“ネットウーノ”ユニットがエモーショナルなフィーリングで惹きつける
走り出してからすぐにドライバーを“虜”するクルマに出会えることなど滅多にない。少なくともここ数年、感心こそするものの、本気で手に入れたいと思える1台はなかった。しかし、今回ついに出会ってしまった。その相手こそ「マセラティ グレカーレ トロフェオ」である。正直、以前試乗したベーシックグレードのグレカーレGTは、2L 4気筒ターボエンジンとはいえ、マセラティらしい活気ある走りに好印象で終始したが、トロフェオはレベルが違う。まさに「これぞ!マセラティ! 私は待っていましたよ、アナタを!」というほど筆者の心を鷲掴みにした。
何しろ、搭載されるエンジンはMC20と共通のネットゥーノと呼ばれる、3L V型6気筒ツインターボ。523ps&620Nmと、MC20と比べれば107ps&110Nmほど抑えられ、潤滑方式もドライサンプからウエットサンプに改められるなど、よくあるデチューン版のように思えるだろうが、侮るなかれ、これが見事にグレカーレのキャラクターを魅力的にしているどころか、MC20よりもエンターテイメント性に優れ、実にマセラティの高性能版らしい、エモーショナルなフィーリングで惹きつける。それがエンジンを始動してからアイドリング状態でも“香り”のように感じられ、これはタダモノではないゾ!と認識させるから期待が膨らむ。
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こう記してしまうと「他にもそういうSUVあるでしょ!?」などと野次が飛んできそうだが、グレカーレ トロフェオが決定的に他と違うのは、イタリアンであるということ。つまり、まるで命が宿っているかの如く、ドライバーの感情に訴えかけてくるような、最近ではフェラーリですらあまり感じられなくなった、かつてのイタリア車なら味わえた“官能性”をもって完成されているから理屈や理論よりも先に心に訴えてくるのだ。しかもそれが走りだすと、さらに強調されていくから楽しさが止まらない!
特にワインディングでの身のこなしは、スポーツSUVというよりも、スポーツカーと表したくなるほどの優れた旋回性能と運動性能で魅了する。しかも軽快感に富み、重心の高さを忘れさせるほどノーズの入りがよく、フロント側の剛性も信じられないくらい強靭。クラスこそ違うが、これに近い動きを示すのがアストンマーティンのDBXだが、グレカーレ トロフェオはライトウエイトスポーツとまでいかないまでも、それに匹敵するほど自重を意識させない。アルファロメオのステルヴィオなどと共通のジョルジョ プラットフォームを使用するとはいえ、ここまで強固に仕上げられるとは恐れ入った。
こうした印象を与える理由は、ドライブモードの設定が巧みだからだ。中でもデフォルトのGTモードのセッティングはお見事というほかなく、グレカーレのキャラ付けを強く認識させるためか、スロットルをあえて早めに開き、初動の瞬発力を強調、後は快適性や効率性を優先しつつも、エアサスを常に微調整して不快感のないバランスに長けた走りを維持する。
その一方でスポーツモードを選択すると、足まわりが締め上げられ、ステアリングのフィーリングもやや重くなり、エンジンの俊敏性がさらに高まり鋭い加速を見せる。この時からエキゾーストノートもマセラティらしく高い排圧になるからドライバーを本気にさせるが、なによりもスポーツドライビングを促進するかの如く、攻めることが止められなくくらい一体感が得られるようになる。これは、まさに“沼”だ! もう走ることが楽しくて仕方がなくなってくる。
となれば、その上の領域となるトロフェオのみに与えられたコルサモードはどうかというと、通常ならこれはサーキット専用というのが常識的な受け止め方だが、今回日頃慣れたワインディングで試したところ、さらに足まわりとステアフィールが硬くはなるものの、それほど不快に思えなかったのが意外であり、好印象。さすがはイタリアン・ラグジュアリーの代表格だけのことはある。言葉にすると“硬い”となるが、実際はこれくらいの硬さがないと不安になるから絶妙なところでセットアップしているのは明らかだ。
