南陽一浩の「フレンチ閑々」

ホンダにも見習ってほしい!? 活気づくフランス車とモータースポーツ【フレンチ閑々】

モータースポーツありき、というフレンチブランドの姿勢が窺い知れる

モータースポーツ界ではホンダF1撤退のニュースがいま話題になっているが、皮肉にも4年後に五輪を控えるフランスでは自動車メーカーがスポーツ自体への取り組み、つまりワークス体制でのモータースポーツ活動を積極化している。

9月から欧州では新学期・新年度の季節が明けたが、コロナウイルス(フランスではWHOの指針通りCOVID-19と呼ばれる)の影響で延期されたル・マン24時間と中止になったパリサロンの端境期である今、フランス車の主要コンストラクター各社から相次いで重要な発表があった。

まずルノーは、ルカ・デ・メオ新社長の声明によって、フォーミュラ1でのプログラムをルノーF1からアルピーヌF1へと変更することを決めた。2010年末から5シーズンの間だけエンジン・サプライヤに留まった以外は、シャシー&エンジンのコンプリートなF1コンストラクター・チームであり続けているルノー・スポールF1にとって、これはブランド名やまとうカラー、グラフィックを変えるというだけの話ではない。その本拠地とするヴィリー・シャティヨンの工場自体が、ルノー傘下に入ったゴルディーニに割り当てられたサイトで、そこにアルピーヌのノウハウやエキスパートが合流するカタチで1976年にルノー・スポールが設立された、そんな経緯がある。ある意味、半分はルーツ回帰のような一手でもあるのだ。

ところがルカ・デ・メオ新社長自身は、ノスタルジックな理由でアルピーヌF1を決めた訳ではないとも強調している。むしろF1活動が中長期的な将来にわたって、アルピーヌの市販車販売やプロダクトにポジティブな展開をもたらすことを望む、というのだ。今年前半、ルノー・グループが決算で大赤字を発表した時に、一日の生産台数が7台というアルピーヌのディエップ工場は針のむしろに座らされ、閉鎖の可能性すら噂された。それを思えば、これは救いの手以上の展開だ。現に、バカンス前はネガティブな噂に打ちひしがれていたアルピーヌの社員や工員たちも、相当に盛り上がっているという。F1というトップカテゴリーでの活動にその名を頂く以上、グループ内でのアルピーヌの位置づけは確たるものになるからだ。

しかもアルピーヌはその1週間後、ル・マンを含むWEC参戦を、現在のLMP2クラスから来シーズンよりLMP1へステップアップすることも発表した。ただし2021年のル・マン24時間は、実質的にLMP1の後継としてLMH(ル・マン・ハイパーカー)が施行される上に、IMSAと相互乗り入れを推進するためのレギュレーション近接化措置としてLMDh(ル・マン・デイトナ・ハイブリッド)が導入されるため、LMP1はまだ高い戦闘力と信頼性を保持しているとはいえ、最終年となることが予想される。それでもアルピーヌは、今年で撤退を決めているレベリオンが用いたオレカR13のシャシーにギブソンV8という組み合わせで、性能指数賞も狙えれば、新たなトップカテゴリーの信頼性によっては総合優勝をも狙える、そんな戦略を採ったといえる。ちなみにアストンマーチンはF1に進出するもののル・マン・ハイパーカーへヴァルキリーを送り出す計画を中止し、現在LMP1でハイブリッド勢の1強としてル・マン3連覇を成し遂げたトヨタもF1からとうに撤退している以上、アルピーヌはフォーミュラ1と耐久、双方のトップカテゴリーに唯一参戦するコンストラクターとなる。無論ルノー・アルピーヌとしてル・マンでの総合優勝がもし実現するのなら、1978年以来のことだ。

ちなみにルノーはフォーミュラeでも最初のシーズンから3年連続でコンストラクターズ・タイトルを制した後、日産e.Damsにその跡目を譲っている。グループ全体でどれだけモータースポーツに深々とコミットしているかが、窺い知れる。

