旅&ドライブ

うつくしき里山を抜け若狭の海と京の都を結ぶ「鯖街道」(滋賀県/福井県/京都府)【日本の街道を旅する】

小浜から京の錦市場まで魚荷衆が夜通し歩いた

京都の北、琵琶湖の西につらなる山なみを抜け、若狭湾の海の幸を都へ運び続けてきた道がある。この道が鯖街道と呼ばれたのは江戸時代からだが、交易路としての歴史はもっと長い。古代から海産物が行き来してきた街道筋には、うつくしい里山の風景が今もたっぷり残っている。

小浜郊外にある瓜割の滝。湧き水が滝となって流れ出す。

京と若狭国を結ぶ道が『鯖街道』の名で呼ばれるようになったのは、サバが大量に獲れるようになり、京の庶民も口にできるようになった江戸中期以降といわれる。『サバの生き腐れ』などと称されるように、脂肪分の多いサバは足が早いため、港に揚がるとすぐ塩で締められた。これが食べ頃になるのは翌日。一昼夜を経て、タンパク質がアミノ酸に分解され、魚の旨みがぐんと増すのである。

清冽な湧き水で作る伊勢屋(0770-52-0766)の元祖くずまんじゅうは絶品。上品な甘みが葛とともに口の中でとろける。春から秋限定で1個115円。

小浜で塩締めされたサバは魚荷衆という運搬人に託され、翌朝には京の台所、錦市場へと運び込まれていった。
『京は遠ても十八里』
この言葉には、京までの距離感だけではなく、高値で取引されるサバを背負い、夜通し歩き続けた魚荷衆の気概も込められていたに違いない。
そもそも道としての鯖街道のルーツは古代までさかのぼる。

朽木の畑地区に残るうつくしい棚田。約30戸の農家により、350枚あまりの棚田で今も米作りが行われている。このほか、国道477号の南側、大津市仰木地区などにも数多くの棚田が残る。

日本海に面する若狭国は、税としての塩ばかりでなく、鯛やアワビ、海草など、朝廷の料理や供え物に欠かせない御み 贄にえを献上していた。当時、こうした海産物を貢ぐ国は『御食国(みけつくに)』と呼ばれた。なかでも若狭は最重要の御食国として都と強く結びついてきた。
現在、鯖街道として最も知られているのは、朽木(くつき)村や熊川宿を抜ける若狭路(国道367号など)だが、もう一本西寄りの周山街道(国道162号)、敦賀と海津を結ぶ西近江路(国道161号)なども、若狭の塩や海産物が盛んに行き来した。広い意味で言えば、このあたりを南北に走る道筋はすべて『塩の道』であり、『鯖街道』なのだ。

京都御所の北東、鴨川に架かる出町橋には『鯖街道口』の石碑が建っている。

奈良の都に春を告げる『お水取り』は、東大寺二月堂の井戸、若狭井で香水を汲んで本尊に供える。その井戸の水源とされるのが小浜にある若狭神宮寺の前を流れる遠敷川。毎年、『お水取り』と同じ時期、ここでは『お水送り』の神事が執り行われる。

人の生活とともに生き続けてきた里山の風景

鯖街道の起点とされるのが小浜のいずみ町商店街。

京都から北の若狭湾をめざして鯖街道を走り始めると、30分もたたないうちに都会の喧噪は消え、深い木立に囲まれた山道になる。京都という大都市の間近にありながら、このあたりには驚くほど豊かな自然が残っている。
ただし、ここで言う自然とは手つかずのままの自然ではない。人の生活とともにあり、常に人が手を入れてきた里山の自然である。北山杉の美林、旧・朽木村周辺の棚田、そして、美山かやぶきの里などなど……。どれも心に沁み入るようにやさしい風景である。

東大寺二月堂の『お水取り』にさきがけて、小浜の若狭神宮寺で行われる『お水送り』。

以前、美山の茅葺き集落に住む方に、茅葺き住居が残った理由を訊ねたことがある。その答えはこんなふうだった。「この集落は暮らし向きが似たり寄ったりだったから、皆が助け合って生きてきた。だから古い茅葺きの建物も維持することができたんだよ」
ご存じの方もいるだろうが、いま大きな茅葺き屋根の葺き替えを業者に頼むと数千万円もの費用がかかってしまう。ところが、自前でカヤを集め、集落総出で作業すれば、その費用は限りなくゼロに近い。つまり、昔ながらの暮らしが続いてきたからこそ、茅葺き屋根も生き残れたのだ。

小浜のいずみ町商店街に並ぶ名物・焼さば。

東京や大阪のように都市が巨大化しすぎると、近郊はたちまちコンクリートのニュータウンと化してしまう。その一方で、農産物や材木の消費地がなければ、手のかかる棚田や山林は維持できない。過疎地の棚田が次々と荒れ果ててしまう原因はこのあたりにあるのだ。そんな意味では、政治の中心からも、経済の中心からも外れた京都という町は、近郊の山村にとってもちょうどいい大きさだったのだろう。

