
ゴードン・マレー、ル・マンへの情熱を解き放つ
2025年8月16日、伝説的な自動車デザイナー、ゴードン・マレーが率いるゴードン・マレー・グループは、新たなブランド「ゴードン・マレー・スペシャル・ビークル(GMSV)」の設立を発表し、その最初のモデルとなる2台のスーパーカーをカリフォルニアのモントレー・カー・ウィークで世界初公開した。これらは、マレー自身の輝かしいル・マン24時間レースでの勝利へのオマージュを込めた特別なモデルとなる。
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究極の「ワンオフ」に応える、ゴードン・マレー・スペシャル・ビークルとは
まず、この新しいGMSVというブランドと、既存の「ゴードン・マレー・オートモーティブ(GMA)」との関係性を明確にしておく必要がある。GMAが「T.50」や「T.33」といったプレミアムなスーパーカーのハンドビルド生産に特化するメーカーであるのに対し、GMSVは全く異なる役割を担う。GMSVは、顧客からのワンオフの依頼や、限定版のスペシャルデザイン、そしてマレーの輝かしい過去のデザインを現代に蘇らせるヘリテージモデルの製作を専門とする。つまり、慣習にとらわれないユニークな車両を求める熱狂的な愛好家やコレクターの需要に応えるためのビスポーク部門がGMSVなのである。その活動は「SV Design」「Heritage」「Bespoke」の3つのカテゴリーに分類される。今回の発表は、この新会社のグローバルローンチであり、その「SV Design」と「Bespoke」のラインから最初のスーパーカーが披露された形だ。
“スペシャル・ワン”を意味する「S1 LM」――1995年ル・マンへの熱きオマージュ
最初にベールを脱いだのは、GMSVのビスポーク部門が手掛けた最初のコミッションモデル、「GMSV S1 LM」である。車名の「S1」は「スペシャル・ワン」を意味し、ゴードン・マレーが1990年代に生み出したデザインと、1995年のル・マン24時間レースでの歴史的な勝利に対する顧客の熱い情熱から生まれた一台だ。
そのデザインは、マレーが手掛けたオリジナルのル・マン優勝マシンの美しさへのオマージュであり、高いダウンフォースを生み出すエアロダイナミクス要素が際立っている。マレー自身も、こう語っている。
「私は時代を超越したデザインが大好きです。バランスや美しさ、プロポーションを犠牲にして、最も奇抜な外観のスーパーカーを作る競争に参加するつもりはありません。このクルマは、時代を超えて美しいです」
S1 LMのボディパネルはすべて超軽量カーボンファイバーで完全に新造され、ルーフラインは従来よりも低く設定されている。フロントスプリッター、リアディフューザー、そしてデュアルエレメント式のリアウィングから構成される専用のエアロパッケージは、絶大なダウンフォースと走行安定性を両立している。
リアファンを廃して搭載した、12,100rpmまで回る専用自然吸気エンジン
S1 LMの心臓部には、マレーの哲学を色濃く反映した特別なエンジンが搭載されている。リアにマウントされていたファンとオイル冷却パックを取り除くことで生まれたスペースには、700ps以上を発生する専用設計の4.3L V12エンジンが鎮座する。このエンジンは、排気量の拡大、内部部品の軽量化、圧縮比の向上に重点を置いて開発され、パワー、トルク、レスポンスのすべてが最大化されている。最高回転数は12,100rpmに達し、1995年のル・マン優勝マシンにインスパイアされた中央4本出しの特注インコネル製エキゾーストシステムを通じて、独特のハーモニーを奏でる。このエキゾーストの遮熱板には、18カラットの金箔が使用されているという徹底ぶりだ。
トランスミッションは、GMA T.50sのケーシングとT.50の内部部品を流用したマニュアルギアボックスで、ライフルのボルトアクションのような短い動きを実現するために最適化された。シャシーも専用設計で、新しいサスペンションジオメトリー、低い車高、専用のダンパーセッティングが施され、極めてシャープでダイレクトなドライビング体験を提供する。
