もちろん、どちらもプレミアムブランドとしての認知度は超一級。一方、それを彩るプロモーションの手法は真逆といっていい。だが、それは両ブランド固有の資質を顕わす必然と結果でもある。
両社に共通するのは「特別な存在」の表現
こと日本向けに限れば、最近はどちらも見る側に身近なイメージを抱かせるものが目立つ。メルセデスは豪華制作陣によるショートアニメやスーパーマリオ、一方のBMWは天才バカボンの実写版やパックマンという具合。いずれも訴求モデルはAクラスやGLA、1シリーズや2シリーズといったエンジンを横置きにする新世代系。つまり、対象は両者が長年相手にしてきたユーザーとは違う。そして、特殊という日本市場を考慮した結果でもあるのだろう。
いわゆるサブカル系のソースをプレミアムブランドが活用するという状況だが当事者、マニア層にしてみれば気恥ずかしい感もある。また、海外勢にこの手法を使われると、ステレオタイプ的な日本人観の型に嵌められているようで抵抗を感じる人もいるはずだ。とはいえ現実の反応、そして新規顧客の開拓という本来の目的を思えば両者のアプローチは的を射たものといえるだろう。
しかし、これらはローカライズされた特殊事例。もちろん、本国をはじめ海外のプロモーションでも良い意味で“砕けた”内容のものは少なくない。だが、本流といえる両ブランドの訴求手法はもっとクルマの基本やメーカーとしての本質を突いたものだ。
たとえばメルセデスの場合、それは世界最古の自動車メーカーを自認するプライドに裏打ちされたヘリテージや、安全性を筆頭とする社会性のアピールに求められる。誌面の都合もあるので、ここでは後者の事例に限定するが、目立っているのはクラッシュテストの類だ。上の写真はポップアップ式のロールオーバーバーを初採用したR129型(先々先代)SLだが、ラグジュアリーなオープンモデルがひっくり返るビジュアルを堂々と使った当時の広告には個人的にも少なからず衝撃を受けた。また、現在でこそ衝突シーンを広告に使う事例は珍しくなくなったが、古くからこうした舞台裏を開示したのはメルセデスを除くとボルボぐらい。その昔、「安全はカネにならない」などといわれていたことを思えば、そこに強いメッセージ性があることは明らかだ。
そうしたメルセデスの姿勢は、現代のプロモーションにおいても基本的に変わっていない。いまや安全性は先進性のアピールにも繋がるだけに、一般向けの広告にとどまらずメディア向けのリリースにも頻繁にテスト風景は登場する。最近では、EQCのテスト模様を公開。クラッシュの次第によっては火災の危険があるEVにおいても、優れた安全性を確保していることが強調されていた。
通常のCMでは運転支援装備のレーダーセーフティパッケージ絡みがお馴染みだが、日本でも個人的に興味深かったのは2011年に公開された「Sоrry」なる1本。なにがどう申し訳ないかは個別にご確認いただくとして、その直截的でいながらも大人っぽい仕立ては、いかにもメルセデスの広告に相応しい出来栄えだった。
では、対するBMWはどうかというと、一貫して変わらないのは走りの素晴らしさをストレートに表現していること。少し前までさかのぼった限りでは、とにかく走りに走っていて、近年ではそこにドリフトの要素まで盛り込まれるようになっている。尺の長い海外のCMでは、市街地をM235iが延々とドリフト、というものまであって、そこに迫力はあっても上品さなど微塵もない。
プロモーション関連では、迫力だけでなく高性能の表現手段としてもドリフトを活用。2018年に発表されたM2コンペティションによる“風船割り”や、同じく同年に北米BMWが実施したM5を使ったドリフトのギネス記録挑戦などはその代表例だろう。
精緻なBMWの走りを表現したCMでは2006年に日本で公開された「クルミ割りカラス」が印象深い。見ようによっては少し意地悪な印象もあるのだが、大人っぽさは先述の「Sоrry」に通じる味わいが見出せる。
このように、見る側に訴求するポイントは真逆。だが両ブランドとも、エクスクルーシブな存在であるとのアピール力はその実力に相応しいものといえそうだ。