さらに走行面で感心したのが、ラリーコースばりのタイトコーナーが連続するようなシーン。先にも触れたようにフロント剛性の高さとノーズの入りの良さから次から次へとコーナーが迫ってくる中でも前後トルク配分を巧みに制御することもあって思っている以上に素直にクリアしていく。しかもイメージとしては素早くコンパクトに、だ。その動きは俊敏かつ軽快。そして、なによりもステアリングの切り返しの良さもさることながら、ノーズが入ってからのリアの動きがとにかく素直。2900mmというホイールベースの長さすら忘れさせるほど、機敏である。クラス最大級の室内空間を確保するために設定されたホイールベース値とはいえ、ここまで良好な挙動を見せるとは想像していなかった。
もちろん、こうして攻められるのもV6ツインターボエンジンが優れているのも理由だが、ワインディングで多用する3000〜6000rpm近くまでをキープして攻められる8速ATのギアリングの巧みさも相まってとのこと。サウンドも美音で、あえてサイドウインドウを開けて走りたくなるのもグレカーレの楽しみ方となりそうだ。しかも飛ばしていても振動が少ないのも褒めるべきところだろう。
今やSUVはかつてのセダンやステーションワゴンに変わってベーシックな選択肢となったことから膨大な数に及ぶが、新型が登場する度にブランドとしての個性が薄れていく傾向にあるのは否めない。しかし、マセラティはそうはならないよう強い意志をもってグレカーレを開発したに違いない。これほど個性的なSUVはかなり稀。実にイタリア車らしく、マセラティらしい。これならデビューを控えている完全EV仕様のグレカーレのキャラづけにも期待してよさそうだ。
正直に言えば、細かいところで指摘したい部分もあるが、それを帳消しにするくらいグレカーレ トロフェオの出来が良いのは確か。褒めてばかりで嘘のように聞こえるかもしれないが、これは紛れもない本音だ。
そして最後に。今もしSUVの購入を検討していて、当たり前のように定番のドイツ車や日本のハイブランドを選ぼうとしているのなら、一度騙されたと思ってこのグレカーレ トロフェオを試乗していただきたいと願う。きっとアナタの知らないSUVを知ることになるだろう。「え? だってマセラティでしょ? 昔は壊れてばかりで有名だったからなぁ」とつぶやくベテランドライバーさんには、「もう昔とは違いますよ。最新を知らずに避けてばかりいると人生、損しますよ!」とお伝えしたい。筆者にとって、久々にクルマの楽しさを純粋に味わえた1台であった。これのオーナーになれる方が羨ましくて仕方がない。
【Specification】マセラティ グレカーレ トロフェオ
■車両本体価格(税込)=16,040,000円
■全長×全幅×全高=4860×1980×1660mm
■ホイールベース=2900mm
■車両重量=2030kg
■エンジン型式/種類=-/V6DOHC24V+ツインターボ
■総排気量=2992cc
■最高出力=530ps(390kW)/6500rpm
■最大トルク=620Nm(63.2kg-m)/2750rpm
■燃料タンク容量=64L(プレミアム)
■トランスミッション形式=8速AT
■サスペンション形式=前Wウイッシュボーン/エア、後Wウイッシュボーン/エア
■ブレーキ=前後Vディスク
■タイヤ(ホイール)=前255/40R21、後295/35R21
公式サイト
https://www.maserati.com/jp/ja/models/grecale
この記事を書いた人
1967年生まれ。東京都出身。小学生の頃に経験した70年代のスーパーカーブームをきっかけにクルマが好きになり、いつかは自動車雑誌に携わりたいと想い、1993年に輸入車専門誌の編集者としてキャリアをスタート。経験を重ねて1999年には三栄書房に転職、GENROQ編集部に勤務。2008年から同誌の編集長に就任し、2018年にはGENROQ Webを立ち上げた。その後、2020年に独立。フリーランスとしてモータージャーナリスト及びプロデューサーとして活動している。