まわりが峠だらけなのであえて名前を付けた!?
新潟県の山間部に「峠」という名前の小さな集落がある。この名もない峠の集落を近ごろ有名にしたのが美しい棚田。その山深さゆえに守られてきた日本の原風景がいまも息づいている。
新潟県の中南部、かつての松代町(現・十日町市)と大島村(現・上越市)の境界にちょっと変わった名前の集落がある。
その名は峠。国道403号が抜けていく短いトンネルの上、狭い旧道に沿って30戸ほどの農家が点在する様子は、文字通り「峠の集落」そのもの。その集落のはずれ、曲がりくねった山道を登り切ったあたりが星峠と呼ばれている。
「このあたりが星峠と呼ばれるようになったのは、実は最近のことなんですよ」
そんな話を聞かせてくれたのは、まつだい「農舞台」を運営するNPO法人・越後妻つ まり 有里山協働機構の職員、石口博雄さんである。
そもそも、このあたりは隣の集落へ行くのにも山道を越えていかなければならない土地だけに、儀明峠や芝峠、薬師峠や鷹羽峠など……、松代の周辺だけでも峠の地名は10か所近くある。それが平成の大合併を経て、市域が拡大したため、十日市市内には数え切れないほどたくさんの峠が点在するようになってしまったのだ。
「よその峠にはちゃんと名前があるのに、ここだけ〝ただの峠〟じゃまずいだろう……という話になったんですよ(石口さん)」
集落の人たちが相談した結果、夜の峠集落は真っ暗で、星空がとてもきれいに見えるから、「星峠にしよう!」ということになったのだという。いわくありげな伝説などを期待していると、拍子抜けしてしまいそうなほど分かりやすいネーミングである。
そんな星峠の名を一躍有名にしたのが、NHKの大河ドラマ『天地人』のオープニングにも使われた美しい棚田の存在だ。
星峠をはさんで集落の反対側、東に向かって開けたおよそ30ヘクタールの斜面には、大小さまざまな200枚ほどの棚田がある。雪解けの頃から初夏にかけては、棚田の水面が陽光を反射してきらきらと輝き、まるで水鏡のように空や雲を映し出す。早朝には谷間に雲海がたなびくことも珍しくなく、その向こうには越後(魚沼)駒ヶ岳や八海山のなだらかな山並みが浮かび上がる。
「これぞ日本の山村風景」とでも言うべき、素晴らしい眺めが目の前に広がる。