麓から峠まで駆け上がれば季節も一瞬で移り変わる
奥秩父の山並みを越えて山梨県と長野県を結ぶ川上牧丘林道。この道は志賀草津道路の渋峠より200m近くも高い標高2360mの大弛峠を越えていく。峠の長野県側は千曲川の源流域。そこから日本一長い河川が日本海へと流れていく。
甲府盆地の北には「奥秩父」と呼ばれる山並みが連なっている。その中の金峰山(標高2599m)と国師ヶ岳(標高2592m)に挟まれた鞍部(コル=山々の尾根のくぼみ)を越えていくのが、川上牧丘林道の大弛峠である。
大弛峠という名前は、山梨と長野の県境に連なる稜線がこのあたりで大きく弛んでいることに由来する。かつて川上牧丘林道の長野県側は「峰越林道」と呼ばれていたが、まさに稜線の低い部分に狙いを定め、目の前に立ちはだかる峰を越えていく道なのである。
大弛峠の標高は2360m。山梨側から登っていくと、牧丘第一小学校柳平分校そばの林道起点でさえ、1530mとかなりの標高がある。周囲の山もシラビソなどの常緑樹で覆われているので、とりわけ高所を走っている印象は受けない。ところが、クルマで行ける場所で大弛峠より標高が高いのは、国内では乗鞍スカイライン(エコーライン)の終点・畳平(標高2702m/一般車通行不可)と、富士山スカイラインの終点・新五合目(標高2400m)の2か所のみ。国道最高地点のある志賀草津道路の渋峠(標高2172m)よりも200mほど高く、分水嶺を越える峠道としては日本一の高さなのである。
峠の駐車場から登山道を20分ほど歩き、〝夢の庭園〟という展望台まで登ると、大弛峠の標高ははっきりと実感できる。
五丈岩という巨岩を戴く金峰山の山頂は手を伸ばせば届きそうなほどの近くにあり、眼下の甲府盆地はまるで箱庭のよう。下界から仰ぎ見ていた南アルプスの3000m級の高峰群も真正面に行儀よく並んで見える。
「大弛峠は季節の移り変わりを一瞬で感じることのできる道でもあるんですよ」
こう話していたのは大弛小屋のご主人、小林大亮さんだった。
「冬季閉鎖の解除される5月末、麓では桜が散って新緑の季節を迎えていますが、大弛峠まで登ってくると、まだ冬景色なんですよ」
6月上旬、われわれの訪れた日も、山小屋では登山客たちがストーブを囲んで談笑していた。
中央分水嶺の峠から日本一の大河が流れ出す
昭和43年(1968年)に川上牧丘林道が開通すると、奥秩父山地の最奥部に連なる山々は格好のハイキングコースに生まれ変わっていった。しかし、ドライブコースとしての大弛峠越えは、いまでも十分にワイルドである。
山梨側は道幅こそ狭いものの気持ちのいい山道なのだが、峠を挟んだ長野側には約9kmの未舗装区間が残っている。なかでも峠の手前2-3kmは勾配がきつく、ギャップも多く、台風の後などは落石がごろごろしているため、普通の乗用車で走るのは難儀である。
ちなみに、川上牧丘林道の正式名称は山梨側が県営林道川上牧丘線、長野側は川上村営林道村道川上牧丘(大弛峠)線という。県営と村営の違いなのか、いまだ長野県側が舗装されない理由は定かではないけれど、筆者の知る限り、道路状況は30年前からまったく変わっていない。
この未舗装区間のため、大弛峠へは山梨側から峠まで登り、そこで引き返すというのが一般的になっている。しかし、オフロードファンにとっての川上牧丘林道は実に魅力的な道である。
埼玉県の秩父市側から中津川林道(未舗装区間約18km)で長野県の川上村に抜け、そこから大弛峠をめざせば、実に変化に富んだ風景を楽しめる。走りごたえもたっぷりだし、この道順ならどちらの林道も未舗装区間が登りとなるので、ブレーキングなどで神経をすり減らすこともない。一方、逆の道順をたどれば未舗装区間はどちらも下り坂。段差でボディを擦らないよう注意は必要だが、ある程度の最低地上高があるクルマなら4WDでなくても走り抜けることができる。
