型を作り、それに合わせて鈑金をするが、それを描いて素晴らしい作品になっている。デザイナーの中村史郎さんは「単純に見えるが、こういう表現ほど難しく、作者の技量があらわになることはない。これは完璧だ」と唸っておられた。
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中村デザイナーの指摘のように、そのデッサン力と構成力の高みは、こういうミニマムな表現でこそ明らかにされる。海外のヒストリックカーイベントで参加者への記念品として吉田さんの版画が配布されているのを見て、コッパディ小海でも依頼した。
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中村デザイナーの指摘のように、そのデッサン力と構成力の高みは、こういうミニマムな表現でこそ明らかにされる。海外のヒストリックカーイベントで参加者への記念品として吉田さんの版画が配布されているのを見て、コッパディ小海でも依頼した。
だんだんと親しく交友させていただくようになり、吉田さんも私が携わるコッパディ小海に出場されたこともあったが、それ以上に私がヨーロッパに滞在したおりにお世話になることが多かった。ル・マンに出場したフェラーリばかりを集めていた最高のフェラーリ・コレクターだった故ピエール・バルディノンさんをご紹介いただき、その友人だけに見せるコレクションや私設サーキットを訪問させていただいたり、フランスのいろんなイベントにも同行させていただいた。
フェラーリ50周年記念イベントは空前絶後の規模と内容で、吉田さんと一緒に参加できたことはこのうえもない僥倖だった。過ぎし日々、通り過ぎて来た風景は夢に等しいが、それを永遠に固定するための絵画作品であり写真でもあるのだろう。
吉田さんの作品を身近なものにするために、高原書店の尽力でポストカードも企画されたが、これもだんだんとレアなものになってきた。
モンレリーのサーキットも吉田さんの友人たちと一緒に走ったし、モナコ・ヒストリックやル・マン・クラシックにも、その第1回目に招待されたのは、吉田さんの交友関係あってのことだった。様々なヒストリックカーを観ることができたが、それ以上に吉田さんと一緒にいるということで、書物でしか知らなかった歴史的人物から親しく言葉をかけていただき、感激もひとしおだった。吉田さんのおかげで、ヨーロッパのヒストリックカー社交界への扉を開いていただいたようなものだ。
フランスのモンレリーやイタリアのジェノバなどのヒストリックカーイベントでも吉田さんの作品がポスターとして使われてきたが、イベントの性格に合わせてちょっと画風を変えているようだ。
パリではたびたび吉田さんの個展が開催されてきたが、下は2015年のDM。上は日本でのDM。
楽しい思い出はつきないが、フェラーリの50周年記念イベントに250GTルッソで一緒に出場した時に、ローマ市街を見下ろすテラスでジョン・サーティースら歴代のスクーデリア・フェラーリのレーサーたちと共に夕刻のアペリティフの時を過ごしたことは永遠に忘れられない。
以前の吉田さんの企画展で製作されたトミカはレアなアイテムとして人気が高いようだ。今回の展示会でも、トミカの吉田秀樹バージョンが、ごく少量制作された。
今回の企画展ではマグカップやキーホルダー、そしてしゃれた意匠のTシャツや扇子などが、記念品として少量ロットで製作された。
Text:岡田邦雄/Photo:横澤靖宏/カーマガジン485号(2018年11月号)より転載