もうひとつ、ル・マン・ウィークとその翌週には、プジョー・スポールとプジョーもグッド・サプライズを用意していた。まず2022年をメドにル・マン24時間とWECに復帰するという噂をコンファームしつつ、プジョー・スポールのロゴを近年の市販車のライトセクション同様、三つ爪をあしらったネオン調のものに新たに変更した。そして創立210周年を記念しつつ「508プジョー・スポール・エンジニアード(以下、508PSEと略)」の市販バージョンがお披露目されたのだ。

プジョーは2007~11年に908HDi FAPでアウディと鎬を削った後、長らくエンデュランスから遠ざかってWRCラリーやパイクスピーク、パリ・ダカールに集中していた。とはいえPSAグループのカルロス・タヴァレス会長は、かねてより条件さえ揃えば復帰はやぶさかでない、という態度だった。4年前のル・マン・クラシックでコメントに応じてくれた際にも、「グループの経常収支バランスが良好で、レギュレーションへの対応と参戦コストが適切なものになれば、いつでも戻る用意はある」と発言しており、機会あるごとにタヴァレス会長はACOやFIAの関係者らと話し合いを重ねていた。つまりディーゼルの時代からブランクは長いようでいて、満を持しての復活劇といえる。

ハイブリッドの経験は浅そうに思われやすいプジョーだが、じつは2010年前後からディーゼル・ハイブリッドを508RXEや初代3008で市販していたし、同門のDSはフォーミュラeのコンストラクターズ年間タイトルを2年連続で制しそうな勢いにあるほどの強さを発揮している。それが何を意味するかといえば、バッテリーとエネルギー管理のノウハウは、かなりもっているであろうことだ。

さらに今年のル・マン24時間では決勝前に、プジョーの2022年復帰を知らしめるため、2009年を制したプジョー908HDi FAPのステアリングをカルロス・タヴァレス会長が握ってサルト・サーキットのフルコースを周るデモンストレーションも、行われた。あろうことか、ピットレーンでタヴァレスを送り出したのはFIA現会長にして1992年・93年のル・マンを905で制した時のプジョー・スポール監督、ジャン・トッドだ。

「ガソリン次いでディーゼルという異なる内燃機関それぞれでル・マンを制したプジョーが、電動化の時代にも同じ目標を掲げるのは当然のこと。耐久レースで培ったテクノロジーをそのまま、一般の人々にとって買い求めやすく信頼性の高い市販車に採り入れるためにレースは必要な活動であり、私のお気に入りのダンサーだから(独裁者と喜び組の関係が暗喩として下地にある)やっている訳ではない」という旨をタヴァレス会長は述べた後、24時間のスタートフラッグを振る役割を務めた。この役割は翌年以降のル・マンに参戦を表明している陣営から顔見世興行の意味を兼ねて選ばれ、トヨタの内山田竹志取締役会長も、フェルナンド・アロンソもスターターを務めたことがあるが、プジョーの層の厚さとタヴァレス会長の顔役ぶりには舌を巻くばかりだ。

というのも、そもそもアルピーヌをルノー・グループ内で復活させる計画自体、カルロス・ゴーンの下での副社長時代のタヴァレスが旗振り役をしていたのだ。すると2000年代から2010年代にかけて、故フェルディナント・ピエヒ博士に縁あるアウディやベントレー、ポルシェといったVWグループ内の数ブランドが、ル・マンで競り合いつつも総合優勝をほぼ独占した、そんな時代の重心が、あたかも陣営は異なるとはいえフランスのコンストラクターに移りつつあるようにも思えてくる。

LMDhによってル・マンとWECに2022年から参戦の可能性が開かれるという話題については、アキュラやポルシェも興味を示しており、IMSAにはキャデラックやマツダも走っているのはご存知の通り。2021年から参加が認められるハイパーカー・カテゴリーへは、早々にこのカテゴリーを用意してきたトヨタの他、バイコレスなどプライベーター2チームが参戦表明をしている。ACOとWECのテクニカル担当はハイパーカーを取り下げる可能性は論外という調子だが、LMDhとのレギュレーション上の近接性を盛んに強調している。「レギュレーションを味方につけたい」各メーカーの場外でのインテリジェンス戦略と対応策という、まずは長い前哨戦といった趣だろう。

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