小浜港の近くには御食国の歴史を学べる御食国若狭おばま食文化館(入館無料/0770-53-1000)もある。

若狭の海と京の都をつなぐ鯖街道に沿って点在するうつくしい里山の風景。これは千数百年におよぶ人の往来が育みつづけてきた、かけがえのない遺産と言ってもいいのだろう。

水坂峠の西、近江国から若狭国へ入ったところにある熊川宿。道の駅・若狭熊川宿のすぐ裏手、清らかな用水の流れる旧街道に沿って100軒あまりの町屋造の家々が軒を連ねる。

街道ひとくちメモ

鯖街道として有名なのは旧・朽木村や熊川宿を抜けていく比良山中のルート。現在の国道367号/303号/27号がこれにあたる。このほか、少し西よりの丹波山中をゆく国道162号・周山街道、敦賀から琵琶湖畔へと抜ける国道161号・西近江路なども鯖街道と呼ばれてきた。

トラベルガイド

02【見る】
宿場風景を取り戻した町
旧逸見勘兵衛家(きゅうへんみかんべえけ)

江戸時代の宿場風景が色濃く残る福井県若狭町の熊川宿。この旧逸見勘兵衛家は、朽ちかけていた造り酒屋を町が譲り受け、修復・改装を施したもの。喫茶や買い物が楽しめるほか、宿泊(素泊まり8,000円から)も可能。通りの並びには熊川宿資料館(入館料200円/9:00-17:00/月曜休館)もある。

●入館料200円/10:00~16:00/土日祝を中心に一般公開/若狭町熊川30-3-1/0770-62-0800

 

03【見る】
山里の暮らしが息づく
美山かやぶきの里(みやまかやぶきのさと)

美山町北村(現・南丹市)は全50戸ほどの小さな集落だが、そのうち38戸が茅葺きの建物。これは白川村の萩町集落、福島県の大内宿に次ぐ戸数の多さを誇っている。県道沿いの食事処では地場産のそばを味わえるほか、集落内に民宿が何軒かあり、民宿の夕食は美山名物・地鶏のすき焼きを堪能した。

●見学自由/南丹市美山町北/0771-77-0587(かやぶきの里保存会)

04【走る】
生きた化石が作る並木道
メタセコイア並木(めたせこいあなみき)

琵琶湖北岸、マキノ町郊外にあるうつくしい並木道。メタセコイアの木々の間を約2.4kmの道がまっすぐに延びていく。メタセコイアはスギ科の針葉樹で、国内では化石でしか見られなかった植物。その現生種が第二次大戦中に中国奥地で発見され、戦後、日本各地で植樹された。いわば生きた化石の並木道。

●県道287号・小荒路牧野沢線&町道沢牧野線/高島市マキノ町蛭口-牧野/0740- 27-1811(マキノピックランド)

05【食べる】
伝統の田舎そばを味わう
くつきそば永昌庵(くつきそばえいしょうあん)

鯖街道を行き来する人でにぎわった旧・朽木村。手打ちそばの店、永昌庵はかつての宿場町があった中心街から3kmほど南にある。ほんのり甘い太めの麺はしっかりした味のつゆと相性が抜群で、素朴な田舎そばを堪能できる。ざる(700円)のほか、濃厚な鴨肉の風味を楽しめるかもざる(1,400円)も人気。

●11:00-17:00(売り切れ次第終了)/日祝定休/高島市朽木大野178-5/0740-38-3233

アクセスガイド

【電車、バス】JRで小浜をめざすときは、北陸本線・敦賀駅で乗り換え、そこから小浜線で約70分。京都や大阪方面からなら、JR湖西線の近江今津駅からバス(所要時間40分)の方が早い。美山かやぶきの里へは京都駅などから路線バスがあるほか、JR園部駅から美山周遊バスも出ている。
【クルマ】鯖街道の北の玄関口、京都河原町から国道367号/303号/27号で北上していくと、若狭湾に面した小浜までは73.5km。国道162号・周山街道をゆくと、京都-小浜間は90kmあまりの道のり。これら鯖街道を東西に結ぶ国道477号(花脊峠越え)や県道38号(佐々里峠越え)はかなり険しい山道となる。

【観光情報】若狭おばま観光案内所0770-52-2082/びわ湖高島観光協会0740-33-7101/びわ湖大津観光協会077-528-2772/南丹市商工観光課0771-68-0050/京都市観光協会075-752-0227

 

福井県小浜市の御菓子処 「伊勢屋」の名物「元祖くずまんじゅう」はまさに夏の風物詩。

※掲載データなどは2011年9月末時点のものです。実際におでかけの際は、事前に最新の情報をご確認ください。
LE VOLANT web編集部

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