魅力的なカスタマイズプログラム
確か当初は全29色から始まっていたはずだが、いつの間にかオレンジ系が1色に統一され、全26色に減っていたことに軽くショックを受けた。スタートした当初、ヒマにあかせて自分の妄想仕様を、あれこれコンフィギュレーターで仕立てていたのだが、実際にディーラーで商談に至るだけの度胸と頭金は、いまだ用意できていない。昨年からアルピーヌが展開しているインディヴィジュアライズ・プログラムの、「アトリエ アルピーヌ」のことだ。
今年、アルピーヌ・ジャポンがそのサンプルとして取り寄せた広報車は、何と「チューリップ・ノワール(黒いチューリップ)」と名づけられたパープルに、「セラック」という星型スポークのゴールドを履いていた。みなとみらいに繰り出して早々、まだ何も起こしていないうちからパトカーの粘着質な視線が不当な、そんなド派手仕様だったのだ。
この「チューリップ・ノワール」自体は1970年代、つまり旧A110の時代にカタログにラインナップされていたものの、総計5台しか出なかったレア中のレア色。売れなかった失敗作のボディカラーと安易に断じられやすいが、当時のアルピーヌの規模を思えば必ずしもそんなことはない。ちなみにアトリエ アルピーヌの全26色は、各色とも全世界110台づつに限られているので、センターコンソール下のプレートには、「TULIPE NOIRE 06/110」の刻印があった。
新生アルピーヌのデザイナーやカラーリストたちは、創業直後の1960年代からカタログにラインアップされていたボディカラーを厳選し、生まれ変わったA110で復刻させた。これら「ヘリテイジカラー」をさらに絞った全26色のボディカラーに加え、白・黒・シルバー・ゴールドを選べるホイール数種に、4色のブレーキキャリパー、2色のレザー仕様を含む内装を、アトリエ アルピーヌでは組み合わせられる。オプション選択ではあるが、細かに自分好みに仕立てられるテーラーメイド仕様なので、フランスの感覚では、よりスクラッチビルド的な「シュル・ムジュル」よりハードルは低い、「ドゥミ・ムジュル」感覚のサービスだ。ピュアにリネージGT、Sという3種類のみのラインアップで、量産モデルとはいえ手作業による差配の大きなディエップ工場だからこそ可能になったサービスといえる。
ヘリテイジカラーは26色以外にもアーカイブされているので、時折、年間限定モデルとして出てくる特別仕様は、デザイナーの過去インスピレーションといえる。昨年の「カラーエディション」である「ジョヌ・トゥルヌソル(ひまわりのイエロー)」が、まさにそうだ。いずれこれらの懐かしいカラーリングは、現行のアルピーヌ・ブルーやブラン・グラシエと呼ばれる白のような、どちらかといえばモダン・タッチのレギュラー定番色とはまた異なる、別の魅力となっている。懐かしい、とは述べはしたが、色によっては新型A110がさらにモダンにも見える、そういう奥行きをも秘めたカラーだ。
筆者もコンフィギュレーター上で遊んでいた時、チューリップ・ノワールにゴールドの組み合わせは当然、試していた。だがホイールは「セラック」ではなく、往時のゴッツィ風「レジェンド」のゴールドという古典的な選択をしていたので、今回の紫×セラックゴールド仕様はかなりモダンに感じたものだ。それにやっぱりスポーツカーは長く所有して乗りこなしたい一台である以上、残価設定ローンとか、下取りで無難だからというだけの理由で、白黒銀ばかり組み合わせるのは、無粋だとも思う。そもそも自分の好きな色を選んでいない時点で、一生のうちの限られた貴重な時間を無駄に過ごしているようなものだ。よほどのモノトーン好きか、一台と深くつき合うより沢山いっぱい経験したいという量の理屈にハッピーを感じるタイプなら話は別だが、そういう人は元よりA110に、確実に向いていない。
アルピーヌ・カーズのチーフデザイナー、アントニー・ヴィランは以前に取材した時、アトリエ アルピーヌについて、こうも語っていた。