インテリアは、中央のドライビングポジションを中心に人間工学的に設計された、戦闘機のようなミニマルなコクピットが特徴だ。新しい軽量化コンセプトの探求、最高級素材の使用、そして細部にまで宿るビスポークのクラフツマンシップが、そのモータースポーツの血統を体現している。
この究極ともいえるロードリーガルモデル、S1 LMは、GMSVのビスポーク部門によってわずか5台のみが製造され、2026年から納車が開始される予定だ。価格は公表されていない。
歴代ロングテールレーサーへの敬意を込めた流麗なフォルム「Le Mans GTR」
もう一台の「GMSV Le Mans GTR」は、マレー自身が手掛けたロングテールのル・マンレーサーや、マトラ・シムカMS660、ポルシェ917、アルファ・ロメオ・ティーポ33/3といった1970年代から1990年代にかけて活躍した偉大なロングテールマシンからインスピレーションを得て開発されたモデルである。マレーはこう語っている。
「ロングテールレーシングカーは、空力的な利点と美的なバランスを完璧に融合させています。私はその計算されたエンジニアリングと流麗なデザインの組み合わせを常に愛してきました」
このLe Mans GTRは、GMAのV12エンジンと6速マニュアルトランスミッションを基本としながらも、それ以外のほぼすべての要素が変更されている。その流麗なフォルムは、強化されたパッシブ・バウンダリー・レイヤー・コントロール技術により低ドラッグを実現し、フロントスプリッターやツインチャンネル・リアディフューザーが強烈なグラウンドエフェクトを生み出す。T.50のようなリアファンを持たない代わりに、車幅いっぱいの深いリアウィングを追加することで、ダウンフォースとドラッグの最適なバランスを達成している。ツイントンネルディフューザーの間から突き出たダブルエキゾーストは、深みのあるバランスの取れたV12サウンドを奏で、ルーフ上のラムエアインテークが12,100rpmの全域でオーケストラのようなキャビン体験を演出する。
サーキットを見据えた足回りと、完全に新設計されたコクピット
サーキット走行を視野に入れ、サスペンションはより硬く軽量なものとなり、トレッドは拡大され、ミシュラン・パイロットスポーツ・カップ2タイヤが装着される。冷却性能向上のため、フロントのエアベントは大型化され、リアホイール前方にはエンジンとギアボックス冷却用のサイドポッドインテークが追加された。
また、S1 LM同様、革新的なソリッドエンジンマウントシステムが採用され、ノイズや振動の問題を回避しつつ、ダイナミクスを向上させている。インテリアは、GMAのT.50が持つ品質を維持しつつも、よりトラックフォーカスなドライビング体験のために、ダッシュボードやスイッチ類、シートクッションに至るまで、ドライバーが触れるすべてのコンポーネントが新設計された。
顧客は、過去の象徴的なロングテールレーサーをイメージした素材や色を指定することも、デザインチームと協力して完全にパーソナライズされたモダンなコクピットを作り上げることも可能だ。
このLe Mans GTRは、かの有名な耐久レースの時間にちなんで、24台のみが限定生産される。すでに開発は進行中で、最初の生産車は2026年に完成予定だ。この24台はすでに全車売約済みとのことで、価格は非公開となっている。
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ゴードン・マレー・グループのフィル・リーCEOは、こう語った。
「GMSVは、私たちの顧客の熱意と想像力に後押しされ、グループの中核であるドライビングの完成度、軽量性、エンジニアリングアート、そしてエクスクルーシビティを探求することを可能にします。最初の2つのモデルは、GMSVチームの卓越した能力を証明しています」
GMSVの誕生は、ゴードン・マレーという稀代のデザイナーの哲学と創造性が、生産車の枠を超え、より自由で芸術的な領域へと昇華したことを示す出来事といえるだろう。
【画像34枚】V12を飾る18カラットの金箔。ゴードン・マレー渾身の2台、「S1 LM」「Le Mans GTR」の全貌を見る