さて、この大弛峠に降った雨は、南の斜面を下ると釜無川になり、甲府盆地で笛吹川に合流すると、富士川と名前を変え駿河湾へと注ぐ。一方、北の斜面を下った水は千曲川となり、やがて信濃川と名前を変えて新潟平野をゆったりと下っていく。日本海までの道のりは360kmあまり。日本一標高の高い大弛峠の北側は、日本で一番長い河川、信濃川(千曲川)の源流域でもあるのだ。
日本列島を太平洋側と日本海側とに隔てる中央分水嶺を越えると気候や風土ががらりと変わるものだが、ここも例外ではない。
この日、山梨側では早朝に一瞬陽が差しただけで、終日どんよりした曇り空だったが、川上村へ下ると、まるで真夏のような爽やかな青空が広がっていた。
金峰山のことも甲州では「きんぷさん」と呼ぶのに信州では「きんぽうさん」と呼ぶ。山麓の名物にしても、ほうとうとそば、フルーツと高原野菜、鶏もつ煮と馬刺し……といった具合。天気や風景とともに、こうした違いを見つめながら旅をすれば、峠越えの面白さはさらに大きくなっていく。
大弛峠3Dマップ
◎所在地:山梨県山梨市/長野県川上村◎ルート:川上牧丘林道◎標高:2360m◎区間距離:31.5km◎高低差:1070m◎冬季閉鎖:11月上旬-5月下旬 (山梨県側は12月上旬-)
【A】中津川林道(なかつがわりんどう)
関東山地を越えるダート
荒川の支流、中津川の渓谷沿いに関東山地へと分け入って行く林道。未舗装区間は埼玉/長野県境の三国峠(標高1740m)までの約18㎞。●正式名称:市道大滝幹線17号線/冬季閉鎖12月1日-4月31日/0494-55-0861(秩父市大滝総合支所地域振興課)
【B】森の交流館(もりのこうりゅうかん)
オオカミの血を引く猟犬
猟犬としての勇敢さを保つため、山中でニホンオオカミと交配させたという伝承も残る川上犬。川上村役場隣の“森の交流館”には川上犬の飼育舎があり、いつでも見学することができる。●入館無料/9:00-17:00/毎月15日と月末休館/0267-97-2518
【C】川上そば善慶庵(かわかみそばぜんけいあん)
付け出しは名産のレタス
高原野菜とともに川上村の名物となっているのが川上そば。ここ善慶庵は村のおばちゃんたちが切り盛りする店で、打ち立てのそばを堪能できる。レタスや漬け物など、たっぷりの付け出しも嬉しい。●11:00-19:00/木曜定休/川上村原836-8/0267-97-2660
【D】大弛小屋(おおだるみごや)
満天の星空と出会える
奥秩父山地の縦走路の中継地として戦後開設された山小屋。大弛峠のすぐ脇にあり、昼時はカレーやうどんなどの軽食も提供。電気が来ていないだけに夜の星空は見事なもの。●1泊2食付7,500円(素泊まり4,500円/テントサイト利用800円)/090-7605-8549
【E】花かげの湯(はなかげのゆ)
肌に優しいアルカリ単純泉
美人の湯とも呼ばれる泉質の良さから、地元の人や登山客で賑わう公共の日帰り温泉施設。隣接するレストランではメガ盛りの“富士山丼”が人気。●日帰り入浴料500円/10:00-21:00(冬季は20:30まで)/月曜定休/山梨市牧丘町窪平453-1/0553-35-4126
アクセスガイド
山梨側からアプローチする際は、東京方面からだと中央道・勝沼IC、名古屋方面からだと一宮御坂ICで降りるのが便利。大弛峠まではどちらも約40km/1時間少々の道のり。長野県側の起点、川上村へは中央道・長坂ICから国道141号などを経由して約67km/1時間40分。休日、大弛峠の駐車場は早朝から満車となってしまうので要注意。