「オリジナルはFRPボディで60~70年代のあの時代ですから、発色が元々いいところにサイケな色も多かった。ロックスターのギターみたいなイメージですね。スポーツカーがそういう乗り物だった時代の空気を、新しいA110にも感じて欲しいのです」
その時、手渡されたカラーサンプルを繙くと、現実のチューリップ・ノワールの仕上がりは、思ったより明るいトーンのような気もする。とはいえこの紫色の背景に張りついているのは、あの当時ならディープ・パープルとかハイウェイスターとか、そういう時代の紫として、確かに納得できる色合いでもある。あるいは黒いチューリップといえば大戦中の撃墜王の識別サインでも、そんなのがあった。警察が早速、目をつけてくるのもむべなるかな……の色なのだ。
外装色だけでも、あれこれ大胆に遊べるのがアトリエ アルピーヌの魅力だが、リネージGTつまりサベルトのレザーシート内装のブラックに、ひとつだけいただけない細部があった。ステアリングホイール12時位置を示す革巻き部分、あるいはステッチがブルーのままなのだ。おそらくブラウンレザーの濃いトーンなら問題なかっただろうが、ステッチや革巻きのワインポイントまで、ボディと同じ色か同系トーン色を選べると、パーソナライズ・プログラムとしてなお一層、完成度が高まるはずだ。
とはいえ実際に走り出すと、A110の基本骨格のスジのよさというか、スポーツカーとしては、低速域の乗り心地が望外に優しいことに、良い意味で腰が砕けそうになる。重心が低いだけでなく、ステアリングを切ると骨盤を中心にクルマ全体が切れ込んでいく。それこそ身体の延長であるかのような、人馬一体というより、しなやかで強靭な体幹にプラグインで繋がったようなハンドリング感覚だ。
この強烈な体験にほだされ、久々にコンフィギュレーターに向き合ってみたら、不穏なメッセージが出てきた。ボディカラーを選ぶと、「本カラーは現在受け付けしておりません」と、出てきてしまう。
どういうことか、アルピーヌ・ジャポンに問い合わせたところ、下記のような回答が返ってきた。
「現行のアトリエ アルピーヌのプログラムですが、じつは選択できる色や仕様が徐々に限られ始めています。ディエップ工場の生産枠の関係でして、夏季休暇との兼ね合いもあるかもですが、いずれ生産計画にひとまず反映させる側面が強いです。当初の予定通り限定110台の枠に達した色と、そうでないもの、日々刻々と残り枠や対応の可否が変化し続けているような状況でして・・・…。お早めにオーダーしていただけたら、その時の状況で、としか申し上げられないのです」
後悔、先に立たず、などといわれるが、好きなヘリテイジカラーを選べる最後のチャンスは、もしかして発ってしまったのか、まだ目の前を通過しかかっているのか。2023年まで現行A110の生産継続はルノーのCEOであるルカ・デ・メオが明言しているとはいえ、油断ならないことを痛感した。
【Specification】ALPINE A110 LINEAGE
■全長×全幅×全高=4205×1800×1250mm
■ホイールベース=2420mm
■車両重量=1110kg
■エンジン種類/排気量=直4DOHC16V+ターボ/1798cc
■最高出力=252ps(185kW)/6000rpm
■最大トルク=320Nm(32.6kg-m)/2000rpm
■トランスミッション=7速DCT
■サスペンション=前後Wウイッシュボーン
■ブレーキ=前後Vディスク
■タイヤサイズ(F:R)=205/40R18:235/40R18
■車両本体価格(税込)=8,490,000円〜
公式ページ https://www.alpinecars.jp/atelier-alpine/
この記事を書いた人
1971年生まれ、静岡県出身、慶應義塾大学卒。ネコ・パブリッシング勤務を経てフリーランスのライターに。2001年より渡仏し、パリを拠点に自動車・時計・男性ファッション・旅行等の分野において、おもに日仏の男性誌や専門誌へ寄稿し、企業や美術館のリサーチやコーディネイト通訳も手がける。2014年に帰国して活動の場を東京に移し、雑誌全般とウェブ媒体に試乗記やコラム、紀行文等を寄稿中。2020年よりAJAJの新米会員。